VS.山猫 リンクスの村
朝はあまりモンスターがいないらしい。夜行性のものがほとんどのようで、太陽がてっぺんに昇る少し前にリンクスの村にたどり着いた三人だが、一度もモンスターに出会うことはなかった。
西部劇の舞台にありそうな村の風景。今にもガンマンや保安官でも出てきそうな雰囲気だ。……しかし。
「……人気がないね」
リヴィの言うとおり、人っ子一人見あたらない。
立ち並ぶ家々もきっちりとドアが閉められ、誰かが出てきそうな雰囲気もない。
とりあえず何かがあったのだろう、と察した三人は情報集めをすることにした。
「喉が乾いた」
そうリヴィが呟くも、店が開いていないのではしょうもない。村をうろつくうちに、ようやく一軒の酒場にたどり着いた。
「……ん? お客さんら見ない顔だね。どっから来たんだ?」
暇そうにタバコをふかしていた酒場のマスターは、見るからにやつれている。頬はこけ、無精髭が生えたその姿はとても商売人の姿ではない。
「リオンから来ました。あの、何かあったんですか?」
こういう時、前に出て話すのはトーガである。さすが王子だけあって話し合いの場などに慣れているのか、大人相手でも堂々としたたち振る舞いをする。
「あー、観光客? 今はなにも見るものはないよ、猫が出るのさ。でっかい泥棒猫がな」
すぱー、と煙を吐き出すマスター。
「猫?」
リヴィが怪訝そうに顔をしかめる。
「あぁ、そいつが村を荒らすもんで、村人たちは自分の財産を盗まれないように必死さ。おかげで商売あがったり、だ……君らも気をつけなよ」
マスターから見れば、三人の少年少女が旅をしているようにしか見えない。当然だ、夕霧は十九歳、トーガとリヴィはその二つ年下なのだから。
しかし、見下されたかのように感じたリヴィは少しむっとして言った。
「……僕たちが猫、倒すよ。それなりの報酬はもらうけどね」
あわわ、とトーガ。初対面の人に不躾なことを言うのはいつまで経っても変わらないらしい。
「ほう。できるものならやればいい。あの猫は強いからな、怪我でもする前に戻ってくるんだぞ」
尚子供扱いのマスターに、更に膨れるリヴィ。そんなところがガキ扱いされる理由だって……と夕霧は苦笑いだ。
「……見てなよ」
リヴィはすたすたと店を出ていき、それを追いかける二人。夕霧が注意しようと口を開きかけると、リヴィは呪文を唱えた。
「コンクーシーティオ(探せ)」
すると、みるみるうちに地面から氷でできた、二十センチ程の人形が十六体わき出て、指示を仰ぐかのようにリヴィのまわりに集まる。
「良い? 君たちの仕事は、この村で盗みを働いている猫を探すことだ。行って」
あっという間に散り散りになった十六体を見送り、リヴィはくるりと振り返った。
「見つけ次第、行くよ」
だいぶ頭に血が上っているらしい。
「本当に大丈夫なのかよ……」
不安を感じる夕霧。村ひとつ閉鎖状態に追い込むような猫だ、相当強いだろう。なのに、実質リヴィと夕霧二人で戦わなければならないのだ。不安に感じないはずがない。
「スコルの堅い殻を殴り壊しておいてよく言うよ。あいつの殻を壊せるのなら猫の骨なんて軽いものさ、それに僕が凍らせるから動かないし」
大した自信である。トーガは恐怖ですっかり怯えているというのに、リヴィが勇者になった方が良かったのではないか。
夕霧は自分の武器であるバットを改めて見つめてみる。
これで猫をたこ殴りだなんて、はたから見ればただの虐待だ。割と動物好きな夕霧にしてみれば避けたい。
「猫か……」
この世界の猫が、元の世界の猫と遠く離れた姿をしていることを望むばかりである。
しばらく酒場の前にある広場で休憩していると、リヴィが何かに反応した。
「見つけた……やられたよ、二体壊された」
ぶつぶつ、とリヴィは人形に指示を出したり呪文や独り言を呟いている。
「トーガ、……がんばれ」
無理するなよ、と声をかけようとした夕霧だったが、それでは城の人間と同じになってしまう。それはきっとトーガにとって重荷になってしまうだろう、と考えての選択だった。
「う、うん……」
やはりトーガの顔は浮かない。
「行くよ」
リヴィが歩きだしても、トーガの足取りは重かった。
泥棒猫の拠点は、村から少し離れた林。
乾燥した大地から、空に向かってまっすぐ伸びるカサカサの木が、生命力のすごさを象徴している。
「ニャァアアア! ! !」
そして、耳をつんざく猫のほうこう。あまりの猫の大きさに夕霧は絶句した。
「あれ、本当に猫かよ……」
悠々と木を薙ぎ倒し氷の人形を追い続ける猫。その姿は確かに元の世界で見た何かを追いかける猫とそっくりなのだが、規模が違う。
象程もある体に、木をものともしない肉球、鋭い目つき、そしてその目に縦に入った傷跡。どこをどう見ても可愛いとは形容しがたい。
「山猫の一種だね、どうしてこんなところまで降りてきたんだろう。本来ならヴィペール付近に生息するはずだよ」
どこだよ、という言葉は出てこなかった。夕霧と猫の目があってしまった!
