VSドラゴン! ドゥラーゴの戦い2
村に着いてからも、トーガの様子はおかしかった。
何がおかしいって、ドラゴン討伐に明日早速行こう、とリヴィが言ったときにも、うん、なんて少しも怖がるそぶりを見せなかったのだ。
心ここにあらず。まったく、その言葉がこんなにもぴったり合う状態は見たことがない。
夕霧はリヴィとトーガの様子について話し合うが、これと言った意見は出なかった。そもそも、長年誰よりもトーガの近くにいたリヴィに心辺りが無いのならば、数日一緒にいた夕霧にわかるわけがないのだ。
そんな二人の心配を余所に、トーガはぼんやりと空を見つめている。
買い物を終え、宿へ行くと既にソラニテが話を通してくれていたらしく、一番いい部屋が用意されていた。
こんな若輩者が・・・?と、宿の主はじろじろと不躾な視線を投げつけてくるが、トーガの心配をする二人はそれに怒る余裕もない。
しばらくして、食事の時間だと呼ばれた。
「これおいしいね」
こちらの世界の食べ物なんてよくわかっていない夕霧でも、上等な食事であることがわかる。なんと、ぴるぴるの分も用意されていて、ソラニテの心配りに感謝した。
夕霧はこれが元はどんなモンスターだったのかをなるべく想像しないように食べる。一度、見覚えのあるハサミが出てきたときは少しげんなりしたが、出された物は残さないと言う彼女の信条のもと、思い切って口に入れた。
「夕霧、いくらおいしくてもそれは飾りだよ」
リヴィの言葉にショックを受ける夕霧。
「早く言ってくれよ・・・」
堅いハサミを噛み砕こうとして、がりっと歯をやられてしまった。幸い丈夫な歯をしていたからか、欠けてはいないらしい。
カニみたいなもんか、とハサミを皿の端に置くと、何かのステーキに取りかかる。使い慣れないナイフとフォークを使って、肉を切る夕霧。
「・・・使い慣れてないね、君の国ではどうやって食事をしていたの?」
リヴィは今まで気になっていた質問をした。
「箸だよ。知ってる?」
二本棒があって、それを使って食べる、と夕霧は箸を使うジェスチャーをした。
「・・・はし、ねぇ。初めて聞いたよ。そのうち君の国の食事を食べてみたいな」
ぴんとこないようだが、少し興味を持ったらしいリヴィは目で夕霧に作ってよ、と訴える。
しかし夕霧の料理レベルなんて子供に毛が生えたくらいだ。そこまで上手くはないが、作った物が炭になったり毒煙を出したり爆発したりはしない。普通すぎておもしろくないのだ。そもそも、
「材料がまったく違うからね・・・」
この世界の食べ物は、元の世界にはいないモンスターが主だ。野菜は少し似ているが、元の形はわかったものではない。もしかしたら夕霧がキャベツだと思って食べているものが実はゴーヤのように実っているのかもしれない。
カチャカチャと、控えめな音が静かな部屋に響く。
三人で食事をしていると、一番喋るのは決まってトーガだ。
しかし、食事が始まりいただきますを言ってからトーガは一度も発言をしていない。
夕霧は少しの気まずさを感じながらも、気を使ってかのリヴィの言葉に感謝しながら話をしている。
だが、トーガは話に入ってこない。
元々あまり自分から話題を振ったりしないリヴィに、話題を見つけるのが不得意な夕霧だ。
その日の食事は、いつもより豪華だったが、味気ないものだった。
昨日は逃げるのに必死でわからなかったが、ドゥラーゴの山はものすごく歩きにくい。
よくもまぁこんな道を走り抜けたと感心すると共に、それだけドラゴンが与える恐怖感の凄まじさが思い出される。
山道なんて歩き慣れていないどころか、経験すら片手で数えられる夕霧は疲労が顔に出ていた。
しかしトーガはまだぼんやりしているし、リヴィに至っては気を使う気もないらしい。どんどん二人と夕霧の間に距離ができていく。
「ちょ……二人とも待って……」
ぜぇぜぇと息を切らす夕霧。
「あ……ごめん、ちょっと休憩しようか」
ようやくトーガが振り返る。リヴィも仕方ないな、とでも言うように立ち止まった。
「あー! 疲れた!」
夕霧は手頃な岩に腰掛ける。だんだん転がっている岩が大きくなっていた。昨日のドラゴンがいた場所も近くなっている。
「昨日ドラゴンがいたのはもう少し先だったね」
リヴィが言うと、トーガが先の方を見つめ、また深く考え出した。
