4.二匹目の泥鰌
異界間交渉に、サングゥイン共々駆り出された。忙しいのに、今から会談室に御籠もりである。勘弁して欲しい。
システム管理があるので、私だけの出席にしようとしたのだが、付き添うのが部下の務めとサングゥインがついてきた。
ここ最近、サングゥインには珍しく難航している箇所があるようで気分転換したいだけに違いない。日頃悩むことがないから、少しつまずくだけで現実逃避したくなるのだろう。
「サングゥインが出席するのなら、私は留守番しておく」
きっぱりと宣言したのだが、速攻で却下された。政治に合理性を求めすぎてはいけないらしい。無駄なところが合理になるなどと諭されて、なんとも面倒くさい。
それにサングゥインの欠席は認められても、私のは駄目というのはおかしくないか。
私達が呼び出されるのだから、当然、『アナダシステム』関連である。
ああ略語が更に短くなっていく。先日、アナダレシステムと言った時、穴だらけシステムと聞こえ、気分が暗くなった。
運用していると思わぬ修正箇所が見つかって、本当に、毎日が大変で大変で仕方がない。ふさいでもふさいでも、これはざるであったのかと思うくらい穴が見つかる。
終わりが見えない。
今回の異界間交渉は、理不尽な言いがかりが発端となった。
我らが界を抜け道にして強者達がたどり着いていた異界から、難癖をつけられたのだ。
『アナダシステム』の稼働により、彼の地にたどり着く強者達の数が激減したそうだ。そのため、彼の地の生体活動が著しく落ちているらしい。
強者達の数を元に戻すか、賠償として『アナダシステム』の設計図を寄越せと使節団が息巻いてきたそうだ。
意味が分からない。
その上、強者達が抜け道として我が世界を無断で通過し続けていた事態に裏があった。その通り抜けを、使節団を寄越した界は推奨していたそうだ。こちらに何の通知もなく。
順当に巡回していく強者達を、どこよりも早く少しでも新鮮な内に入手したかったらしい。
そういう話しを聞くと、彼の異界では酷使というか搾取されたのであろうなぁと、強者達に同情を禁じ得ない。
向こうの主張をまとめると以下の通り。
我が国が通り抜けを推奨したおかげで強者達が貴国を大挙して通過。
『アナダシステム』の強者捕獲に我が国が最も貢献した。
貢献した分の対価を寄越すのが、当然の対応であろう。
使節団からのごり押しに、老害首脳陣が対処できるのかとサングゥインは心配していたようだが、十分な働きを見せてくれた。
使節団の難癖主張を看破し撃破し懐柔し、手練手管を駆使して、何の土産も持たさずにお帰りいただいたのだ。何とも素晴らしい手腕であった。
私は会見場に呼び出され列席したまま、一言も喋らないうちに事が終わった。
サングゥインも然り。ふざけるような素振りを全く見せず、神妙な表情を見せていた。
実際のところ、あまりにごり押しが強いようなら根幹システムの開示も仕方ないと思っていた。
開示されたそれがすぐに運用できる代物でないことは、すぐにわかることである。根幹システムでさえ、私のこだわり、サングゥインの作り込み、有識者の一家言、使い手のピンポイントすぎる願望が複雑に絡み合っている。
一朝一夕で真似できるものではない。
その開示を絶対にするなと、首脳陣は早々に釘を刺してきた。
とんでもないごり押しをしてくる輩だから何の恥じらいもなく、まずはシステムの説明を強要する。その上、あの国にあわせてシステムの改変運用までやるべきだと言ってくるに違いないというのだ。
代表者が臆面もなくそこまでしてくるのだろうか。さすが、疑り深い政治家である。白くても、灰色、鼠色、黒色と言い切ってくる。
相手側に何の言質も与えることないよう、私とサングゥインは会見場に座っているだけという仕事を与えられ、それを完遂した。
飲料補給するのも一苦労であった。私が身じろぐだけで、鋭い視線を投げ掛けられるのである。視線が突き刺さりまくりの会談であった。
異界撃退の慰労会及び会食にそのまま連れて行かれた。お腹が空きすぎて、痛いくらいである。今なら何でも食べられそう。
食事にがっつく私達を首脳陣がニコニコと眺めてくる。この人たちは昔からそうだ。
お腹が満たされ一息ついた頃、首脳陣から今回の『アナダシステム』稼働についてのねぎらいを改めて受けた。
システムを稼働するにあたって、政治家の皆様とは散々やり合っていた。遊んでばかりと揶揄されもした。遊びには出せないとまで言われ、予算の確保には苦労しかなかった。
それでも、部族の絶滅を避けるために、何かをしなければならないと思っていてくれたのだからとても助かった。落としどころに落ち着かせてくれたのだ。
世界の活性化を受けて、政治家達も徐々に忙しさを増しているらしい。まだまだくたばるわけにいはかないと、かくしゃくとした姿を見せつけてくれた。
老いらくの花道だと、浮かべた枯れた笑み。それはもう格好がよかった。
余韻に浸っていたらサングゥインが、まさかの枯れ専?と指差してきたのではたいてやった。