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旅の友に選んだのはゴブリンでした  作者: 竜神
第6章:再会、そして言葉はいらない

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EP96

282:歌詞が間違ってる


広場の中央、色鮮やかなマントを翻して歌う吟遊詩人の声は、乾いた風に乗って隅々まで響き渡っていた。集まった群衆は、そのおどろおどろしくも英雄的な調べに聞き惚れ、時折「おおっ」と感嘆の声を漏らしている。しかし、当事者である私は、フードの下で顔を真っ赤にしながら、握りしめた鉄の杖をわなわなと震わせていた。


「ちょっと、ガブ。あの一節、聞こえた?」

「ひっ、ひひ……。聞こえたぞ。お前、いつの間に『漆黒の翼を生やして夜空を駆け、処女の生き血をすする』なんて趣味を持ったんだ?初耳だ」


ガブは地面に座り込み、お腹を押さえて笑いを堪えている。彼にとっては、これ以上ない娯楽のようだった。詩人は声を張り上げ、悲劇的な旋律をリュートで奏でながら、さらにデタラメを重ねていく。


♪~~~

魔女は叫んだ、この国を呪うと。愛する家族を自らの手で供物くもつとし、冥府の底から緑の悪鬼を呼び出した。その悪鬼は鋼の盾で太陽を遮り、逆らう者すべての魂を刈り取る……!

~~~♪


「間違いだらけよ!第一、家族を供物になんてしてないわ。父様は、私が逃げ出した後に火を放ったのだって勝手に勘違いしているだけで、私はただ、あなたを助けようとしただけなのに……!それに、あなたのその『鋼の盾』、どう見ても『鍋のふた』じゃない!」


私は小声で、けれど猛烈な勢いでまくしたてた。厳格に育てられ、アカデミーでも規律正しく過ごしてきた私にとって、この「希代の悪女」というレッテルはあまりに刺激が強すぎた。何より、歌詞のリズムが悪すぎる。精霊たちの調和を乱すような、不快な旋律だ。


(ああ、周囲に漂う音の精霊たち、そして空気を震わせる風の眷属よ。あのような歪んだ真実を、どうかそのまま世界に定着させないでください。私たちの歩みは、呪いや供物などという血生臭いものではないのですから……)


私は杖を握る手に意識を集中させ、静かに祈りを捧げた。かつてのような「強制的な魔力の抽出」ではない。精霊たちに寄り添い、彼らの自然な流れの中に私の意志をそっと溶け込ませていく感覚。すると、どうだろう。これまで枯渇しきっていた私のマナの泉に、ポツリ、ポツリと、冷たい雫が落ちるような感覚が戻ってきた。精霊たちが、私の「正しいあり方」への願いに応えて、周囲の清浄な気を私の内側へと運んでくれているのだ。


「おい、リゼ。あんまり殺気飛ばすなよ。詩人が怯えて歌を止めたら、せっかくの酒が不味くなる」

「殺気なんて飛ばしてないわ。ただ、少しだけ精霊たちに『お掃除』をお願いしただけよ」


私がそう言った瞬間、詩人の周囲で突風が巻き起こった。彼の帽子が飛ばされ、派手な羽飾りが宙を舞う。観客たちは驚いて散り、詩人は慌ててリュートを抱えて逃げ出した。


「ふん、いい気味だわ」

「お前、魔力が戻ってきてから性格が尖ってきてないか?」


ガブが呆れたように私を見上げる。私は杖を突き直し、フードを深く被り直した。


「そんなことないわ。私はいつだって、礼儀正しく、精霊たちに配慮する善良な魔女よ。嘘を広める詩人の歌より、私の杖の一振りのほうが、よっぽど真実に近いはずだわ」


戻り始めたわずかな魔力の温もりを感じながら、私は不名誉な「伝説」から逃れるように、広場を後にした。


283:笑い話


宿場の外れ、岩壁の陰に隠れるようにして、私たちは小さな焚き火を囲んでいた。詩人の歌はもう聞こえない。代わりにあるのは、夜の荒野を吹き抜ける乾いた風の音と、パチパチとはぜる火の粉の音だけだ。ガブは左腕のミスリルの鍋のふたを、今夜も丁寧に磨き上げている。


「なあ、リゼ。さっきの歌だけど。案外、悪くないんじゃないか?」


ガブが不意に、そんなことを言い出した。


「何がよ?あんな、私たちが怪物みたいに扱われる歌が?」

「そうじゃない。『伝説』っていうのは、いつか誰かが勝手に作り上げるものだ。お前が綺麗な館でお姫様やってた頃には、絶対に手に入らなかった『強さ』の証だろ?」


ガブの言葉に、私は言葉を失った。確かに、以前の私なら、自分の評判が地に落ちるような噂を耳にすれば、絶望して泣き崩れていただろう。けれど今は、腹を立てる余裕があり、精霊にちょっとしたいたずらをお願いする強さがある。


「ふふっ。確かにそうね。一瞥で騎士を灰に変える魔女だなんて、もし本当にできたら、旅がもっと楽になるわ」

「だろ?オレだって三つの目があれば、寝てる間もお前を見張ってられる。あ、でも処女の生き血を啜るのは勘弁してくれ。オレの血は泥臭くて美味くないから」


