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第2話 「遠国の魔女」

 ……体が重い。全身が熱に苛まれているような感覚。

 ぼんやりと意識が浮上する。

 この感覚は何だろう? はて、珍しく高熱でも出して寝込んだか?


 どうやら寝台に寝かされていることは理解できるが、前後の記憶が定まらない。


 すぐ傍で人が動く気配を感じる。

 額に冷たい感触を覚えた。濡らした手拭でも載せてもらったのだろうか?


 億劫さを我慢して、重たい瞼を持ち上げる。

 開ける視界。寝台の傍で、上半身を屈めるように立つ、一人の少女と目が合う。


 小柄な少女だ。年の頃、十二、三歳ほどであろうか?

 くりくりとしたこげ茶の瞳は、勝気というか、小生意気な印象を与える。


 おや? 俺の屋敷に、彼女のような侍女がいただろうか?

 そのような疑問を覚える。


 俺と視線が合った少女は、弾かれたように屈めた上半身を起こすと、バタバタと寝台の傍から走り去っていく。


「魔女様! 魔女様! 金蔓かねづるが目を覚ましましたよ!」


 ……魔女様?

 少女が誰かに呼びかけているのは分かるが。一体、何のことやら。


 俺は寝台の上で、上半身を起こす。


「ッ!」


 体のあちこちで、ずきりと痛みが走る。

 思わず、自身の体をまじまじと見詰めた。……包帯?


 体のあちこちに包帯が巻かれている。これは……。


 次いで周囲に目を向ける。

 見覚えのない部屋だ。少なくとも俺の屋敷ではない。


 事態が掴めず、困惑する。

 どうやら怪我を負い、寝込んでいたらしい自分。見知らぬ部屋。


 これは、一体どういう…………あっ!


 ようやく記憶が繋がる。

 そうだ。俺は初陣を迎え、その戦場で……。


 リデル伯爵の裏切り。絶望的な戦況。散り散りに逃げ惑う味方。

 その様が、まざまざと浮かぶ。

 次いで、先の少女の金蔓という言葉が思い起こされた。


 ……そうか。捕虜になったのか。


 成程、将軍家の御曹司である俺の身柄を押さえたのだ。

 身代金を要求する積りだろう。


 ……なんて情けない。まさか、初陣がこんなざまになるとは。


 ぎしりと、歯を食いしばる。痛い位に拳を握り締めた。


 そうして、暫く俯いていると、はたと思い当たる。


 クロエや、ヤン軍曹たち、他の大隊の騎士たちはどうなったのか?

 あの戦況だ。多くの騎士が討死にしたに違いない。

 だが、全員が死んだとは考えにくい。


 俺と同じように、敵軍の捕虜となったのだろうか? ……そう考えるのが妥当であろう。


 他の捕虜と離し、俺一人が、この部屋に押し込められている現状。

 そして、先程の金蔓発言。


 恐らくは他の捕虜になった騎士から、俺の素情が敵軍に伝わったに違いない。


 現在、自分の置かれている状況に、一定の推測が立った。

 すると、次なる疑問が湧いてくる。


 しかし……ここはどこだ?


 この部屋の内装を見るに、普通の民家のように思われる。


 敵軍が戦場近くの町、ないし、村を接収したのだろうか?


 そこまで思案して、近づいてくる足音に気付いた。

 耳をそば立てる。……足音は二人分。


 先程の少女が、兵士に俺が目覚めたことを伝えたのだろう。

 俺は緊張に体を強張らせながら、しかし毅然とした態度を取ろうと、姿勢を整える。


 果たして現れたのは、先程の少女。

 何やら、両腕に抱え込むように奇怪な棒のようなものを持っている。


 そして、その後ろには一人の老婆が続いた。

 白くなった髪に、皺の目立つ顔。その瞳は、珍しい黒色。


 老婆、そう呼ぶ年齢であるのは間違いない。

 ただ、見慣れぬ趣を持った容貌から、正確な年齢が窺い知れない。


「目覚めたか、ラザフォードの小僧」


 年の割に、しっかりとした声音が部屋に響く。


「……貴女は何者だ?」


 てっきり、兵士が来るものかと思えば、現れたのは老婆。

 胡乱気に、老婆を見やりながら誰何する。


「ふん。命の恩人に、そんな目を向けてくるか」


 老婆は鼻を鳴らす。


「命の恩人? 自らを虜囚とした敵兵には相応しくない言葉だが?」


 俺の言葉に、ああ、と納得した顔付きになる老婆。


「誤解があるようだね。私たちは帝国の者ではない。マグナ王国の辺境に暮らす村の者だ」


 俺は、そんな老婆の言葉に首を傾げる。どういうことだ?