氷の人形からは興味が失せたのか、猫は数歩、ゆっくりとこちらに向かってくる。
「やばいぞ……」
夕霧はバットを構える。その瞬間猫はスピードを上げ飛び上がった。
「グラk」
「わぁああああ! !」
着陸した猫に、トーガとリヴィは吹っ飛ばされてしまった……リヴィは、呪文を唱える途中に。
凍っていない巨大猫と対峙するなんて予想外だった夕霧の頬に、冷や汗が伝う。さすがに、怖いようだ。
しかしそんなことも言っていられない、猫が前足を振りあげると、夕霧はそれをバットでガード、同時にその前足を蹴り飛ばす。
「シャァアアア! !」
怒りの声をあげる猫。威嚇のポーズなのか、猫は後ろ足で立つとできるだけ体を大きく見せようと全身の毛を逆立て吼えた。
しかし夕霧はそれをチャンス、と猫の懐に入り一番柔らかそうなところに全力でバットを打ち付け、猫の口から血が吐き出される。怯んだ猫は後ろに跳び夕霧と距離を置いた。また、にらみ合う夕霧と猫。
「……すごい」
戻ってきたトーガは呟く。夕霧の戦いっぷりがあまりにも洗練されていて、見惚れているのだ。
「トーガも見習いなよ」
たった二回の攻撃であの大きな猫にあんなダメージを与えるなんて、とリヴィも驚いている。
猫はまた夕霧に攻撃を仕掛ける。しかし、今度は慎重に、隙を見せないように。
だが夕霧の目には猫のどこをどのタイミングで攻撃すればよいのか、すべて映っていた。
腹を見せてはまた先ほどの攻撃をやられるだろうと判断した猫は、夕霧の少し手前に着地すると、前足を軸に後ろ足で蹴り飛ばそうとする。
しかし野球の構えでその後ろ足を迎え撃つ夕霧。ゴキ、という音がして猫が苦しみ始めた。骨が、砕けたのだ。
「ニャァアアアアアアアアアア」
ドスン、と地面に倒れる猫。象程もある猫だ、地面が揺れる。
「グラキエース・マキシム(骨の髄まで凍れ)!」
夕霧の頬に、冷気が走った。みるみるうちに凍っていく猫。
苦しんでいた猫は、完全に動かなくなった。
「っあー!疲れた! つーか怖かった!」
ドサ、と音を立てて夕霧は地面に座り込む。彼女の手から離れたバットが転がり、木とぶつかってこつん、と音を立てた。
「ごめん、君の戦いっぷりがあまりにも見事で見とれてたよ。怪我はない?」
夕霧に駆け寄るリヴィ。トーガは凍っていても猫が怖いようでおそるおそる近づいている。
「見事って……ま、私も必死だったからね、良かったよ倒せて」
地面に何もないことを確認して横になる夕霧。だいぶ疲れたのだろう。リヴィは猫の状態を確認し始めた。
トーガが猫から目を離さずに隣に座る。
「夕霧、すごいね。あんなのを一人で倒しちゃうなんて」
「んー、偶然偶然」
こうやって自分より大きいのと戦うなんて初めてだし、と夕霧は言う。えぇ、とトーガの目が見開かれた。
「初めてであんなに強いって……夕霧が勇者なら良かったのに」
ため息をつくトーガ。
「私は別の世界の住人だからね、そういう重要な役職につくのは御法度なんじゃないか?せいぜい手助けするくらいで」
この世界では、こういう風にする暴力なら認められている。もし元の世界なら、きっと動物愛護団体だとかが出てきて罪の意識に苛まれるだろう。夕霧は元の世界の生きにくさに苦笑した。
「そっかぁ……あ、夕霧の武器」
トーガは転がっていったバットが少し離れたところに転がっているのを見つけ、無くしてはいけないと取りに行く。
