バトルⅨ-Ⅰ
魔界の森に住む動物たちが蜘蛛の子を散らすように逃ていったかと思うと、森の空気は引き裂かれ木々がバリバリと音を立ててなぎ倒されてゆく。瞬間、森の中の空間が歪んだ。
歪みはやがて巨大な渦を巻き始めたかと思うと、その中から二人の女性が放り出されるかのように地面に落ちてゆく。
そして放り出し終えたその渦はまるで何事の無かったかのように消滅した。
「痛いなぁ! もうっ! 最低! 最悪! 異空間移動は気持ち悪くなるから嫌いなんじゃ!」
文句を散々言いながら、腰を押さえてゆっくりと立ちあがったのは魔法少女夜音だ。
怪訝な表情で周囲を見渡すと、おでこに手を当てて溜息をついた。
「マジで魔界についちょるし…」
夜音の目の前に広がっていたのは真っ暗な闇に包まれる森。
そんな森を見ながらもう一度溜息をつく。
『やった! 僕達はついに魔界に到着したのです! 痛っ』
少年少女は魔界に到着出来たのが余程うれしかったのか、満面の笑みで立ちと、後頭部を夜音に思いっきり殴られた。
『な、殴ったなぁ! 父さんにもな… 痛っ!』
「テンプレなボケするな!」
また殴られた少年少女。せっかく立ちあがったのに、また地面に転がる。
「何がやった! なのさ。ウチは何も嬉しくない! 今日はアラジの特番があったのに…さぁ、今からでもウチだけ元の世界に戻しなさい!」
夜音は転げていた少年少女の首を、まるでネックハンキングの様にぎゅっと持って吊り上げると、ぶんぶんと前後に揺する。
『ぐ…ぐるじい…じぬ…』
顔色がどんどんと土色になる少年少女。そこでやっと首を絞めるのをやめた夜音。そしてまた地面に落下する少年少女。
「まったく…あんたとおるとろくな事がない。久々のメールで心配してやったウチが馬鹿じゃったわ」
夜音は頭を抱えるてしゃがみこんだ。
そんな夜音の肩に少年少女がぽんと手の乗せる。
『ですが、その優しい所が夜音さんの良い所なんです。だからこそ僕は貴女に魔法少女になって貰ったんです』
満面の笑みの少年少女。夜音は抱えていた頭をすっと上げてそんな少年少女の顔を見る。
「…そう思っててくれたん?」
【はい】
夜音はゆっくりと立ちあがった。そして…
「根本的に魔法少女になった事が間違いだったんじゃ! そんな言葉にウチが騙されると思っちょるん? ウチはあんたに魔法少女にされた時みたいに馬鹿じゃないけぇね!」
魔法少女にされた時は馬鹿だったと認める発言を含み、夜音は怒鳴りまくった。
そして、小ボタン連打のように胸をどんどんと突く夜音。少年少女は頬をひくひくとしながら後ずさりを始めた。
『い、いや…えっと…』
「何か言い返せる? 言い返えせんじゃろ?」
その時、少年少女のスマホがメール着信を知らせる音を鳴らす。
『ちょ、ちょっと待って下さい! メールです! メールですから!』
「メール? ここは魔界じゃろ? 何でメールが届くん?」
『いや、最近のMTTは頑張ってるから、魔界にも携帯の基地局を置いているんですよ』
「マジ!?……MTTぶちすごっ」
(いや、嘘ですけどね)
『ええと…メールの内容は…ルナさんの事かな?』
少年少女がスマホの画面にタッチするとメール画面がパッと開いた。そして受信した新規メールをタッチ。
画面いっぱいに広がった文字。それを見た少年少女の表情が固まった。
「どうしたん? なに深刻な顔になっちょるん?」
『ル…ルナさんが…』
全身の力が抜けたのか、少年少女はまるで膝カックンを受けたみたいにストーンと両膝をつくくと、そのまま正座の姿勢になった。
夜音は目が死んでしまった少年少女からスマホを奪い取った。
「何が起こったん?」
メールの内容を見て言葉を失う夜音。
――――
表題『強化人間ルナの魔法少女認定解除について』
天界所属の強化人間ルナを魔法少女認定から解除する。
理由『戦闘により死亡した為』
以上
――――
「な、なんじゃ? もしかして、こいつが探しに来た魔法少女が死んだって事なんじゃろうか?」
『ルナ…さん…何で僕を残して…』
ショックで立ち直れない少年少女。がっくりと項垂れたまま、まったく動かない。
真剣に落ち込む少年少女を見ていた夜音の表情が強ばる。
何よこいつ? そんなにショックだった訳? そんなに真剣にそのルナっていう子を気に入っちょったって事なの?
