最初の街 リオン1
キノコタケノコ戦争が、終結した。
「ここ、どこだよ……なんだよこれ……」
夕霧は呟く。顔面蒼白で。
今、彼女は木の上にいる。細くて頼りない、小さな木。
そしてその下には……三匹のモンスター。
元の世界で一番近いと思われる生物はサソリだが、大きさがその比ではない。
三匹積み上げれば、夕霧の背と同じくらいにはなるだろう。
「ここがキミの職場さ。ごめん、僕は世界に直接干渉できないから小鳥に体を借りたから飛べるけど、君は飛べない種族だったね」」
ぱたぱた、と羽ばたきながら夕霧の周りを飛び回る小鳥 (in神)。
「……やるしかないのか」
「おわびに、君の世界から武器っぽいものを持ってきたよ。といっても、君の部屋にあったものだから殺傷能力は高くないだろうけど……手を出して」
夕霧が手を出すと、なんと木製の野球バットが姿を現した。彼女の弟のものである。
「またあいつ勝手に私の部屋に入ったのか……まぁいいや、無いよりまし、か……」
ガリガリと木を削る音がする。この木が折れてしまうのも時間の問題だろう。
「がんばって、君ならできるよ!」
「他人事だと思いやがって……いつか焼き鳥にして食ってやる」
「別に僕の体じゃないから痛くもかゆくもないよー。ほらほら、早く行かないと木が悲鳴をあげてるよ? それに僕も時間が近い」
小鳥は夕霧のジャージの裾を嘴ではさみ、思いっきり引っ張った。
「ちょ……おぃいいいい!」
夕霧も流石の運動能力。一瞬だけバランスを崩したが、とっさの判断でサソリの一匹に着地し、残り二匹。
戦闘の場へ、飛び込んでしまった。
奇声をあげながらハサミらしきものを振り回すサソリたち。
「ああああ! やってやろぉじゃねぇかああああ!」
夕霧も負けじとバットを振り回す。
確実にサソリに当ててゆき、端から見ている神は感心したようにうんうんと頷く。
「やっぱり喧嘩の才能があるんだねぇ……おっと、そろそろ僕は行かないと」
小鳥はちゅんちゅんと一鳴きすると、空高く飛び上がりどこかへ行ってしまった。
まだサソリと戦っている夕霧は気付かない。
ハサミで殴られても怯まず戦う様子は、まるで生まれながらの戦士……武器は野球バットだが。
「ーっ」
一瞬、夕霧の視界から片方のサソリが消える。彼女の背後に周りハサミを振りあげるサソリ。流石にこれを食らってしまえば夕霧もここまでだろうーーその時。
「グラキエース(凍れ)」
サソリが、凍り付く。
夕霧の頬を冷気がくすぐり、思い切りサソリを殴っていたことで熱くなった体に心地よさを感じさせた。
「大丈夫?」
たたた、と駆け寄ってきた少年。耳元にかかる茶色の髪の毛がゆらゆらと揺れている。そして、肩には目を引く大剣と盾。いずれもこの世に二つとないであろう荘厳さと華麗さを携えていた。
「大丈夫……ありがとう」
ぐしゃり、と目の前のサソリにとどめを刺すと夕霧は少年の方を向き、お礼を言う。
「オレは何もしてないよ。お礼ならリヴィに言って」
少年は少し後ろのほうにいる黒いローブを纏った少年を指さした。
「ありがとう」
黒ローブの少年は、夕霧の言葉に顔を背けるときびすを返しすたすたと歩き始める。
「ちょ、待ってリヴィ!……ごめんね、リヴィは人見知りが激しいんだ。オレはトーガ、君は? なんて呼べばいい?」
リヴィと呼ばれた少年の態度にわなわなと怒りに震えていた夕霧は、トーガの言葉で我に返った。
「夕霧。謙虚だからさん付けでいい」
自信まんまんで言い放つ夕霧。彼女の世界でのネットスラングなんて通じるわけもなく、トーガは首を傾げる……が。
「ぶっ……どこが謙虚なんだか」
少し前を歩いていたリヴィが反応し、その上笑いだした。
