バトルⅨ-Ⅱ●
「いやいや、そんな馬鹿な話があるはずないだろ? 何で俺が吸血鬼になるんだよ? じゃあ何だよ? 俺には牙でもあるっていうのか?」
すっと自分の口に手を伸ばすルナ。そして犬歯が生える付近に何か尖ったものを発見した。
あれ? これって…何?
ソルを見ると目をギュっと閉じて、見てられないといった表情になっている。
「いやいや…無いよな?」
しかしソルは声を発しない。
焦ったルナは慌てて起き上がると洗面へ急いだ。
躊躇なく扉を開いて中に入ると、部屋風呂にフィレオが入っているじゃないか。
洗面室に飛び込んだルナに驚く事も無く、フィレオは笑顔でルナの顔を見た。
【ルナ、おはようギョ。やっと目が覚めたギョ?】
良く見ればお風呂の中が真っ赤じゃないか。
「フィレオ!? な、何だその真っ赤なお湯は?」
【あ、ああ…起きたら胸にナイフが刺さってたんだギョ。だから今、血を流してたギョ】
ルナは絶句した。
【どうしたギョ?】
「えっと…お前…確か昨日の夜…刺されて血まみれだったよな? っていうか、フィレオって不死身なのか?」
【いや、違うギョ】なんて答えを期待していたら。
【僕は比較的刺される系には強いんだギョ。僕は少々の刺し傷じゃ死なないんだギョ】
魔界人おそるべし。いや、フィレオ恐るべし。
「でも、目が開いてた! 普通は目を閉じて寝るよな?」
【魚人は目を開いてねるギョ】
初耳でした。
【ええと? ルナはここに何をしに入ってきたギョ? もしかして、僕と一緒にお風呂に入るギョ? うーん…狭いけど…どうぞだギョ】
そう言って人が一人入れる分のスペースを空けるフィレオ。
「ば、馬鹿か! 違うわ!」
【じゃあ何だギョ?】
「ちょっと鏡を見に来たんだよ」
【鏡?】
ルナは鏡に向かってニッとしてみた。すると見事な牙が生えている。
あ、あれー? 俺って昨日まで人間だったよね?
思わず苦笑するルナ。
【あれ? ルナに牙? 何でルナに牙が生えてるんだギョ? あっ…心臓が刺されたのに動いていたのって…もしかして…】
そこへソルが入って来た。
【ルナ様はヴァンパイアになられたのです】
そう言いながらソルは俺に刺さっていた短剣を見せてくれた。
見事なまでの短剣だ。全長五十センチはある。
それが俺の胸を貫通したのかよ…と思った瞬間に胸に激痛が走った。
「うがぁぁあ…痛い…胸がすげー痛い!」
まるで剣をまた刺されたような痛みが胸に走る。
いや、剣を刺されていたのは事実だから、剣に刺された痛みが今頃でたのか?
そんな痛がるルナを見てソルは驚きの表情になる。
【もしかして…ハーフヴァンパイア?】
「な、何だよそれ…半分吸血鬼?」
【はっ! はっ! はっ! はっ! 我が答えよう。ルナよ】
まるで悪代官の高笑いのような男の声が部屋に響いた。
ど、どっかで聞いた声…ってこれって!
【テラお兄様!?】
ソルが何処ともなく取り出した鉄球を構える。凄まじいスピードで戦闘態勢に入った。
フィレオも知らない間に矛を構えている。流石は王子。ソルに負けてない。
だが…下は隠せ、下は!