でも…もう死んだんじゃろ? 死んだんじゃったら仕方ないじゃん。
「立ちなさいよ。こんな所にしゃがみ込んじょっても何の解決にもならんじゃろ。もう魔界に用事が無くなったんなら人間界に戻るよ」
少年少女はその声に反応したのかゆっくりと立ちあがった。そして森の方向を見る。
『いや…生きてます…ルナさんはまだ生きてる…』
生気を失った眼でそう言う少年少女。そして少年少女はゆっくりと森に向かって歩き始めた。
「ちょ、ちょっと! 何処いくん? そっちは森じゃろ? 早く人間世界に戻るよ。あの魔法を使ってよ。ゲート出すやつ使っちょったじゃん」
『あれはもう使えません…』
「は、はぁ? な、何で? 何を言っちょるん?」
『あれはもう使えませんと言いました』
「じゃあ何? どうやって戻るん?」
少年少女は夜音が手に持っているスマホを取り返した。
そして、何かピコピコと操作を始める。すると、何と魔界の地図が画面に映しだされた。
「何で天使のあんたが魔界の地図なんてもっちょるん?」
『さっきアプリをダウンロードしました』
「アプリ?」
『ただ、このアプリは400円もするのでちょっと痛いですが…』
魔界の地図って400円なんだ…やっす。
少年少女はクイクイと画面をスクロールさせてかなり北にある建物を表示させた。その建物の場所を見た夜音が眉をぴくっと動かす。
『ここが魔界から人間界へ行くゲートがある場所です。ここから人間世界へは戻れます』
「へ…へぇ…じゃあそこに行けばええの?」
『はい…で、』
少年少女は今度はクイクイと別の場所へとスクロールさせる。
そこに表示されたのは旅館だった。
『ここから微弱ながらルナさんの念波が感じられます』
「念波? ナニソレ」
『ルナさんの脳内には微弱な電波を発信するチップが仕込まれていまして、生きている限りは念波を出し続けるのです』
「ちょっと待って。まさかウチの脳内にもチップがあるって言わんよね?」
『ありますよ?』
「!?」
夜音の口がぽかーんと開かれる。驚きすぎて何が何だかわからない。
『いや、別に害は無いですから大丈夫です。 痛っ!』
少年少女の後頭部を夜音が思いっきり殴った。
「あほか! 害がありまくりじゃろ! どうりで私の行動を良く知ってると思ったん…そういう事なんか…」
『いやいや、僕は夜音さんのプライベートには興味なんてありませんし、別に秋葉原の某お店でBL系の漫画を漁ってても干渉しません。 痛っ!』
少年少女の後頭部を夜音が回し蹴りで蹴り飛ばした。
『で、でも…去年はずっと夜音さんの電波を受信出来ない時があって…壊れたのだとばかり思ってたんです。去年は何をされてたのですか?』
「そんなのあんたに話す必要なんてないじゃろ!」
『ま、まぁそうですが…』
「あ~最悪じゃ! 何もかも最悪じゃん! 取れ! すぐにそのチップをとれっ!」
『い、いいですよ?』
「えっ? いいの?」
『はい。これは僕の趣味でつけてるものなので、別に取っても何の不都合も… ごふっ!』
突き抜けるような見事なアッパーカットが決まった!
少年少女の体が宙に舞う。
「あんた、ええ趣味しちょるね? ストーカー何とか法で訴えちゃろうか?」
見事な弧を描いて地面に突き刺さる少年少女。しかし、少年少女は立ちあがる!