「君、気に入ったよ。夕霧だっけ、覚えてあげる。僕はリヴァイア、リヴィって呼んでもいいよ」
首を傾げたトーガを見て、しまった、という表情をした夕霧だったが、何故かリヴィに受けたことで結果オーライだ、と胸をなで下ろす。
「トーガに、リヴィね。了解」
「で、夕霧さんはあそこで何をしてたの?修行……にしてはスコルなんて効率悪すぎるし」
殻が堅く、動きも素早いスコルは割と上位のモンスターのようで、初心者には向かないらしい。
「あれ冗談だから夕霧でいいよ。えっと、私は世界を救う手伝いをしてくれって頼まれて連れてこられたんだけど、気がついたら木の上にいたから、折れて落ちる前に降りないといけなかったのに下にあいつらがいた。だから戦ってたところに二人が通りかかって助けてくれたんだ。ありがとう」
改めてお礼を言う夕霧だが、話を聞いた二人は顔を見合わせた。
「世界を救うって……でも、そんな要素あるのって……」
「十中八九トーガだろうね。だからこんな僕たちしか来ないような場所に現れたのかも」
夕霧を蚊帳の外にして、完全に二人で話始めるトーガとリヴィ。話の断片から、自分が助けるべきな人物はトーガだと悟った夕霧はトーガの背中の大剣に目をやる。
「でかい剣だねぇ」
表面の繊細かつ大胆な装飾にふれてみようと手を伸ばすと、ピリ、と大剣が電気を帯びた。
「あっ! 触っちゃだめ!」
トーガが叫ぶが、時既に遅し。
「わぁあああああ! ! ! !」
電撃がビリビリと空気を伝い夕霧を襲う。必死に逃げる夕霧。
「グラキエース(凍れ)」
氷は電気を通さない。まったく通さないと言えば嘘になるが、それでも電気が氷に弱いのは確かなようで、リヴィが生み出した氷の壁は剣の電撃から夕霧を守った。
「な……なんて危ない剣だよ!」
「まったく、怪我はない? トーガの剣はかつての勇者が持っていた剣だからそれなりのいわくも付いてるんだよ。これに懲りたらもう触らないことだね」
ため息をつくリヴィ。
「ごめんね、オレ以外が触るとこうなっちゃって……もっと早く言えばよかった」
尻餅をついた夕霧に、トーガは手を差し出した。
「あんがと。大丈夫、私結構丈夫だから……」
とは言いつつも、大剣を警戒する夕霧。
「さて、君が本当にトーガの手伝いをしてくれるなら、目下の問題を話さなきゃね。トーガ、今日の修行は中止だよ、帰ろう」
「え、いいの? わかった、夕霧、ちょっと着いてきてくれるかな」
「はいはーい」
夕霧はジャージに付いた砂埃を払いつつ、トーガとリヴィの後に続いた。
がやがやと騒がしい城下街。
様々な声が夕霧の耳に飛び込んでくる。
子供たちの騒ぐ声、女たちの井戸端会議……どこの世界でも人々の根本的なところは変わらないのだな、と夕霧は思った。見た目は奇抜な者が多いが、夕霧が驚くような行動をしている者はいない。
しかし服装は皆バラバラで、リヴィのようなローブを着ている者もいれば、踊り子のようなセクシーな格好、和服のようなものを着ている者もいる。この世界でのファッションは、とても自由なもののようだ。
それでも夕霧のジャージ姿は珍しいようで、じろじろと見てくる不躾な視線も、少なくはない。
「で、どこに行くの?」
さらし者には慣れている。夕霧はトーガの服……は大剣が怖いので、リヴィのローブを引っ張った。
「トーガの家。あそこならゆっくりできるし、盗聴される恐れもないからね……と言っても、盗聴されて困る事なんて何一つないけど」
勇者なんだから少しくらい隠密事項とかがあってもいいものだけれど、とリヴィはため息をつく。
「この坂を上りきったらすぐだよ」
トーガが振り向き、優しく笑った。しかし、夕霧の顔はひきつる。