【ソルよ、私はお前達と戦う為に来たのではない】
【では何故ここに?】
【それは…】
テラはマントを翻しながら、痛みに胸を押さえているルナを指差した。
お、俺に用事? だよな…
【昨晩、私の新たな下僕が誕生した! その祝いと迎えに来たのだ】
一斉にルナに視線が集まる。ルナは胸の痛みを堪えてグッと姿勢を正して立ちあがる。
「お、俺はテラの下僕になったつもりは一切ないからな!」
【ふふふふ…お前は我の血でヴァンパイアになったのだぞ?】
「はい? えっ? それってどういう意味だよ?」
ソルが口を開けてルナを見る。フィレオも口を開けてルナを見る。
【い、いつの間に契りを交わしたのですか!】
ソルはテラに向かってすごい形相で怒鳴った。
【ふんっ…それはルナをこの世界へと誘った時。ルナは我らの攻撃によって生死を彷徨っていたのだ。それで我はルナを生かす為に我が血を与えた…】
【ルナ様が気を失っている間に契りを交わしたと…そうおしゃるのですね…】
【よくもルナをっ!】
フィレオが矛をテラに向かって突き出す! すごいスピードだ。しかし、テラはフィレオの全力の攻撃を片手で止めた。
【ふんっ。湖の王子か? 我に刃向かうでない。お前では勝てないのはわかっているのだろう?】
そう言って矛ごとフィレオを弾き飛ばす。
強い…流石だ…あのフィレオが歯もたたないなんて…
しかし、下を隠せ下を。
「テラ! フィレオに手を出すな。あと、契りって何だよ? 血を与えたって何だよ? 俺に何をしたんだ」
【ふんっ。我は手を出してはおらぬぞ? その魚人が先に手を出したのではないか。あと、契りと言ったら想像できぬか? 簡単な事だ…】
ま、まさか俺はすでに綺麗な体じゃなかったりする!?
【お前に我の牙を刺し、我の生き血を入れた】
「へっ? 牙から血?」
【ルナは吸血鬼は血を吸うだけだと思っているだろう? 否。我らは下僕を得る為に血を与えるのだ】
ソルの表情がどんどん険しくなる。
【だから…あんなに簡単に私達を逃がしたのですね】
ふんっと鼻で笑うテラ。いかにも悪役という表情だ。
【我の血は人間の場合には死ななければ効果が発動せぬ。だからこそお前達を逃がした】
いや待て…今…今なんて言った? 死ななければ効果をって?
ルナは胸から手をゆっくりと離す。すると、先ほどまであった傷口が綺麗になくなっている。
「じゃあ俺は…やっぱり死んだのか?」
手が足が震えて止まらない。何で? 俺はやっぱり死んでたから?
【そう、ルナは死んだのだ。そして新たにヴァンパイアとして蘇ったのだ!】
テラはルナを睨む。するとルナの体が硬直した。
硬直して動けないルナの前に進むと、浴衣の帯をするりと解き投げ捨てる。
また束縛魔法かよ…っていうか…また裸にしやがった!
生まれたままの姿になったルナ。テラはその露わになった肌を左手で触る。
【美しい…これが我のものになるのか…】
「…っ!」
【ルナ様に触れないでっ!】
ソルが鉄球をおもいっきり振り回す。しかし、ここは狭い風呂だ。三畳くらいしかない風呂場が轟音と共に崩れだした。
ルナは頭上から落ちて来た木材を見て思わず目を閉じる。
すると、ふわっと体が浮いた。誰かに運ばれた?
「だ、誰だ?」
そっと瞼を開くと、目の前にはテラの顔。
「テラ!?」
その瞬間だった。ルナの唇がテラに奪われた。
「んっ…!?」
柔らかく、温かい感触がルナの唇から伝わる。
なっ!? 俺って男とばっかりキスしてないか!?