 老婆は俺の疑問に気付いたのか、一つ頷くと、事の経緯を話し始める。


「小僧の馬さ。あれが、意識の無いお前を乗せたまま、戦場から離脱したのさ。そして、この村に辿り着いた。そういうわけだ」

「ライラが……。そうだ、ライラは無事だろうか?」

「さて、あの馬の世話は、この娘に任せたが。エルザ、どうだね?」


 老婆は、傍らの少女に顔を向ける。


「はい、魔女様! きちんと世話をしています!」

「本当か? 大切な愛馬だ。何か、問題があるようなら、教えてもらいたいが」


 俺の言葉に、エルザと呼ばれた少女は、きっと眦を吊り上げる。


「問題なんて、これっぽっちもない! 私が、魔女様から言い付けられたことに、手抜かりなどするものですか!」


 エルザは、そんな風に甲高い声を上げる。


「ふんだ! そもそも、あのような名馬、粗雑に扱うわけがないでしょう。貴方を寒空に放り出すことはあっても、あの馬に酷い仕打ちなんて出来ません」


 つまり、俺は場合によっては、寒空に放り出されるのか……。


 これでも、将軍家の御曹司なのだが。

 いくら名馬とはいえ、馬より軽く見られるとは……。


 うん? そういえば、この老婆、俺の素情に気付いているようだったが……。


「そうか。礼を言うよ、エルザ嬢。……それで? 老婦人、何故貴女は、俺がラザフォード家の者だと?」


 再び老婆に視線を向けると、疑問を投げ掛ける。


「簡単な事だ。身形からして、やんごとなき出であることは推測できる。極めつけは、あの名馬。あれ程の馬、そこらの貴族の子息では持てまい。そして、此度の戦で、ラザフォードの小僧が初陣を迎えると、そんな噂が有った。なら、その二つを結びつけるのは自然なことだろう?」


 ……なるほど。しかし、不思議な老婆だ。

 確かな洞察力と、理屈だった話しぶり。深い知性を窺わせる。


 はたして、辺境の村人が、これほどまでの知性を有するものだろうか?


「恩人にこのような物言いは失礼かもしれないが。……本当に唯の村人なのか? どうも腑に落ちない。何か隠して……なんだ?」


 エルザが、抱えていた奇怪な棒の先端を、俺の額に突きつけてきていた。


「唯でさえ命の恩人、しかも偉大なる魔女様に対して、まるで疑うような物言い。これ以上、礼を失するようなら、その頭に風穴を開けますよ。いや、もうやっちゃっていいですか、魔女様? いいですよね?」


 奇怪な棒を俺に突きつけたまま、エルザは老婆に視線を向ける。


「はあ。お止め、エルザ。折角の金蔓だよ」


 老婆は一つ溜息を吐くと、奇怪な棒に手を添えて、横にずらした。

 というか、また金蔓と言われた。俺は憮然とする。


「その金蔓呼ばわりは、何なんだ?」


 不満を隠しもしない俺の声に、老婆は笑みを浮かべる。


「なあに。将軍家の御曹司の命を救ったのだ。唯の村人にしたら、某かの礼が出るのではと、期待しても罰は当たるまい」


 ……その感情は理解できなくはないが。

 しかし、口に出す様な事ではないだろうに。

 俺は、思わずため息を零す。


「おやおや、その態度は無いだろう。今しがた、もう一度命の危機を救ってやったばかりだというのに」

「――? 何を言って……」


 老婆の目が怜悧な光を帯びる。


「ふん。その様子を見るに、先の落ち着きは、肝が据わっていたわけではなく、無知によるものか。全く、カールのクソガキが、魔杖の製造、使用を禁じて久しいとはいえ、その存在すらも忘却するとは。それも、他でもない将軍家の子息が! これが未来の大将閣下? なんと、嘆かわしい」


 その口ぶりからは、呆れと、そして怒りすら滲んでいた。

 しかし、老婆が何に呆れたというのか?


 先程の老婆の言葉。……魔杖だったか?

 その名だけは聞いたことがある。確か、武器の類であった筈だ。


 そう、解放戦争の折り、『遠国の魔女』が、その妖しげな業を以てして、生み出したとされる、忌まわしき武器。

 その凶悪さと、おぞましさを理由に、カール三世陛下が禁じた武器だ。


 待て、遠国の……魔女・・


 エルザは、先程から老婆のことを何と呼んでいたか?


 まさか……。俺は呆然と老婆の顔を見詰める。


 その視線を受けて、老婆の顔に邪悪な笑みが浮かぶ。

 まるで、お伽話に出て来る、魔女の様な笑みが。


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