「……昨日からトーガおかしいよ。どうしたんだ?」
口をついて出た言葉。もう夕霧は黙っていることなんてできなかった。しかしトーガはゆっくりと首を横に振る。
「なんでもない」
そう言って頑として譲らない。
三人の間に、沈黙が流れる。
「・・・行こうか。夕霧は大丈夫?」
それを破ったのはリヴィだ。
「大丈夫だ、問題ない」
キリッとした表情を作る夕霧。ぴるぴるは不安げに夕霧を見る。主人の憂鬱感を気取ったのだろう。あぁ、ネットやりたい・・・なんて呟く夕霧だが、やはりトーガが心配なのだ。
しばらく無言のまま歩き、とうとう昨日のドラゴンがいた場所にたどり着く……が、ドラゴンの姿はなかった。
「熱い……」
誤字にあらず。もし巨大なガスコンロの近くにいたらこんな感じだろう、と夕霧は思う。多分もうすぐ死ぬ。なんて口走る夕霧。
「……仕方ないね。夕霧、おいで」
リヴィが手招きをする。汗だくで死にかけている夕霧とは裏腹に涼しい顔をしている、もちろん汗などひとつもかいていない。
「なんでお前そんな涼しい顔してるんだよ!」
「言わなかったっけ?僕のローブの中は常に十六度設定だからだよ」
しれっと言い放つリヴィ。ちなみに、トーガは考えごとをすると周りが見えなくなるタイプなので、周囲がやたら暑いことなど気付いていない。
「ほら、早く。夕霧のジャージの中も涼しくしてあげるから」
救世主! とでも言わんばかりの表情で夕霧はリヴィの傍に駆け寄った。溶けかけていたぴるぴるもすっかり元気になっている。
「リヴィ優しい!」
夕霧の頭の上で小躍りするぴるぴる。だんだん飼い主に似てきている、なんてリヴィは思った。
「本当現金な性格してるよね……ほら」
呪文も唱えていないのに、夕霧の汗ばんだ体にひんやりとした空気が纏われる。
「な、なんで呪文……?」
あまりの驚きに夕霧の言葉は後半、言葉になっていなかった。
「一番得意なんだよね、これ。だから詠唱の手間を省くことができるのさ」
にやり、と笑うリヴィ。
「本当に天才なんだな……」
涼しさで正常な思考回路が戻ってきた夕霧は、リヴィが天才だということを改めて認識するとトーガに目をやった。
こんなに暑くて、汗だくだというのに彼の歩くスピードはまったく衰えていない。むしろ先ほどより上がっている気さえする。
「リヴィ、ドラゴンってマインドコントロールとかする?」
夕霧が導き出した答えだ。トーガの変化は、一日や二日で現れていいレベルのものではない。もしあれがトーガが本心から動いているのだとしても、いつか壊れてしまうだろう。
本心ではないとすると、何者か……昨日の状態で行くと、ドラゴンと考えるのが正しい。彼はドラゴンに操られているのだ、夕霧はそう考えた。
「聞いたことないな……そもそも、マインドコントロールなんていう精神に干渉する類の技を使うモンスターは力が弱いからそっちの能力に進化するようになったんだ、ドラゴンにはそんな必要ないしね」
「なるほど……」
必死にたどり着いた答えがあっさりと否定され、少し凹む夕霧。しかし今のトーガを見ている限り、そんな暇はない。
どうしたのか、はっきりさせないと……と夕霧は焦る。
リヴィも柄にもなく少し焦っているようだ。トーガをちらりと見る回数が増え、落ち着きがなくなっている。
「ここにもいない……やっぱり、もっと奥だ……」
トーガは何かに取り憑かれたかのように進む。リヴィと夕霧のことなんて気にせず、先へ先へと。
「待って」
痺れを切らしたリヴィがトーガにつかつかと歩み寄ると、肩を掴み強引に振り向かせた。
「君が何を考えているかは知らないけれど、何があったのかは教えてくれてもいいんじゃないかな」
恐ろしい程にまっすぐな目。トーガは俯き呟く。
「……二人にはわからないよ。特にわからない」
悲しげな声。
なんのことだ、と二人は顔を見合わせる。
「あの子に会えばわかるよ。行こう、多分もう少し進んだら会えるから」
この先にいるのはドラゴンくらいだ。とすれば、トーガはドラゴンをあの子、と言った。
小さなか弱い子を連想させるが、まったく理解できていない二人。
トーガは苦笑いを残して先を急ぎ始めた。
まるで、誰かを助けようとでもしているように。
リヴィと夕霧は、意味がわからないままトーガを追いかけた。