第五話 フェレット ミュウたん ♀ 一才半
申し訳有りません、ほったからしにし過ぎました。
「一体何ヶ月更新してないんじゃ、コラ!」とお叱りを受ける覚悟も出来ております。しかも、今回は動物の台詞がやたらとごちゃごちゃし、これまでに無く見にくく(醜く)なっています。
言い訳はしません。本当に申し訳御座いません<(_ _)>
俺は人気のない夜道を歩いていた。既に夜も更け、冷たい夜風に吹かれる。恐らく谷本の部屋での一件が原因であろう、右膝が少し痛い。
歩くうち、昼間の公園があった。そこの夜道同様人気が無く、ツツジの植え込みの向こう側は暗く淀んでいる。
園内の様子を軽く一瞥し、そこを過ぎ去ろうとした。すると、俺を呼び止める声がどこからか聞こえる。
「松本君……」
声は女性のものだった。はて、この声は誰の声だろう。全くと言っていいほど聞き覚えがない。
逡巡する俺をよそに、その声は尚も俺の鼓膜を揺すぶる。
「松本君だよね?」
二度目の呼びかけで振り返る。するとそこには、一人の女性が佇んでいた。しかし、公園の街灯の逆光からか、彼女の姿は漠然としか捉えられなかった。身長は、俺より少し低い位だろうか。それくらいしか解らない。
「ワタシの事、覚えてるよね? ホラ、よく保健室まで付き添ってたじゃん」
誰だ。そもそも保健室って何だ。記憶を遡るが、残念なことになかなか思い出せない。
必死に思い出す努力をしてるうち、彼女は語勢を強めて問いかけた。
「ワタシだよ。渡部朝希」
彼女、いや、渡部さんの一言は、俺の想起に止めを刺した。
「渡部さん!? ひゃあ、久しぶり!」
「思い出してくれた?」
渡部さんは満面の笑みだ。そして、それを見ている俺の顔も、自然とほころぶ。
彼女とこうして口を利くのは、もうかれこれ十年以上久しい。彼女は俺と同じ小学校で、五年生と六年生の時のクラスメイトでもあった。当時、クラス委員長でもあった彼女は、飼育小屋であの例の妙な能力で難儀する俺を、ことある事に保健室に連れて行ってくれたのだ。
しかし、渡部さんは変わった。もちろんの事だが、顔からあどけなさが無くなり、顔つきが大人びている。どこからどう見ても『爽やか系お姉さん』である。昔の地味な面影は、一切消えて無くなっている。
(女って……、こういう意味で怖いな……)
俺が心の中でしみじみ呟いていると、渡部さんがこう切り出した
「そうだっ! 少しウチに寄ってかない?」
少し躊躇する。しかし、この後数分に渡ってしつこく誘われると、強ち悪い気もしない。この後の用事もない俺は、『お茶くらいなら』と思い、彼女の家を訪れる事にした。
公園から徒歩三分。とあるデザイナーズマンションの一室が、今の彼女の住まいだ。
「どうぞ。汚い所だけど」
二階の一室に通される。やはり女性の部屋という物は、いつの時代も男を引きつける。しかし、あくまでお茶、と自分に言い聞かせ、部屋の奥へと向かった。
リビングに行くと、あまり見たくないものを見てしまった。リビングの奥、テレビの隣に動物用のゲージがあったのだ。
「まあ、座って待ってて」
と、彼女に言われた。一礼してから腰を下ろすと、直ぐさま振り向いてゲージに目をやる。そこには、小さなハンモックの上で、真っ白なフェレットが腹を見せて寝息を立てていた。しかも、鼻ちょうちん付きだ。
(ふう、助かった……)
ほっと胸を撫で下ろす。直後、彼女は紅茶とクッキーを出し、
「ねえ、これまでどうしてた?」
と訊いてきた。
「うん、結構色々あったよ」
そう言って紅茶を頂く。その時だった、例の奇異な能力は、不幸にもその陰を落とす。
(しまった……)
そう思ったとき、俺の視界はテーブルでいっぱいになっていた。
はぁ〜よく寝たぁ〜。今日もぉ〜なんか退屈ぅ〜。
ってぇか〜あの女ウザイっ! 今朝もぉ〜、ミュウたんおはよーっとかってぇ〜近づいて来たんだけどぉ〜、マジきも〜。それでなくてもキモイのにぃ〜、お前何食ってんだってくらい口、臭うしぃ〜。足もぉ〜、超ぉ臭うんだけどぉ〜。なんかぁ〜近づくなってやつぅ?
