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旅の友に選んだのはゴブリンでした  作者: 竜神
第6章:再会、そして言葉はいらない

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EP91

267:確かめ合う生存


草の上に寝転がり、星空の美しさに心を預けていた時間は、ほんの数分だったかもしれない。張り詰めていた緊張が解けると同時に、全身の筋肉が軋むような悲鳴を上げ始めた。特に、魔力の枯渇限界を超えて精霊たちの力に頼り切った私の体は、鉛のように重く、指先を動かすことすら億劫になっていた。


「いつまでも寝転がってる場合じゃないな」


ガブがゆっくりと身を起こし、苦痛に顔を歪めた。その動きは普段の彼からは想像もつかないほど鈍く、重い。私は彼に倣って体を起こそうとしたが、腹筋に力が入らず、無様なカエルように地面でもがいてしまった。見かねたガブが、ため息をつきながら私の腕を引っ張り上げてくれる。


「ほら、座れ。まずは互いの状態を確認するぞ。オレが取り返してきたポーチの中に、森で集めた薬草や軟膏が入ってるはずだ」


ガブは腰に結びつけていた革のポーチを外し、中身を草の上に広げた。乾燥した葉の束、小さな木のすり鉢、そして動物の脂に薬効成分を練り込んだ丸薬のようなものがいくつか転がり出る。


「とりあえず、傷口の泥と血を洗い流さないと化膿する。水筒の水は……」

「空っぽよ。地下水路を抜ける時に落としてしまったみたい」


私が申し訳なさそうに言うと、ガブは頭を掻きむしった。


「なら近くの沢を探さないと……いや、オレが動くのはキツいか」

「待って。私がなんとかするわ」


私は目を閉じ、深くゆっくりと呼吸をした。マナを消費する術式は使えないが、周囲の自然と調和し、お願いをすることはできる。


(夜の森を潤す、優しき水の精霊たち。そして、草木に宿る朝露の妖精たち。どうか、私たちの傷を癒やすための清らかな雫を、ほんの少しだけ集めてはいただけないでしょうか)


祈りを捧げながら両手を広げると、周囲の草木からふわりと微小な水滴が浮かび上がり、私の手のひらの上でソフトボール大の澄んだ水球となった。ガブはそれを見て目を丸くした。


「お前、本当にすごいな。魔力がすっからかんなのに、そんな芸当ができるなんて」

「芸当じゃないわ。精霊たちが、私たちの生きようとする意志に力を貸してくれているの」


私はその水を使い、まずは自分の顔や手の泥を洗い流し、次にガブの体に向き直った。薄汚れたボロ布をそっと剥がすと、その下から現れた無数の傷跡に、私は思わず息を呑んだ。鞭で打たれた無数のミミズ腫れ、刃物で切り裂かれた浅からぬ裂傷、そして拷問器具で締め付けられたであろう手首と足首の深いあざ。どれもが赤黒く腫れ上がり、痛々しい熱を持っていた。


「ひどい」

「気にするな。ゴブリンの皮膚は人間の何倍も頑丈にできてる。こんなの、見た目ほど痛くない」


ガブは顔を背け、平然を装って言った。

私はすり鉢で薬草をすり潰しながら、彼の手首にそっと触れた。ドクン、ドクンと、微弱だが確かな脈拍が伝わってくる。その鼓動の温かさに触れて、私は彼が本当に生きているのだという事実を、肌を通して強烈に再認識した。


「痛くないわけないじゃない。生きててくれて、本当にありがとう」


私が震える声で呟くと、ガブは気まずそうに鼻の頭を掻いた。


268:ガブの強がり


薬草をすり潰したペーストを、ガブの背中や胸の傷口に丁寧に塗り込んでいく。刺激の強い薬草だ。塗った瞬間、火のついたような激痛が走るはずである。しかし、ガブは奥歯をギリッと噛み締めるだけで、うめき声一つ上げなかった。


「痛かったら、痛いって言っていいのよ。誰も聞いてないんだから」


私が背中に軟膏を伸ばしながら言うと、ガブはフンと鼻を鳴らした。


「馬鹿言え。オレは森の捕食者、誇り高きゴブリンだぞ。これしきの傷で泣き言なんか言うか。それより、もっと力を入れてすり込め。薬が中まで浸透しないだろ」


強がりだということは、痛いほどわかっていた。彼の筋肉は、私が薬を塗るたびにビクッと痙攣している。額には脂汗が浮かび、呼吸も浅くなっているのに、彼は絶対に弱みを見せようとしない。それは単なるゴブリンとしてのプライドだけではないような気がした。


「オレが、ドジ踏んだからだ」


不意に、ガブがポツリと呟いた。


「え?」

「あの領主の罠に、オレがまんまと引っかかった。そのせいで、お前まであんな危険な目に遭わせて……。挙げ句の果てには、魔法も使えないお前に木の枝で殴り合いなんかさせてしまった」