「おかしいだろこの坂! 急すぎて上ったりしたら私の心臓がマッハなんだが? !」
元の世界では存在するかもわからないほど急な坂。坂と言うよりは絶壁だ。目視でぎりぎり鋭角、高さはとにかく高い。正直、坂と言うには歩きにくすぎる。というか、登山より辛いのではないだろうか。
「何言ってるのさ、疲れるわけないじゃないか」
リヴィは夕霧にバカにしたような目を向けた。
「夕霧は違う国から来たみたいだし、仕方ないよリヴィ。坂自体がないのかもしれないし」
こんなの坂じゃなくて絶壁だろ……と苦笑いする夕霧。そしてトーガは上を見ると、
「ドシルー ! 帰ったよー !」
と叫んだ。
すると、絶壁の上から降りてくる黒い影。
「あぁ、乗り物があるのか」
エレベーターみたいなもんかな、と夕霧は呟いた。
「それがなんなのかは知らないけど、生身でここを上ろうとしてたなら君は馬鹿だね」
からかうような口調のリヴィ。
そんなことをしている間に影の招待が見えてきた。
――絨毯だ。ちょこんと一メートル程の大きさをした獣が立っている。
「おかえりなさいませ、トーガ様。いらっしゃいませ、リヴァイア様……失礼ですが、こちらは……」
金色のモノクルをかけ、黒い礼服を着た小さな獣が恭しく頭を下げ、夕霧に目を移す。夕霧は驚きで口をぱくぱくさせていて、小さな獣を指さして、叫んだ。
「うわぁあ! ! 動物がしゃべった! !ていうか、何? 猫? 犬? でも二足歩行してるし礼服着てるし!」
街を歩いている時は、元の世界よりも発達した動物がいるんだな、とは思っていたが、喋っているのを聞くのは初めて。異世界に来たことは知っているが、それでも衝撃は大きいようだ。
「夕霧、落ち着いて。そっか、夕霧の国ではエルフもいないんだね・・・こいつはドシル・エルフ。オレの家に仕えてくれてるエルフ達のリーダーだよ。大丈夫?」
あまりの衝撃に、体を絶壁に預け顔を覆う夕霧。最初から言ってくれよ・・・なんて呟いている。
トーガは苦笑いして、今度はドシルに夕霧の説明を始めた。
「ドシル、この子は夕霧。怪しい人ではないよ……あと、少し話したいから誰もいない部屋に通してくれないかな」
疑い深そうに夕霧を見るドシルだが、トーガ様がおっしゃるのなら……と絨毯を夕霧の傍に寄せた。リヴィはいつのまにかちゃっかり座り込んでいる。
「……あと、なんか私が驚きそうなことは?」
よっこいしょ、と絨毯に乗り込んだ夕霧は疲れた表情で二人に問いかける。
「うーん……あ、オレこの国の王子なんだよね」
なんとなくわかってたけどさ……と夕霧はため息をついた。
「じゃあ何、トーガの家に行くってこれから城にでも行くの?」
ふわふわと上昇する絨毯の上で話す三人。夕霧はちらちらと下を見ているが、二人は慣れたもので家のベッドの中にいるかのようにくつろいでいる。
「うん。ごめんね、驚かせちゃって」
夕霧は自分の格好を見下ろす。そういえば、普段家で着ているジャージのままだ。城に行くのならばきっとドレスコードなんてあるのではないか、と考えた夕霧は途方に暮れた。
着替えなんて持ってきていないし、お金もない。つまみ出されてしまったら恥ずかしいなんてものではなく、どうすれば良いのかわからなくなってしまうだろう。
「……ちゃんとした服着てくれば良かった」
ぽつり、と呟く夕霧。引きこもりニートと言っても、女の子らしい面もまだ持ち合わせているらしい。
「え? それ、夕霧の国では一般的とか、そういう服じゃないの?」
トーガがきょとん、とした表情を見せる。
「え? あ、あぁ、うん、そう、そうだよ! 私の国ではこの服装が儀礼的っていうかなんというか……戦闘服? みたいな……」
