5.学園満喫
とうとう、一番ややこしいのが来た。
油断しきっていた頃に災厄はやってくる。目の前に、背筋を伸ばした先達たちが泰然と座している。
象牙の塔を徘徊する守護者達を統括する方達である。私とサングゥインの教導師陣でもあった。
彼等の叱責に晒され続けた日々を思い出す。教導師の数以上の専門分野があり、その教え方は多様であったが、誰もが長い説教を得意としていた。
学んでも学んでも教導師の満足に至ることはなく、説教の餌食になるばかりであったのに心底、嫌気がさした。
「後継者としての呼び声も高かったお前達が、学術の道から飛び出してはや幾年月も過ぎた。
若気の至りに気づいてもう戻ってくるだろうと思っていたならば、近頃何やら、面白いことをしだしたそうだな?」
いつか教導師長の耳に入ると思っていたが、さすがに学術の深淵に沈んでいるだけあってなかなか届かなかったようだ。このまま、届かないままでいて欲しかったというのが、正直な気持ちである。
しかし耳に届いてしまったのなら覚悟するしかない。サングゥインとともに、神妙に拝聴する姿勢をとった。
「先日、珍しく旧友達の訪れがあった。
我らと統括を争い不様に辺境に沈んだ奴らだったが、えらく福々しい顔つきを見せつけにきた。
聞くところによれば、彼の地が大盛況を博しているそうだな」
耳に入れたのは、散策ルートの男か。余計なことをしてくれる。
黄昏れている我らと称していたが、返り咲く気満々のぎらぎら心情だったようだ。
そんな生臭いつながりが生きていたのかと、出るため息を隠す。
労力を費やさない散策ルートの大成功に気を良くした彼等は、トレッキングにまでレベルをあげたようだ。ほんの少し負荷の強いルートにまで手を出し始めたということは、本人達の気持ちが前向きになっているということだ。
「あやつら、ほぼ独自でルート構築をしたとうそぶいていたが……」
「私もサングゥインも、ほとんど手を貸しておりません」
「ほぉ……」
燃料がとうに切れているとはいえ、枯れもの本体に火がつけば、よく燃える。落ちぶれていたはずのライバルが不死鳥のごとく蘇ってきたのだ。対抗心も湧くに違いない。
負けていられないと、教導師陣が燃えあがる瞬間を見た。
口を挟むことは一切、許されなかった。
同じ土俵で完膚無きほどに勝つと、彼の地に向かっての吠え立つような宣言を聞かされれば、こちらも唯々諾々と受け入れるしかない。
議論を重ねる彼等をよそに、自分たちの抱えている仕事を片付けながら、声がかかるのを大人しく待った。
彼等の出してきた仕様書通りにシステムに手を加えていく。
ついに、きたきた学園もの。
登場人物満載で、各人が細部まで作り込まれている。さすが重箱の隅をつつくことに生涯をかけている人たちが作り込んだだけはある。
引っかかるとすれば、教導師陣が学び直しをしたいと生徒役にまぎれこんだことくらいか。自ら作り込んだ人物のお披露目の時、あの自信のなさそうなありそうなそわそわとした態度には驚いた。
あの師長達に、こんな可愛らしげなところが残っていたとは思いもしなかった。
ルート開示後の盛況ぶりは、間違いない。運営側が楽しんでいるルートは大成功をおさめることがわかってきている。
期待できそうだった。
学園ルートはあまりの人気に、大活性化していた。順番待ちまで出ているほどだから、その人気ぶりも知れよう。
飽和寸前の活性化ぶりである。
「活性化の濃度が濃くなるばかりで、これはこれでまずいですね。悪酔いをおこしそうです」
教導師長は、学園に強者達を集め、教育を施し巣立っていくシステムを作り上げたかったのだが、出口の仕様がうまく稼働していなかった。
学園を卒業した憑依人が、世界に散らばり各地を活性化をしていくことを目指したのに、園内に留まったままだ。
誰も卒業したがらない。
居心地がよすぎるのだ。なんだこの楽しい学園生活は。
私の学生時代と雲泥の差ではないか。あの勉強と叱責だけに明け暮れた日々。それを教導し続けた者どもが、浮き浮きわくわくの行事満載の学園を展開させている。
このまま悪酔いをおこしてしまえとまでは決して思わないが、面白くない。
「分校をつくらせるか」
「いいですね。学生生活を満喫している人たちにも汗水たらして働いてもらわないと」
画面の中できらきらと笑みをふりまいている教導師長に、にらみを入れているサングゥインがいた。思うところは一緒だ。
「分校を各地に作りましょう。
学園同士で競い合わせるようなそんなシステムも絶対に付属させます。
学園内の活性化はもちろん周辺地域の活性化も目標値に入れてしまえば、巣ごもりばかりしていられないはずです」
サングゥインがハードルをどんどんと高く設定していく。
「……学園ルートは任しても?」
「お任せください。博士も納得するようなものを作り上げてみせます。
先達の薫陶を一番長く体験しているのは私ですからね。それはもう彼等が息をのむようなルートを用意します。
ええ、老骨にむち打ってきりきり働いてもらいますよ」
それは楽しみだな……?
やる気をみなぎらせているサングゥインは、頼りになるような、ならないような危うい存在になる。
たぶん、尻拭いが回ってくるだろう。長い説教も覚悟する。それでも、師長達が泡を吹く姿が見たい。