第7話 「魔女の目覚め」
元々あった第7話、第8話を削除。恥ずかしながら、大幅なストーリーの修正を行います。
ご容赦頂けますよう、お願い致します。
その日、招かれざる客によって、村は騒ぎとなっていた。
「魔女様、数名の騎兵が村に近づいてきます。軍装から、帝国の者かと」
「そうかい」
斥候、村人に斥候という言葉も不釣り合いだが、斥候の男が、自らが確認してきた情報を、師に伝える。
対する師の言葉は、素っ気ないものだが、これは重大事である。
先の帝国との会戦で敗れた王国は、東部地域の大半を失地していた。
この村も、東部辺境に位置している。
つまり、マグナ王国の勢力下ではなく、帝国の勢力下にあった。
とはいえ、こんな何もない田舎村に、帝国兵が来るのもおかしな話。
……もしや、俺が、ラザフォード家の御曹司が、この村に匿われているのを、何処からか掴んだのか?
だとすれば、マズイ。大いにマズイ。
何がマズイって、師のことだ、迷うことなく俺を売りかねない。
そんな焦りが表情に出たのか、師が口を開く。
「そんな顔はお止し。簡単に売ったりはしないよ」
「……簡単には、つまり、どうしようもなければ売ると?」
「君のような勘のいいガキは嫌いだよ。ふふ……」
何がおかしいのか、師が笑いを漏らす。
どうやら、師にしか分からぬユーモアが含まれていたらしい。
だが、余り冗談は言われぬ師だ。
何らかの諧謔を含んだ言葉とはいえ、嘘を言っている公算は低い。
「だから、そんな顔はお止し。この魔女を信用できないのかい?」
「はい。魔女だからこそ、信用できないのです」
「ふむ。違いない」
一つ頷くと、師は立ち上がる。
「取り敢えず、客人は広場に案内しな。エルザ、念の為、魔杖の準備を」
「はい、魔女様!」
師の指示を受けた男と、エルザが慌ただしく動き出す。
そうして、師は俺に向き直る。
「小僧はどうするね?」
「はあ。やはり、家の中に隠れておいた方がいいですか?」
「ふむ。……いや、私の供をせよ」
俺は、その言葉に眉を顰める。
「何故かお聞きしても?」
「もし連中が、小僧の情報を掴んで来たのなら、それなりの確度を持っているのだろう。なにせ、わざわざこんな寒村までお越し頂いたのだからねえ。なら、隠れていても、遠からず見つかる。時間の無駄でしかないよ」
「……成程、では、俺を傍近くに置く理由は?」
「決まっている。いざという時の、盾にするためさ」
師が、そんな答えを即答される。
なんとも、想像通り過ぎて、怒りすら覚えない。
唯、溜息を一つだけ零す。
「承知しました。供でも何でも致しましょう」
俺の返事に、師は満足気な笑みを浮かべられた。
****
村の中央にある広場、ここで客人と相対することになった。
こちらは師を先頭に、一歩後ろ、師を挟むように俺とエルザが立つ。
師と俺は無手で、エルザだけが魔杖を抱えるように持っていた。
対する帝国兵は、全員で六人。
その内、最も階級が高いと見える軍人が、前へ進み出てきた。
俺はその男の表情を盗み見る。
張り付けたような笑み。勿論、作り物の愛想笑いだ。
ただ、幸いなことか、その奥に敵意は感じられない。
張り付けた笑みの奥に隠したのは、何だこれは……畏れ、だろうか?
漠然と、その表情に、その瞳に、そのような感情が隠れているのを察する。
師は、前に進み出た男に語りかける。
「私がこの村の代表だ。帝国軍人殿が、このような寒村に何用か?」
問われた軍人は、不躾でない程度に、師の顔を観察する。
そして、徐に自身の右拳を胸に当てた。――帝国式の敬礼だ。
「私は、帝国騎士、ライスト少佐です。貴君が、かの名高き解放戦争の英雄、『遠国の魔女』殿で間違いないでしょうか?」
俺はその言葉に衝撃を受ける。
帝国の狙いは、俺ではなく、師であったのか!?
「……そうだ。それで、帝国が、辺境に燻ぶる老人なぞに、何の用だい?」
「そのような自らを卑下する言葉はお止め下さい。魔女殿の偉大さは、我が国にも伝わっております。故に、我らは魔女殿の現状を嘆かわしく感じてならない」
「嘆かわしい?」
片眉を上げ、相手の言葉尻を繰り返す師に、ライスト少佐は頷きを返す。
「はい。あれほどまでに功績を重ね、マグナ王国に貢献したにもかかわらず、不当にもマグナ王に追放された貴君の境遇を思えば、嘆かずにいられません。だからこそ、我ら帝国は、貴君を迎えに上がったのです」
なっ!? まさか、師を勧誘にきたのか!?
