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第1話 「初陣」

 連載再開にあたり、第1話を大幅改訂

 幼少の時分の俺は、我ながらひねくれた子供であったと思う。

 生まれのせいで、素の態度で俺に接してくれる人が少なかったからだ。

 ほんの一握りの人を除き、大人であれ、子供であれ、極端に媚びへつらったり、腫れ物を触る様に接してきたからだ。

 今ではそれも、仕方のないことだと了解してはいるが……。


 そんなこんなで、幼い子供の癖に、軽い人間不信に陥った俺は、人よりも身近にあった生き物、馬に心を許すようになる。


 馬の世話や、乗馬の訓練を繰り返す日々。

 本当に、四六時中、馬たちと過ごした幼少期だった。


 普通の家庭なら、もっと人と関わるよう、馬から引き離されたことだろう。

 だが、我が家の特殊な事情がそれを許容したことにより、終ぞ幼少期の俺の行動を掣肘せいちゅうする者は現れなかった。

 そのため、俺は益々馬にのめり込むこととなったわけである。


 その幼少期の真っ当ではない生活が、結果として、俺に我が家の伝統を引き継ぐに申し分ない資質を与えたわけだから、人生何が幸いする分かったものではない。


 当時、自分の思い描く自身の将来像と、家族の望む将来像が、自然と、恐ろしいまでに一致したのは、きっと家族の誰もが密かに驚いたに違いない。


 幼き頃の夢、それは立派な軍馬に跨り、戦場を駆け抜けること。

 戦の華である騎兵隊を率いて、輝かしい武功を掲げる。


 空想の中の自分は、常勝の将軍で、駆け抜ける先には栄光だけがある。

 苦難や挫折、敗北などといった負の要素は、全く考慮の外であった。


 ……自分の都合の良いことだけを夢想する。

 そんな思慮の無さは、今にして思えば、当時の俺が有した、唯一の子供らしい一面であったのかもしれない。


 しかし、それは責められるべきことではないだろう。

 子供が持つべき特権とも言える。


 何せ、成長すれば誰しも、嫌でも現実を思い知ることになるのだから。



****



 なだらかな丘陵の上、騎兵大隊は整然と隊列を組む。

 正面には、遂に補足した敵軍の別働隊と相対していた。

 少し強い風が吹き抜ける。我々から見て、追い風だ。縁起が良い。


 いよいよだ。興奮と期待に胸を躍らせ、大隊長からの命令を待つ。


「どうです、若? 初陣前の心境は?」


 声を掛けてきた男の顔を見やる。

 老兵と言って差し支えあるまい。皺の目立つその顔は、親しげな表情を形作る。


 確か、俺の祖父の代から、俺の家、ラザフォード家に仕える、最古参の下士官であったはずだ。

 名前は、ヤン軍曹といっただろうか?


 俺はその下士官の目を注視する。その色に、どうも他意は感じられない。

 どうやら、純粋に、初陣を迎える俺の事を気に掛けてくれたようだ。

 

 そう、ヤン軍曹の言葉通り、俺は今から初陣を迎えようとしている。

 だが、恐れも不安もない。


 何せ、丘の下に居る敵兵の数は、三千名ばかし。

 一方、我々騎兵大隊は一千。そして後詰には、友軍であるリデル伯爵軍三千が詰めている。


 三千対四千と、数的有利。

 いや、例え、兵数差が逆転しても、やはり俺は恐れとは無縁でいただろう。

 

 何故なら、絶対の自信を持っているからだ。

 我が将軍家が誇る、無敵との呼び声高い騎兵隊、その精強さを。


 むしろ、両軍の本軍がぶつかる主戦場にいないことを、物足りなく感じるほどだ。

 