ガブの軽口に、私はついに堪えきれずに吹き出した。


「もう、変なこと言わないで!あなたの血なんて、喉が渇いて死にそうになってもお断りだわ」


笑い声が、夜の静寂しじまに溶けていく。かつて私を縛り付けていた重い殻は、もうどこにもない。ここにあるのは、一人の魔女と、一匹のゴブリンの、どこまでも泥臭く、けれど自由な笑い話だけだ。


「ガブ、ありがとう。少し、元気が出たわ」

「礼を言われるようなことじゃない。さっさと寝ろ。明日はついに『死の砂漠』への入り口だ」


ガブはそう言って、鍋のふたを枕代わりに横になった。

私は焚き火のゆらめきを見つめながら、自分の掌を見つめた。精霊たちとの対話を繰り返すうちに、失われていたはずの魔力が、少しずつ、けれど確実に私の血の中に巡り始めている。それは教わった「力づくで奪い取る魔力」ではなく、自然界と呼吸を合わせて「分けてもらう魔力」だった。この新たな力の感覚は、私が本当の自分に出会えた証なのかもしれない。


(夜の闇を守る穏やかな精霊たちよ。私たちのささやかな笑い話を、どうか夜明けまで温めておいてください。私たちは明日、さらに過酷な地へと踏み出しますが、この心の温もりさえあれば、きっと乗り越えていけるはずですから……)


祈りを捧げ終えると、私は鉄の杖を抱きしめるようにして、浅い眠りについた。悪名も、デタラメな歌も、今はすべてが私たちを自由にするための追い風に思えた。


284:砂漠エリア突入


翌朝、私たちの眼前に現れたのは、黄金色の絶望だった。荒野の岩肌が途切れ、そこから先は水平線の彼方まで続く、巨大な砂の海。「死の砂漠」。多くの旅人が命を落とし、古代の文明が砂の下に埋もれたとされる、禁忌のエリアだ。


「暑い。空気が、肌を焼くみたい」


私はフードをさらに深く被り、黒い鉄の杖を砂に突き立てた。一歩踏み出すたびに、足元がズブリと沈み込む。これまでの岩場とは比べ物にならないほど、体力を奪われていく。太陽は容赦なく天頂から照りつけ、私たちの影を真っ黒な点へと縮めていた。


「おい、しっかりしろリゼ!ここを抜けない限り、『楽園』の影すら拝めないぞ」


ガブは背丈が低いため、私よりもさらに砂の照り返しを強く受けているはずだ。けれど、彼は鍋のふたを盾のように掲げ、強烈な日光を遮りながら着実に歩みを進めている。


「わかってるわ。でも、水が……水の精霊たちの声が、ここにはほとんど聞こえないの」


私は周囲の気配を探ろうとしたが、返ってくるのは熱狂的に踊り狂う火の精霊と、気紛れに砂を巻き上げる風の精霊の声だけだった。水。私たちの生存に不可欠なその要素が、この世界からは完全に拒絶されているようだった。


「水筒の残りはあと半分だ。リゼ、お前の『お願い』でどうにかならないか?」


ガブの言葉に、私は立ち止まり、深く、深く呼吸をした。熱気に肺が焼けそうになるが、それでも意識を極限まで研ぎ澄ます。


(砂の下で静かに眠る、古の水の精霊たちよ。あるいは、天を巡る雲の端に潜む雫の妖精たちよ。どうか、この乾いた地に迷い込んだ旅人に、ほんの少しの慈悲をいただけないでしょうか。あなたの雫一つが、私たちの明日の希望となるのです)


丁寧な、けれど切実な懇願。すると、私の鉄の杖の先端に、ほんの微かな湿り気が宿った。キラリと光る、一滴の雫。それは魔力が回復しつつある今の私が出せる、精一杯の「奇跡」だった。


「たったこれだけ?嘘だろ」


ガブが呆れたようにその雫を見つめる。


「仕方ないわ。ここでは精霊たちも、生き延びるのに必死なのよ。でも……見て。私の魔力は、この過酷な環境でも、少しずつ私の元に帰ってきてくれている」


私はその雫をガブの唇に落とした。


「お前が飲めよ、リゼ。魔女が倒れたら、オレはどうやって精霊に道を聞けばいいんだ」

「私は大丈夫。精霊たちが、私を支えてくれているから。行きましょう。砂漠の果てにある『楽園』は、きっと私たちを待っているわ」


私たちは、蜃気楼が揺れる灼熱の地平線へと足を踏み出した。靴の中に砂が入り込み、喉は裂けるように乾いている。けれど、私たちの心には、昨夜の笑い話の余韻がまだ残っていた。砂漠の魔物、水不足、そして恐ろしい砂嵐。これから待ち受ける試練は、これまでの旅とは次元が違うだろう。それでも、私は鉄の杖を握りしめ、前を歩くガブの背中を追った。今はただ、自由を愛する一人の魔女として、この黄金の地獄を生き抜いてみせる。


(熱き大地の精霊たち。私たちの覚悟を、どうぞその熱量で試してください。私たちは、決して屈しませんから)


砂漠を吹き抜ける熱風が、私の言葉を遠くへと運び去っていった。

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