テラはゆっくりと唇を離すと、鼻と鼻があたる距離でテラは囁いた。
【ルナよ。我は欲しいものは絶対に手に入れるまで諦めないのだ…】
ルナは唇を右手で拭うとおもいっきりぐーぱんちをテラの顔面に向かって発射する。
しかし、いとも簡単にその攻撃も受け止められた。しかし、抵抗は止めない。
「離せよボケ! 誰がお前のものになんてなるか! 俺は人間界に帰るんだ! 男に戻るんだよ!」
じたばたするルナ。
【ルナよ…完全に我のものとなれ…】
「えっ? だ、誰がお前のっ……がっ!」
テラはルナの首をかぷりと噛んだ。
【ルナぁ!】
フィレオが叫ぶ。
【ルナ様を離してください!】
ソルが鉄球をテラの顔面に向かって投げつける。それと同時にフィレオが矛を片手にテラに向かって突進した。
二人同時攻撃。そしてテラはルナの首に噛みついたまま。
しかし、テラは鉄球を左手で弾き、フィレオを蹴りで撃退する。
「…あっ…うっ………」
ルナの目はだんだんと生気を失い輝きを失った。そして急に大人しくなった。
そんなルナをゆっくりと畳みの上に下ろす。
ソルとフィレオはルナの容姿の変化を見て眉間にしわを寄せた。
ルナの黒く輝いていた瞳は褐色に変化し、髪の色は灰色に変化していた。
【ルナよ、着替えてきなさい】
「はい…ご主人様」
テラが命令をすると、ルナははスタスタと自分の戦闘ドレスのかけてあるクロークまで進む。
そんなルナを生まれたままの姿で懸命に制止するフィレオ。
【ルナ! 正気に戻るギョ! 僕だギョ! フィレオだギョ!】
しかしルナはまったく動じない。
【テラ兄様…ここまで非道な方だとは……思ってました】
ちょっとカクッと転けるような格好をしたテラ。
シリアルシーンなのにボケをありがとうございます。
【ふふふ…ソルよ。我は我の好きにやる。欲しいものは下僕にしてでも手に入れる。今までもそうだ。これからもそうするつもりだ】
【流石です…それでこそ私のお兄様。魔族の王子。ですが…】
【どうした? 文句でもあるのか?】
【あります。今回は許しません。ルナ様を…私はルナ様と人間界へと一緒に行く。約束したのですから!】
ソルは鉄球をテラに向かって投げつけた。
【ふんっ】
テラの左手が光る! その瞬間、光線のようなものがソルの鉄球を貫いた。そして、鎖も切れて鉄球が轟音と共に畳みの上に落ちる。
【くっ…】
【ここで破壊系の魔法は使えぬからな。そして…お前があの能力を発動する前に我はルナを連れて去る】
【ぐあぁぁ!】
フィレオの叫び声が部屋に響いた。
【フィレオ様?】
ソルが声の方を見ると、ルナが漆黒の戦闘ドレスを身を纏い、大鎌をフィレオの肩に突き刺していた。
肩から真っ赤な血が畳みへと滴り落ちる。
【ル、ルナ…正気に…もどるギョ…】
「私はいつでも正気…」
【違うっ! もっと男っぽい、「俺」っていうのがルナだギョ! 「私」なんって言うお前はルナじゃないギョ! 戻ってきてくれ! ルナ! ルナぁ!】
フィレオがルナに抱き付こうとするが、ルナはそれをひょいと躱すと柄の部分でフィレオを畳みに叩きつけた。
「……貴方では私には勝てない」
フィレオは苦痛の表情で矛を杖代わりに立ちあがる。
【フィレオ様、無理です! 今のルナ様は覚醒しています!】
フィレオはにこりと微笑んだ。白い歯がキラリと光る。
【ソル様。大丈夫だギョ。ルナは僕を殺さなかった。畳に叩きつけただけだった。という事は…ルナの心はまだ残っているって事だギョ。そう、ルナは僕の事を深層で憶えているんだギョ】
【だからと言って、深層から記憶を引き出すのは至難の業です】
【うん…でも僕は、それでも僕はルナの為になんとかしたいんだギョ】
フィレオは矛を捨ててルナに飛びついた。
ルナが大鎌を構える。そしてフィレオに向かって…
【どうしたルナよ! なぜ手を止めるのだ? 湖の王子など殺してしまっても構わぬのだぞ!】
その台詞を聞いたソルの表情が変わる。怒濤のごとく怒りに震える。
【お兄様は…お兄様は…お兄ちゃんなんか!】
ぷちっとソルの何かが切れた。
それを見たテラの表情が一気に焦りの表情へと変化した。




