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第5話 「種明かし」

 良く言えば、年月を経て、得も言われぬ風格を纏った本。

 悪く言えば、相当ボロが出てきた古い本。

 その頁を閉じる。そっと、優しくだ。

 破損すれば、また、ぞろ金銭を要求されかねない。


 疲れた目を休めるため、暫し瞼を閉じる。ふう、と軽く息を吐いた。


 師から渡された入門書。

 師の言葉通り熟読すべく、今、二巡目を読み終わったところだ。


 内容は、入門書と言われただけあって、小難しいことは書いてない。

 言われてみれば、当然のことばかり。

 なのだが、はっと、気付かされる事柄が多々あった。


 失念して良い筈のない基礎。

 しかし、往々にして人は、そういうものを忘れがちなのだ。


 当たり前を、当たり前にこなす。実は、それこそが難しいのだろう。



 戦う前に、敵と、味方の、軍の内実を比較する。

 その為には、敵を知り、己を知る必要がある。

 なれば、情報収集の大切さこそを、重視するべきである。


 情報を得れば、次は、それを元に、勝機があるかどうか本営で検討する。

 勝兵は、戦う前に勝利を求め、敗兵は、まず戦ってから勝利を求める……か。

 成程、その通りなのだろう。


 当然のことだ。軍を指揮するなら、当然、守ってしかるべき基礎。

 だが、実際には守らず、手痛い敗北を味わった者が、どれ程いることやら。


 胸に留めなくてはならない。

 これまで無残な敗北を重ねた者たちと、同じ末路を辿らぬ為に。


 ――『兵は詭道なり』。

 この言葉は耳に痛い。そう、いいように帝国にやられた身としては。

 戦とは騙し合いである。敵の裏をかく。意表を衝く。

 正々堂々と戦うだけが、戦ではないのだ。


 ああ、他にも、色々と為になることが記されていたものだが……。


 特に、衝撃を受けたのが一つ。

 この入門書は、当たり前のことばかり記されていると言ったが。

 しかし、その一つは、完全に意識の外にあった。


 それは、戦争を費用対効果で論じていた部分だ。


 俺たち軍人にとって、戦争とは、それ以上でもそれ以下でもない。

 戦って勝つ。それが全てだ。


 しかし、この本では、戦争を外交における一手段と定義している。


 戦争を起こす理由となった、外交的目標。つまり、国家としての利益がどれほどのものか。

 また、その目標を達成するまでに、どれほどの費用が発生するか。


 ここでいう費用とは、戦争で必要となる、あるいは失われる、金銭的・物的・人的資源のことである。


 その費用対効果を秤にかけて、戦争を起こすべきかどうか判断せよと。


「故に兵は拙速を貴ぶ……か」


 蒙を啓かれた気分だ。なんともはや……。衝撃的の一言だろう。


 ああ、でも、本当に衝撃的だったのは……。

 この本がいわゆる“魔術”の入門書であるという事実に他ならなかった。



****



「エルザ、師匠は、俺に渡す本を間違われたのだろうか?」

「間違い? 何かおかしな所でも?」


 エルザは澄ました顔で返事をするが、その目が笑っている。

 俺が、何に困惑しているのか、お見通しの上で惚けているらしい。

 しかし、だとすれば、本を間違えたという可能性が否定されたことになる。

 

 ……どういうことだ? いや、分からぬなら聞けばいい。


「どうもこれは、魔術書ではなく、軍学の教本のようだが……。これは、一体どういうことだろう?」

「どうもこうもありません。それが、それこそが、魔女様の“魔術”、その基礎なのです」

「……何の言葉遊びだ? 煙に巻かず、ハッキリと教えてくれ」


 俺がそのように頼むが、エルザはもったいぶって話そうとしない。

 いや、自分の知っている奇術の種明かしをしたい、そんな風情ではあるが、何かを期待するように黙している。


 何だ? うん、もしや……。


「……教えて、下さい。……エルザ、姉さん」

「ふふーん、仕方ありませんね♪」


 頬を上気させ、自慢げに口を開くエルザ。

 先程の師の戒めを、既に忘却の彼方へと追いやってしまったようだ。


「良いですか、よく聞きなさい、レイ君! 魔女様の“魔術”、その正体とは、極めて洗練された、高度な兵法なのです!」

「兵法? それが“魔術”の正体?」


 そんな馬鹿なという思いで、エルザの顔を見やる。

 だが、エルザはこくりと頷いて見せた。


「……長年、多くの者が、唯の兵法を“魔術”と怖れていたと言うのか?」

「唯の兵法ではありません。高度な、あるいは、この地に住まう軍人たちのそれとは隔絶した、そう、正しく立っているステージの異なる兵法です」


 高度、隔絶した……ねぇ。


「魔女様は、その兵法を用い、嘗ての解放戦争で、驚異的な戦果を上げ続けました。傍目から見て、魔法でも使っているのでは、そう疑問を持たせるほどに」

「……それで、魔術と称したのか?」


 エルザは、首をふるふると左右に振る。


「いいえ。いいえ。魔女様が自ら称したのではありません。周囲が勝手に、自然と、そう呼び始めたのです」

「周囲が自然と呼び始めた?」

「はい。彼らの理解の埒外にあった、計り知れぬ英知を振るう少女を魔女と、その業を魔術と、そう呼んで畏怖した。まあ、魔女様も、敢えて訂正せず、むしろ、それを助長されたようですけど」

「うーん。話の筋は分かったが。どうも納得し辛い。自然と魔術と怖れられる程の兵法? これがか?」


 そう言って、手に持つ本を振って見せる。


「それはあくまで入門書。いえ、それもよく読み込めば、大変素晴らしいものですが……。その先にある魔女様の兵法こそが、計り知れぬ英知なのです」


 まるで我が事のように自慢げに、師の業を褒め称えるエルザ。

 なんとも胡散臭い。


「では、魔杖はどう説明する? 聞くところによれば、杖先を向けるだけで、敵を呪い殺す。そんな、魔法の武器とのことだが」


 俺の問い掛けに、エルザは呆れた様な表情を見せる。


「……レイ君、その与太話、どこまで信じてます?」

「いや、確かに信じ難い話だが……。実際、解放戦争の折には、その魔法の武器が猛威を振るったと聞いているぞ」

「まあ、確かに、魔杖は解放戦争で大いに活用されましたが。それは新兵器ではあっても、魔法の武器ではないのですよ」

「魔法ではない? では、一体何だと言うのだ?」

「原理は異なりますが、弓などと同じ飛び道具の一種です。より詳しく言えば、火の秘薬を用いて、鉄の玉を飛ばす武器ですね」

「飛び道具……」


 俺は首を振る。これまで聞いてきた魔女の話との余りの乖離に、頭が混乱する。


「唯の飛び道具。それが本当なら、陛下は何故、魔杖を禁じられたのか?」


 俺は再度、疑問の声を上げる。

 エルザは、その問いに、『う~ん』と唸りながら、虚空を見つめる。


「何だったかな? 魔女様が以前、そのカール三世の振る舞いを、適切な言葉で表しておられたけど……」


 エルザが顎に指を添えて、首を捻る。

 暫く、額に皺を寄せて考え込んでいたが、やがて晴れやかな表情になると、ポンと手を叩いて見せる。


「そうだ! 『神官憎けりゃ、法衣まで憎い』だ!」


 すっきりとした表情で、笑みを浮かべるエルザ。


 その言葉は初めて聞く言葉だったが、不思議と、すとんと胸の中に落ちた。


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