冗談じゃない! ただでさえ劣勢なのに、この上、師の智謀が帝国に加われば!
「迎え……ねえ」
「はい。その才幹に相応しき立場に、貴君はいるべきなのです。我ら帝国が、それを御用意しましょう」
「ふん。至れり尽くせり、そういうわけだ」
師が鼻を鳴らす。
その態度にも、ライスト少佐は笑みを崩さない。
「はい。貴君には、それだけの価値がある。それに、貴君もマグナ王国が、マグナ王カール三世が憎いでしょう? 不当にも、貴君を追放した輩たちのことが」
ライスト少佐は一歩踏み出すと、師を唆す様に囁く。
「ッ! 師匠……!」
俺が思わず声を上げようとしたのを、師が手を上げて遮る。
そうして、その手をそのまま、エルザの方に伸ばす。
エルザは一瞬キョトンとした表情になるが、その意図を直ぐに察して、抱えていた魔杖をその手に乗せる。
「……確かに、カールのクソガキは恩知らずにも程がある。その上、余りに愚かだった。あのガキに対する怒りは、相当なものさ」
「え、ええ、そうでしょうとも」
ライスト少佐は、師が魔杖を受け取ったことに、訝しげな視線をやりながらも、師の言葉に相槌を打つ。
師はその視線を気にも留めず、魔杖をくるりと回すと、その杖先を、ライスト少佐の額に突き付けた。
「ま、魔女殿……?」
「だが……! それでもあの子は、我が友にして、我が主、コンラートの子であり、そして! 私の養い子だ! どうして、それを討ち取った帝国に与するものか!」
「まっ! 待って……!」
制止の言葉を無視して、師は人差し指を掛けた、何らかのカラクリを引く。
直後、パンと、破裂音が響いた。
そして、ライスト少佐の頭部が、潰れた石榴のように弾け飛ぶ。
瞬間、広場に水を打ったような静けさが訪れる。
しかし、我を取り戻した帝国兵たちが、腰に佩いた刀剣を抜き放つ。
俺は師の前に踏み出した。だが、無用の行動であった。
「殺れ、皆殺しだ」
その師の言葉とほぼ同時に、広場を囲む家々から、破裂音が響く。
師が予め伏せておいた魔杖兵たちの、一斉射撃であった。
ふんと、鼻を鳴らすと、師は血溜まりに沈む帝国兵を見下ろす。
何故だか、赤い血を眺める師の表情に、薄ら寒いものを覚えて、俺は思わずといった具合に、口を開く。
「宜しかったのですか、このような軽挙に出られて?」
師は帝国兵から視線を外すと、俺の顔をじろりと睨みつける。
「宜しくあるものか。使者を殺した。これ以上ない、敵対の意思表示さ。直に、帝国兵が攻め寄せて来る」
俺は、師の言葉に頷く。
「では、直ぐにも退避を。こうなっては、王国軍の下に赴くしか」
「そうだね。だが、突発的な事態だ。準備不足も甚だしい。すぐの行軍は無理だね」
「行軍?」
「ああ、我が魔杖部隊の行軍さ」
俺はその言葉に成程と納得する。
そして、広場に出てきた魔杖兵たちを見やる。
確かに、ああも鮮やかに帝国兵を掃討した彼らは、村人と呼称するより、軍人と呼称した方が正しい。
「一戦を覚悟する必要があるだろう」
「……師匠だけでも、先に退避されては?」
魔杖兵の実力を疑うわけではない。
だが、多勢に無勢だ。その戦いは余りに無謀に思われた。
「ふん、無様に逃げてきた私を、王国軍はどう処すかね?」
「それは……」
「小僧の言葉を借りれば、この国難に、王国軍は有能な人間を拒まぬ、だったか。だが、無様に逃げてきた者なら? それも、王より逆賊として、手配された者だ。ええ? 王国軍は、この身をどう処するだろうね?」
……確かにその通りか。
このまま王国軍に逃げても、師にとって拙い状況になりかねない。
「されど……」
「ふん、見縊るな、小僧。むしろこれは好機だ」
「は?」
「分からんか? 敵味方双方に知らしめようというわけだ。この私を、魔女と呼ばれた女の戦いぶりを。……喜べ、小僧。貴様に実地で見せてやろう。この私の魔法をな」
そう言うと、師は凄みのある笑みを浮かべる。
ああ、震えが止まらない。
この目で見られるのか。嘗て、王国全土を震撼させた、その魔術の冴えを。
俺は生唾を飲み込む。
ああ、帝国軍は、起こしてはならぬ災厄を、目覚めさせてしまった。
そうとも、この瞬間、再びこの地に、魔女の凶悪なる魔法が振るわれることが決定したのだ。