バットの手前、ほんの数センチ。
トーガが消えた。
「うわぁあああああ!」
ズザザザ、と音がして、夕霧がそちらを向くと、なんと大きな穴が開いていた。落とし穴だろうか。
「い、痛いよう……」
涙声なトーガの声。大きな音がしたからか、猫から色々なものを剥ぎ取っていたリヴィも様子を見に戻ってきた。
「どうしたの? ……トーガは?」
夕霧は穴を指さす。リヴィが覗くと、三メートルは下にトーガがいた。
「何してるの……」
穴に向かって言うリヴィ。
「リヴィ! すごいよここ、宝石がいっぱいある! えーと、フロートフロウト(浮かべ)」
トーガは自力で魔法を使い穴から這い出ると、底の方からいくつかの宝石を持ってきた。持ちきれず、何個か地面に落ちる。
「これ、村人が持って行かれたっていうやつ?じゃあ返さないと」
夕霧が落ちた宝石の一つを拾い上げ、光に透かしてみると、とても綺麗だった。
「じゃあ、全部引っ張り出そうか。フロートフロウト(浮かべ)」
どうやら穴は猫の宝物を入れておくものだったらしく、宝石、大きな骨、布切れなどさまざまなものが入っていた。
「ふぅん、いい石があるね……何個か失敬しよう」
リヴィがいくつかの宝石を懐に入れる。
「どうせなら全部持っていけば?」
持っていた宝石を寝ころんだままリヴィへ渡そうとする夕霧。
「そうしたら報酬がもらえないよ。それに宝石を返した方が後々感謝した村人たちが僕たちの噂を広めて依頼者が出てくるかもしれない」
なるほどー、と納得する夕霧。トーガはあまりに打算的すぎて苦笑いだ。
「さて、だいぶ猫の高く売れそうなものだとか宝石だとかも大体集まったし、リンクスに戻ろうか。……マスターに一泡吹かせてやらないとね」
リンクスに戻ると、まず酒場に向かった。
タバコをふかし、戻ってきた夕霧たちに言ったマスターの言葉は、
「どうだ、強かっただろう」
だった。勝てずに戻ってきたのだと思ったのだろう。
しかしリヴィは何も言わずに、マスターの目の前にあるカウンターに凍らせた猫の心臓を置いた。
「あんなのに苦戦してたなんて、大人も大したことないね」
その時のリヴィの誇らしげな顔、マスターの驚いた顔は見物だった。
あっと言う間に猫撃退の噂が町中に流れ、盗まれた宝を取りに来た者で酒場は溢れ返る。
「お、俺の宝だ!全部戻ってきたー!」
と喜ぶ者もあれば、
「大体は戻ってきたけど、一番価値のある魔石が戻ってこなかった・・・」
と凹む者もあり。魔石とは、魔法力を上昇させる効果があるアイテムで、この村にあったと思われる魔石はほぼリヴィの懐にある。
「俺元々宝持ってねぇやー!はっはっはー!」
なんて者もいた。猫の脅威に曝されることはもうないと思うと、村人たちのテンションもだだ上がりなのだろう。
猫の目玉や肉は、被害がたくさん出て猫に恨みを持ったのだろう富豪たちに破格でどんどん売られていったようで、リヴィの機嫌は上々。
猫を懲らしめた夕霧のバットも買い取りたいという者も数人いたが、それは丁重にお断りしたようだ。
しかしバットを拝む人多々現れ、よくわからない宗教のような図になっている。
トーガはというと、夕霧の戦いっぷりを語り、最後のオチで「オレは見てただけなんですけどね」という言葉でその場の笑いを誘っていた。
その日は夜明けまで宴が続き、疲れを見せ始めた三人は、この村一番の大富豪の家に泊めてもらい疲れを癒すのであった……。