あは、あはは……と笑う夕霧。リヴィが小さく嘘付け、と呟くが、聞こえていなかったトーガは夕霧の言葉を信じたようだ。
「あ、そっか、お城に戦闘服で入るなんて……みたいな感じかな? それなら大丈夫だよ、騎士とかも普通にその辺歩いてるし……あ、夕霧、お城が見えたよ!」
日本のみなさんすいません、なんて俯きながら心の中で懺悔していた夕霧が顔を上げると、本当に立派な城が目の前にそびえ立っていた。
ドシルと同じような小さい獣が操る絨毯が周りを飛び回るが、それらはまるで豆粒のように見える。
それ程に、お城は大きい。
あの絶壁はこの城を守るためだったのだろうか、なんて思いつつ城を眺める夕霧は、あることに気が付いた。
「……どこから入るの?」
見たところ、玄関がない。あるのは各部屋についているらしい窓のみ……こちらは裏側なのだろうか、とも考えたが普通城は城下街に正面を向いているものではないのだろうか、と考えを巡らす夕霧。
城下街を歩いている時には、普通にドアのある家がほとんどだった。この城だけが特別なのだろう、この質問には二人とも聞かれて当然、とでも言うような反応を示した。
「この城はね、廊下も階段もないんだ。オレのお父さんが広い部屋が好きだからって、二つとも削っちゃった。それに城自体が大きい上階段で上ると疲れちゃうから、窓から入るようにしてるんだ」
防犯にもなるしね、と笑うトーガ。
「なんてものぐさなんだ……」
そう夕霧が呟いたところで、絨毯は窓の側に寄せられた。
「こちらの部屋が一番静かに話し合いができます。こちらでよろしいですか?」
トーガの指示を仰いだドシルは、許可が出るとパチンと指を鳴らし窓を開けた。これも魔法なのだろうか。
「じゃあ、話を始めようか」
部屋には三人分の椅子と、丸いテーブルが用意されていた。その上には、おいしそうなケーキと紅茶ポット。
リヴィが指を鳴らすとポットは一人でに三人分の紅茶を用意した。
「魔法すごいな」
感心した夕霧が思わずそう褒めると、リヴィは満足そうに一番奥の椅子に腰掛けると、紅茶を一口飲み、
「熱い、フリーギドゥム」
と、カップとコンコン叩いた。湯気が消える。
「で、君はどこから来たの?」
バットの置き場に困っていた夕霧は、その質問に更に困った顔をした。日本、なんて言って通じるのだろうか、異世界から来た、なんて言ったら放り出されるのではないか。
しかし、すぐに決心したようで小さくよし、と呟くとバットをテーブルに立てかけ椅子に座った。
「日本から来た。聞いたことある?多分、私違う世界から来たんだよね」
トーガとリヴィの表情が固まる。
「多分っていうか確定的な事実なんだよね、これ。頭がおかしい人の戯れ言だと思って聞いてもらってもいいけど、残念なことに私がここにいる以上、これは本当のこと。私だってついさっきまで信じられなかったし」
一度開き直ると、夕霧は強い。すらすらと言葉を並べ立てる様子を見て、リヴィが口を開く。
「日本、っていうのは知ってるよ。ヌエとかヤマタノオロチとかの発祥の地だね。でも、日本は昔沈んだよ……僕たちの世界では」
君の世界では違うんだろ?とでも言うような口調。少なくとも、リヴィは夕霧を疑ってはいないようだ。
「ぱ、パラレルワールドっていうやつ? すごいね、夕霧どうやって来たの?」
トーガも興味津々、といった様子である。こいつらは疑うことを知らんのか……と夕霧は自分のことながらに苦笑した。
「自称神に飛ばされた」
そう答えると、リヴィの眉間に皺が寄る。
「証拠はあるの?」
声に不信感が表れた。この世界でも神というのは万能だが、万能故に人間と接することはないと信じられている。