なんかぁ〜、また男連れてきたって奴ぅ? きゃっきゃっ! お前それで何人目だよっ。いくら連れてきてもぉ〜、無駄だっつのっ! っうかぁ〜、またその男にぃ〜、ネズミなんたらの勧誘する気だろぉ〜。魂胆、見え見えってやつぅ〜。マジ何人目? っうかぁ〜、フツーに考えてぇ〜、『ツキ指十本』ってありえねーしぃ〜。マジ話甘過ぎぃ〜。まあ、アンタも前の男にそそのかされて入っちゃったんだからぁ〜、マジ必死になるの当然ってヤツぅ〜。
ってか、水替えろ! バカぁ〜! メシもマジぃ〜しぃ〜。自分だけ男にゴチになってんじゃねぇ! ウザキモっ! マジウザっ!
それにさぁ〜、アンタの本職何? キャバ嬢だったっけ? 仕事でも男ダマして、副業でもダマす訳ぇ〜、かなりありえないんだけどぉ〜。腹黒すぎぃ〜。ウチってぇ〜、キャバクラの常連さんにおねだりして貰ったんだろ? 散々『カワイイ〜』連発した割には、三日で飽きてるし。マジあり得ない!
つか、アンタ実は腹出てんだろ? いっつもお菓子ばっか喰ってんしさぁ〜、体重何キロだよ? きゃっきゃ! 実は七〇キロ一歩手前? 昨日オフロでさんざん愚痴ってたの聞いてたしぃ〜。マジ、いい気味ってやつぅ〜。
あ〜、つか、マジ脱走したいし。普通に限界ギリギリだしぃ〜、もう耐えらんないっ! あの女キモ過ぎ! デブのキャバ嬢ってあり得ないしぃ〜。
あぁ〜、もう嫌っ! つか、あいつら邪魔! マジ ホワイトキックぅ〜。
眠っ。寝よ。
ゆっくりと意識が戻る。少し滲んだ視界の先には、渡部さんの怪訝な顔があった。
「まだ治ってないの? それ」
「うん。でも、大分慣れてる」
「あ、そう」
渡部さんはいささか納得した様子だった。
二人の空気が気まずくなる。でも、俺はあまり気にしていなかった。
しばらくして、彼女が思いだしたように口を開けた。
「ねえ、松本君。人助けしない?」
「人助け?」
「そう、人助け。ちょっとね、組合員になって欲しいんだ。でもね、お金がが掛かるのは入会の時だけで、それからは何もしなくて平気」
「ふーん」
その時、俺はもしやと思った。先程のフェレットの言葉が事実だとしたら……。
「まず、最初に一万円払うの。そしたら、今度は松本君が、また新しく組合員を見つけて入会させるの。その時、新しい組合員が一万円払って、その中の五割が松本君の収入。それで、今度は松本君が入会させた人が、また新しく組合員を作ると、今度はその人から三千円貰えるの。いい話でしょ?」
やっぱり。これは紛れもない、『マルチ商法』というヤツだ。別名『ネズミ講』。ネズミが殖えていくように組合員を増やし、その頂点の人間に金が入る、というシステムなのだが、必ず崩壊するし、何より犯罪みたいな物だ。
「でね、松本君が新しい組合員を増やせば増やすほど、松本君は儲かるの。上手く行けば、『ツキ指十本』だよ」
彼女は右手の人差し指を立て、左手の親指と人差し指でまるを作って見せた。
引っかかるものか。あれほど熱心に家に誘ったのは、これにはめるためだったのだ。気の毒だが、これは人助けではなく、単なる悪質商法の助長に過ぎない。んな物に引っかかる程、俺は愚鈍ではない。
「いや、やめとく。俺、今本当に金が無くてさ。そういうゆとりが無いんだ」
あえて『ごめん』だの『悪い』などとは言わなかった。別に謝ることでは無かったからだ。むしろ、これで謝辞を述べる事は、犯罪者予備軍の人間に屈服した事を意味する。
「じゃあ、俺帰る。あと、生き物は責任持って飼いな」
俺はそう言って席を立った。彼女はきょとんとした眼でこちらを見ているが、知ったことではない。
靴を履き玄関を開け外に出る。夜風はまだ冷たい。当たり前か。
「ふう。女って、本っ当に怖いなぁ〜」
そう吐き捨て、俺は帰路に就いた。
ネタ提供:愁真あさぎ様
貴重なネタのご提供。誠にありがとう御座いました。少しいじくり回し過ぎました。愁真さんのネタのイメージを、甚だしく壊してしまいましたらすみません<(_ _)>