 だからこそ、ヤン軍曹の問い掛けに、不敵な返事をしてみせる。


「悪いわけがないだろう。栄光の第一歩というやつだからな」

「それは良かった。大将閣下もお喜びでしょう」

「父、いや、軍団長閣下が? 何故だ?」

「目の前の奴さんら、敵軍別働隊の対処に、大将閣下は、自軍から一個騎兵大隊を捻出し、これを当てることを、国王陛下に強く進言されたとか」

「うん? ……それが?」

「勿論、軍事的視点からの進言もあるでしょうが、わざわざ若の所属する騎兵大隊を推されたのは、若に戦功を立てさせようという親心でしょう」


 ヤン軍曹の言葉に、暫し呆然となる。


 あの軍人然とした堅物の父が? 俄かに信じ難いものがあるが……。


 なんとなく気恥ずかしさを覚え、ヤン軍曹から視線を逸らす。

 その逸らした視線の先で、我らが大隊長、モーガン少佐が剣を引き抜くのが映った。


 ゆっくりと持ち上がる腕。握った刀剣の切っ先が、天を指し示した。


「マグナ王国万歳! 産前王カール陛下万歳!」

「「「「マグナ王国万歳! 産前王カール陛下万歳!」」」」


 祖国と、王を讃えるモーガン少佐の言葉を、大隊総員が復唱する。


 そして、ついにその刀身が振り下ろされた。


「総員突撃! 突撃!」


 大隊長の号令一下、少し遅れて突撃喇叭の音が吹き鳴らされた。


「「突撃! 総員突撃!」」


 士官たちも口々に、モーガン少佐の命令を復唱する。そして――。


「「「「ウォォオオオオー!!!!」」」」


 空気を震わせる蛮声が響き渡った。

 そして騎兵隊が、丘の上から力強く坂を駆け下りていく。

 俺もその中に混じり、中隊長として、自身の中隊に指示を出しながら乗騎を駆けさせる。


 疾風のような速さで丘陵を駆け下りる騎兵大隊。

 見る見る内に近づく敵の姿。その陣容をハッキリと視界に捉える。


 敵軍の前衛は、全身に鎧を纏った重装歩兵だ。

 更にご丁寧なことに、人間大の大盾を構えている兵の姿まである。

 盾を構えていない連中は、最前列で長槍を並べ槍衾を形成していた。

 そして、そんな前衛の重装歩兵に隠れるように、その後ろに弓兵が並ぶ。


 その意図は明白だ。

 前衛が、騎兵突撃を食い止めている間に、矢の雨を見舞おうというのだろう。


 成程、騎兵突撃に対し、一定の効果はあるかもしれない。だが――。


「総員注目! 注目!」


 モーガン少佐は声を張り上げるや、剣を握る右腕で頭上に円を描く。

 そして何度か円を描くと、次いで刀身の切っ先で、左前方を指し示した。

 

 その合図を見て、俺は口の端を吊り上げた。

 そして、中隊に指示を出すべく声を張り上げる。


「総員、旋回準備! 右回りだ、遅れるなよ! 他の部隊と動きを合わせろ!」

「「おう!」」


 中隊総員が短く命令に応える。


 そう間を置かずして、大隊全体にモーガン少佐の命令が行き渡る。

 すると、大隊は左に大きく膨らむように進路を取る。


 馬を駆けさせる兵らは、突撃を開始した時のような喚声を上げるのを止める。

 ひりつくような静寂。聞こえるのは馬蹄の音ばかり。

 皆が無言のまま、その命令を待つ。


「ここだ! 総員旋回!」


 モーガン少佐の号令一下、大隊は弧を描くように敵前で右回りに旋回を開始する。そして――。


「構えぇぇ……射てぇぇええええ!」


 弧の頂点を通り抜ける兵らが、馬上から弓矢を次々に放っていく。

 ――騎射だ。そこらの騎兵では真似などできぬ技。

 放物線を描く矢は、敵陣前衛の重装歩兵の上に降り注ぐ。


 無論、敵弓兵も黙ってはいない。

 重装歩兵の後ろから、反撃の矢を打ち返してくる。しかし――。


 敵から見て、逆風である風に妨げられ、その矢は旋回する騎兵隊のすぐ手前で弱弱しく落ちていく。


 風と、地形の高低差、彼我の距離。

 これらを考慮し、大隊は絶妙な位置取りで旋回していた。

 即ち、味方の矢がギリギリ届き、敵の矢がギリギリ届かない。そんな間合いだ。


 幾つもの戦場を越えてきた、歴戦のモーガン少佐が培った戦術眼のなせる業だ。

 その戦術眼の確かさは、名人と、手放しで褒めるに値する。


 無論、それだけで、この戦術は完成しない。


 指揮官の戦術眼、一糸乱れぬ部隊行動、騎乗で馬を駆けさせながら弓を射る技量。

 それら全てが噛み合って初めて、この芸術めいた戦術は完成する。


 いとも容易くこなしているようだが、このような芸当、ラザフォード将軍家の騎兵隊以外に、真似できる者など存在しない。


 余りの誇らしさに、頬が思わず紅潮する。

 これだ。これこそが、『平原において無敵』と、周辺諸国にまで称えられた、ラザフォード将軍家の騎兵隊の力だ。



 ラザフォード将軍家のみが為し得る、無類の精強さを誇る騎兵隊。

 その秘訣は、ラザフォード家が治める領地にあった。


 ラザフォード領は、古くから良馬の産地として知られる。

 実際、マグナ王国軍の軍馬の大半はウチの領内で育ったものだ。


 そのような土地柄だから、必然、領内に住む者の多くが馬に携わる仕事をしている。

 