「ない」
あっさりと言い放つ夕霧。リヴィとの間にほんの少し険悪な空気が流れ、トーガがあたふたとする。
夕霧とにらみ合っていたリヴィは、ふぅ、と息をついた。
「信じるよ」
このままでは夕霧がリヴィに追い出されてしまう……なんて心配していたトーガは、リヴィの言葉に驚く。
「な、なんで? あんなに睨んでたのに……」
さすがの夕霧もちょっとばかり怖かったらしく、疲れたように背もたれに寄りかかった。
「今、ちょっと夕霧の記憶を見せてもらってね。本当だった」
一瞬の沈黙。
「おいお前レディの記憶を覗くとか良い趣味してんな?」
ガタ、と立ち上がる夕霧。
「冗談だよ、ただ嘘をついているかどうか魔法をかけただけ」
「ちなみに私の話が嘘だった場合は?」
「氷漬け」
「怖ぇよ!」
ばんばん、とテーブルを叩く夕霧。この魔法を過去数回かけられたトーガも苦笑いだ。
「さて、君の素性がわかった? ところで、今度は僕たちの問題をはなす番だね」
リヴィはまた指を鳴らし、二杯目の紅茶を入れた。
「トーガ、僕話し疲れたからあとはお願い」
フォークを手に取りながら言うリヴィ。えぇ、とトーガは驚きの声をあげるも、いつものことか……なんて呟きつつ、話し始めた。
「えっと、問題って、三つ……でいいんだよね?三つあるんだ」
リヴィに確認を取りつつ話すトーガ。
この二人の上下関係がはっきりと見えてきている。
「まず、勇者であるオレがへたれすぎて敵を倒せないこと……これは夕霧も知ってるよね」
「そのために飛ばされたからね」
至極真面目に夕霧が頷くと、トーガは少し凹んだようだった。
「……次は、仲間がいない。夕霧が来てくれたとしても勇者オレ、魔法使いリヴィ、……夕霧は何になるんだろう」
説明中首を傾げるトーガ。リヴィは呆れたようにケーキを食べつつ眺めている。
「……何が必要なの?」
勇者と魔法使い以外の何かで一番近いものを名乗ろうかと考えた夕霧。
「えっと、勇者、魔法使い、弓使い、盗賊、踊り子の五人かな」
「ちなみに勇者は踊り子と結婚しようとしたけど、逃げられたらしいよ」
「そんな情報いらねぇよ」
早くもケーキを食べ終わったリヴィが口を挟んでくる。しかもいらない情報だけ与えると、また紅茶を飲み始めた。
「夕霧は……そうだな、その服って何か名称はある?」
トーガは本気で夕霧の職を考えているらしく、まじめな顔で尋ねる。
「じゃ、ジャージだけど?」
なんかどうせ戦闘服とか嘘をついたのだし、もっとかっこいい名前にすれば良かっただろうか……なんて考えていると、トーガの表情がぱぁっと明るくなる。
「ジャージのヒーローなんてどうかな!」
きらきらした瞳を夕霧に向けるトーガ。夕霧の顔がひきつる。
「ジャージの……ヒーローって……」
激しく気に入らないようだが、トーガはすばらしくかっこいいと思い込んでいるようだ。
「ヒーローってだけでもかっこいいのに、ジャージなんて名前かっこよすぎるよ! 夕霧が有名になったら子供達の人気総取りだよ!」
戦隊物のテレビに夢中になっている子供のようにはしゃぐトーガに、そんな職はイヤだ、なんて言えるはずもない。
「……いいと思う、ありがとう」
了承してしまう夕霧。リヴィはというと……リヴィもかっこいいと思っているようで、トーガを感心したように見つめている。どうやらこの世界の価値観は少しばかり夕霧とズレているようだ。
「でもヒーローと勇者って職被りじゃね?」
夕霧はこれで名前をひっくり返せるかも、なんて内心思う。
「え?別にいいと思うよ?」
あっさりと職被りが肯定されてしまった。王子であり勇者の言うことなのだから、本当にいいのだろう。