彼の声は低く、ひどく掠れていた。

自分が捕らえられたことへの不甲斐なさ。そして、私を戦いの矢面に立たせてしまったことへの、彼なりの後悔と罪悪感。痛みを隠して強がっているのは、その悔しさを自分自身への罰として受け入れているからなのだろう。


「バカね」


私は彼の手当てを終えると、背中からそっと抱きつくようにして、その小さな肩に額を押し当てた。


「お前なっ、薬が服につく……」

「いいから、少しだけ黙ってて」


私は彼の体温を感じながら、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「あなたが捕まったのは、私のために食料を探してくれていたからでしょ。それに、私はあなたに守られるだけのお荷物にはなりたくなかった。だから、一緒に戦えたことが……木の枝を振り回してでも、あなたと背中を合わせられたことが、私は誇らしかったのよ」


ガブの体が、ピタリと硬直した。


「お前、本当にお嬢様か。頭のネジが数本ぶっ飛んでないか」

「そうかもしれないわね。でも、そのぶっ飛んだ魔女のおかげで、私たちはこうして生きてる。だから、そんな風に自分を責めるのはやめて。あなたの強がりは、時には私を不安にさせるのよ」


私がそう告げると、ガブはしばらくの沈黙の後、小さく息を吐き出した。


「わかった。悪かった。でも、次は絶対にオレが全部ぶっ飛ばしてやる。お前は後ろで、悠々と魔法でも撃ってたらいい」


やはり最後には強がる彼のおでこを、私は軽く指先で弾いた。


「痛っ!何するんだ!」

「強がりの罰よ。さあ、次は私の番。このすり傷に薬を塗ってちょうだい」


私はわざと明るく振る舞いながら、擦り剥いた自分の腕を彼に差し出した。


269:リゼの強さ


ガブの手当ては、私のそれに比べてお世辞にも丁寧とは言えなかった。ゴツゴツとした指で軟膏を無造作に塗りつけられ、私は思わず「痛っ!」と声を上げた。


「ほら見ろ。お前の方がよっぽど痛がってるじゃないか」


ガブがニヤニヤと意地悪く笑う。


「あなたの塗り方が乱暴なのよ。もう少し優しくできないの?」

「オレに繊細さを求めるな。それより、お前……本当に変わったな」


ガブは薬を塗る手を止め、私の顔をじっと見つめた。


「変わった?」

「ああ。昔のお前なら、泥水に浸かった時点で泣き喚いてただろうし、あんな重武装の騎士団を前にしたら、腰を抜かして動けなくなってたはずだ。それが今じゃ、魔法が使えなくても自ら木の杖で殴りかかりに行くんだからな。正直、オレより男前だ」


彼の言葉に、私は少しだけ照れくさくなり、視線をそらした。確かに、旅に出たばかりの頃の私なら、今の状況に絶望して泣き崩れていたに違いない。温かいベッドと清潔な衣服、そして絶対的な安全が保証された生活がすべてだと思っていたからだ。


しかし今は違う。


「強くなったのよ、私も」


私は自分の両手を見つめた。手首には、騎士の剣を弾き返した時の強烈な衝撃による痣が痛々しく残っている。けれどその痛みすらも、今は自分が生き抜き、戦い抜いたという確かな勲章のように思えた。


「魔力という形のある力に依存しなくても、精霊たちと心を通わせることで道が開けることを知った。それに……どんな絶望的な状況でも、絶対に諦めない背中をずっと隣で見てきたから」


私がガブを見つめ返すと、彼は居心地が悪そうに視線を泳がせた。


「なんだ、気持ちわるいな。変なもんでも食ったか?」

「素直に受け取りなさいよ。とにかく、私はもうただ守られるだけの存在じゃないわ。これからの旅も、砂漠だろうが国境越えだろうが、あなたと対等な相棒として乗り越えてみせる」


私の迷いのない言葉に、ガブは諦めたように肩をすくめた。


「口の達者な相棒を持ったもんだ。その意気込みは買っておいてやる」


東の空が、わずかに白み始めていた。夜明けだ。過酷な一夜が終わり、新しい一日が始まろうとしている。森の冷たい空気が、夜の闇を溶かすように少しずつ温かみを帯びていく。


「さてと」


ガブが膝を叩いて立ち上がった。


「休んでる暇はないぞ。明るくなったら、追手も本腰を入れて森を捜索し始めるかもしれない。その前にここを離れる」

「ええ。でも、その前にどうにかしないといけない問題があるわ」


私も立ち上がり、足元に転がっているものを指差した。

私のへし折れかけた水晶の杖と、ガブが戦いの果てに使い捨てたボロボロの革鎧の一部。


「このままじゃ、次の魔物に遭遇しただけでおしまいよ。国境を目指すにしても、まずは新しい装備を調達しないと」

「違いない。それに、今回はもっとマシな『盾』になるもんが欲しいな」


ガブが顎を撫でながら悪戯っぽく笑った。

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