 そのため、俺に限らず領内の者たちにとって、馬は身近な生き物だ。

 多くの子供たちが、馬と共に育ったといっても過言ではない。


 故に、この領内から募兵した、ラザフォード家が統括する王国軍第二軍団の騎兵たちは、抜群の精強さを誇る。

 その精強さは国内、周辺諸国を見回しても並ぶものはない。

 この騎兵のお陰で、ラザフォード家は、その声望を確固なものとしたのだ。



 程なくして、全ての兵が矢を射かけ終えた。

 旋回し、丘を駆け上がっていた先頭集団が、再び旋回を開始する。

 再び丘を駆け下りる。そしてまたもや――。


「総員旋回! ……射てぇぇええええ!」


 再び、敵重装歩兵の頭上に矢が降り注ぐ。

 敵弓兵も何とか対処しようと試みるが、何ら効果的な行動をとれないでいる。


 矢が届かないなら、距離を詰めるべく前に出たいのだろうが……。

 盾役であった、重装歩兵が前を塞いでいる。

 それが邪魔となり、前へ出ることができないでいる。


 二度騎射を終えた大隊が、再び大きく旋回していく。


 さて、敵前列は重装歩兵だけあって、その防御力は高い。

 一方的に矢を射かけられているにもかかわらず、よく我慢している。


 二度の騎射を経ても、まだ崩れない。だが……。一体そのやせ我慢が、いつまで続くというのか。


 三度丘を駆けおりる大隊。

 前回まで同様に、弧を描くような部隊行動に入ろうとする。


 その最中、一人の敵兵が武器を放り捨てるや、背を向けて逃げ出した。


 ざわつく敵陣。そして、一人、また一人と、背を向け始める敵兵の姿。

 敵の士官が怒鳴り声を上げて制止するが、その流れを止めることは叶わない。

 その流れは、大雨が降った日の濁流のように勢いを増していく。


 ――崩れた! それを見た俺は、心の中で、今だ! そう叫ぶ。


 モーガン少佐も、同じ判断を下したのであろう。

 旋回運動を急遽中止させた。そして、高々と掲げた刀剣を勢いよく振り下ろすや、空気を震わすような大声を上げる。


「総員突撃! 突撃! 敵を蹴散らせ!」


 そうとも、今こそが突撃の時だ!


 俺は愛馬のライラ、その夜の闇を溶かしたような鬣を撫でる。


「頼むぞ、ライラ……。中隊総員! 中隊長に続け!」


 そう叫ぶや、愛馬のライラを力強く駆けさせる。

 

 ラザフォード将軍家の御曹司、その愛馬だ。それは領内でも有数の、つまり引いては、国内有数の名馬。

 その脚に、ついてこれる馬など早々いやしない。


 瞬く間に騎兵隊の先頭に躍り出るや、自身の中隊はおろか、他の騎兵隊員をも置き去りにして駆ける。


「中隊長殿! お待ちくだ……この、待ちなさい! レイ!」


 背後から部下の小隊長であり、義姉でもあるクロエの怒声が、風に乗って聞こえてきたが、ふん、構うものか。

 そもそも、彼女が口うるさいのは、常のことだ。


 尚一層、ライラを速く駆けさせる。

 速く、速く、何者より速く。まるで風のような速さで。

 全てを置き去りに、騎兵隊の先頭を駆ける。


 その瞬間、俺は子供の時分に思い描いた夢の中にいた。

 この一時の全てが、自分の為にあるかのような錯覚すら覚える。


 手綱から手を離す。背中の矢筒から二本矢を抜いた。弓に番え、連続で射る。

 生死は分からないが、敵兵が二人倒れるのが視界に入った。

 もう敵は目と鼻の先だ。弓から剣に持ち換え、ライラを駆けさせる。


「ハァァアアアア!」


 馬上で剣を振り上げ、逃げ腰になっている敵兵に振り下ろす。

 飛び散る血飛沫。荒い自分の呼吸。痛いぐらいに早鐘を打つ心臓。


 これが戦。これが本当の戦なのか。

 俺は初めて戦の実感を得ながら、手に持つ剣を振り続ける。


 俺の後ろを駆けていた騎兵たちも敵軍に突っ込み、ますます敵の陣形は乱れ、敵軍の前衛は極度の混乱状態に陥っている。


 いける! このまま敵の混乱をつき、一気に勝負を決めて……。


「若! 後ろだ! 後方が!」


 優勢な戦況にそぐわぬヤン軍曹の絶叫を聞き、不審に思いながら背後を振り返る。


「――なっ!?」


 信じられないものを見た。

 騎兵大隊の後方、怒号と絶叫を上げる大隊の兵士たち。

 そして大隊の兵士たちを背後から襲う、味方であるはずのリデル伯爵軍。


「どうなっている!?」



 そこからはまるで悪夢のような戦況だった。

 敵軍とリデル伯爵軍の挟撃に遭い、大混乱に陥る騎兵大隊。


 奮戦するも一人、また一人と討ち取られる騎兵たち。

 モーガン少佐も懸命に部隊を立て直そうとするが、最早統率すら能わない。


 指揮系統が満足に効かない部隊はあまりにも脆い。

 それは、ラザフォード家の精強な騎兵部隊であれ、例外ではない。


 俺たち、騎兵大隊が総崩れとなるまで、そう時はかからなかった。


 俺の、ラザフォード将軍家の御曹司、レイ・ラザフォードの初陣は、あまりにも苦い敗戦となったのである。



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