「……じゃあ、あと弓使いと盗賊と踊り子ね、そのうち見つかるでしょ」
正直踊り子の存在意義がまったくわからない夕霧だったが、先程のリヴィ言葉から、きっと勇者が惚れてしまい勝手に連れてきたのだろうと自分を納得させた。
「最後の一つは、えっと……」
トーガは言いにくそうに呟く。
「魔王、いないんだよね……」
「は?」
混乱する夕霧。自分はトーガが魔王を倒す手伝いをするために呼ばれたのではないのか、神は魔王が存在しないということを知らないのか、とぐるぐると思いが巡る。
「フリーギドゥム・カブト(頭を冷やせ)」
リヴィが夕霧に向かって魔法をかけた。頭を冷やす呪文である。
夕霧は今まできいたことや、神との会話を反芻し、あることに気付き、自分のやるべきことが見えてきた。
「わかった、あれだ。私はトーガを鍛えるためにこの世界に飛ばされたんだから、魔王いらないじゃん」
え? とトーガが虚を突かれたような顔をする。
「魔王いないなら、別に人数いらないよね。よし解決。早速修行だ、こういうことだと思うんだけど・・・どうかな」
ぽかんとするトーガ、不敵な笑みを浮かべるリヴィ。
「僕、君みたいな頭の回転が早い子は好きだよ。やっぱり効率の良い修行って、旅だよね……行き先は僕に任せて」
「え? リヴィ、何か案があるの?」
リヴィはトーガに呆れた目線を送った。勇者がこれだと先が思いやられるね、知ってたけど。なんて言葉の暴力をトーガに向ける。
「せっかく勇者の肩書きを持っている君がいるんだ、救う世界がなくても、困っている村くらいはあるだろう? 村人からは感謝されて顔が広くなるし、トーガは鍛えられるし村は救われるしで一石三鳥だよ」
おぉ、と夕霧は感嘆の声を上げる。夕霧は一石二鳥だとか、楽できそうな言葉に弱い。
「私はそれに賛成」
トーガは少し不服そうな表情をしたが、頭を振り、少し暗い笑顔で、
「……オレも、賛成」
と言った。
「じゃあ、僕とトーガは旅立ちの儀をしなきゃね。夕霧は街を見て回るといいよ、時間もかかるし出発は明日ね。そうそう、夕霧、夜はどうするの? 泊まれる場所とか、わからないでしょ。僕の家に泊まれば?」
「へぁ?」
一人でこの辺回って戻ってこれるかな、なんて思っていると急に話を振られた夕霧。裏返った声に、リヴィの肩が震える。
「笑うなよー……うーん、でもリヴィ、両親とかに聞かなくてもいいのか? その、見知らぬ人を泊めるなんて」
「大丈夫だよ、僕に親はいないから。孤児なんだ……この世界では珍しくもなんともないよ、逆に親がいる方が稀だ」
がたん、と音を立ててリヴィは立ち上がる。
「あ、リヴィ、夕霧はここに泊めるよ。ドシルがもう用意しちゃったみたいで」
トーガが申し訳なさそうに言うと、窓にドシルの影が見える。リヴィは一言、
「……そう」
と返し、窓に近づいた。
「じゃあ、夕霧、オレたち色々準備してくるから、好きにしてて……外に出たくなったら窓を開けたら誰かがおろしてくれるから」
トーガがひらりと絨毯に飛び乗ると、リヴィもそれに続く。そして下の方へ降りていった。
その後すぐに、ドシルよりも若い女だと思われるエルフが夕霧の元に絨毯を寄せ、
「お待たせいたしました、夕霧様。ドシルさんから話は伺っております、どうされますか?お城の案内なら致しますし、城下街に降りたいならお連れ致します。お部屋でご休憩をご希望でしたら、お部屋にお連れいたしますよ」
と、丁寧な言葉遣い。
夕霧は慣れないその対応に戸惑い、疲れているにも関わらずこの場から離れたいと望み、
「……城下街に降ろしてください」
と。
城下街を案内したがる彼女を丁重にお断りすると、夕霧はぶらりと町へ出かけた。