『よ、夜音さん…今日は…やけにイライラ…してますね…もしかしてあの日ですか?』
再び空中を舞う少年少女。その後、なぜか俯いて両手で顔を覆う夜音の姿。
「ええじゃろ…ちょうど二日目で辛いんじゃけぇ…」
本当にあの日だった。
『ま、まさか…夜音さんが大人になっていたなんて…僕はまだまだ少女だと思っていたのに…』
「何よ! あんたと出会う時から私にはもう来て…って何を言わすんじゃ!」
再び(以下略)
「最悪…換えのショーツも持って来てないし、この数で足りるかな…」
肩からかけていたバッグの中身を確認する夜音。大きな溜息を漏らす。
『夜音さん』
「なによ?」
『こういう魔法少女ものには生理現象は禁断なのです。ほら、プリキュ○の登場人物とか、そういう描写が無いじゃないですか。だから…いますぐ止めてください』
再(以下略)
「あんた女を馬鹿にしちょるん? あんたも女じゃろうが! あんたはないんか! ないんか? 天使じゃけぇないんか!」
よろよろと立ちあがった少年少女。鼻血を垂らしながら夜音を睨んだ。
そして、何処からとも無く小さなポシェットを取り出すと夜音に向かって差し出す。
『これ、僕のです…使って下さい…』
「へっ?」
『……大丈夫です。人間のと同じですから…』
ちょっと照れくさそうな少年少女。今までに見た事の無い照れ顔だ。
「これって…」
『ぼ…僕だって…女ですから…』
「あ、うん…ありがとう」
ちょっと少年少女を近くに感じた夜音だった。
☆★☆★☆★☆★
『チュンチュン』と小鳥がさえずり、少し朝モヤのかかったソルの隠れ家的な旅館。
【ルナ様! ルナ様!】
早朝からソルの声が部屋に響き渡っている。
目の前には血まみれのルナ。しかし、顔色は良かったり。
【ルナ様! 起きてください】
誰だ…俺を起こすのは誰よ…ソルか?
俺はまだ眠いんだよ。寝かせておいて…って…
あれ? 確か俺は昨日…
ルナはゆっくりと瞼を開くと、視界に飛び込んだのは険しい表情のソルだった。
【ルナ様…よかった…】
ちょっと涙目のソルがやっと笑顔になる。
「ええと…俺…何で生きてるんだ?」
あまりにも鮮明に覚えている記憶。
あの出来事は夢だったのだろうか? とか、よくラノベとかで表現されるが、流石に現実だとそんな事は無い。夢と現実の区別はつく。
間違い無い。俺は心臓を刺されて血をいっぱい流して死んだ。
なのに…なのになんで目が覚めたんだよ?
【それは…】
理由をハッキリと言わずに表情が険しくなるソル。
ルナは視線を刺された右胸に向けた。
引き裂かれた浴衣が褐色に染まっていた。そう、血が固まって褐色になっているのだ。
という事は、昨日の事はやっぱり嘘じゃない。
「だから何で助かったんだよ?」
【くっ…】
言葉に詰まるソル。深刻な表情で顔がすこし赤い。
「そうだ! フィレオは? あいつはどうした? あいつも刺されたはずだぞ?」
【フィレオ様も…生きてます…】
「生きてる?」
【はい…普段通りお元気です】
普段通りに元気だと!? フィレオは確か胸にナイフを刺されて死んでいたはずだろ?
その時、ルナは思いだした。魔族の特性を。
そう、死んだら星石になるという事を。
そうだ、フィレオは星石になってなかった! 慌ててたから気が付いてなかったけど。
そっか…生きてたのか…よかった。でも…マジで何で俺が生きてるんだよ? ってさっきから何度も聞いてるのに、ソルは何で答えないんだ?
「もう一度聞くぞ? 何で俺は生きているんだ?」
【……】
「言ってくれよ。何で生きてるんだよ?」
ソルは溜息をついた後、唇をゆっくりと動き始めた。
【いつ…ルナ様はいつヴァンパイアになられたのですか…】
ソルは悔しそうに唇を噛んだ。
目をパチパチと瞬きして、言葉の意味が若干わかっていないルナ。
ヴァンパイア? それって吸血鬼の事か? 俺が吸血鬼になった?
いやいや、俺は人間ですけど? そういうのになった記憶はないけど?
【ルナ様は…ヴァンパイアの力によって蘇ったのです…】
「は…はぁ!?」
続く




