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旅の友に選んだのはゴブリンでした  作者: 竜神
第4章:冬越えの洞窟

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EP54

158:備蓄食料の棚卸し


洞窟の外は、世界を白く塗り潰すような猛吹雪が吹き荒れている。だが、今の私たちには余裕があった。完成したばかりの石のかまどでは、熾火おきびが赤々と燃え、洞窟内の空気を心地よく温めている。


「さてガブ。現実を見つめる時間よ」


私はリュックから羊皮紙とペンを取り出し、眼鏡をくいっと上げた。


「冬越えのための在庫確認インベントリ・チェックをします」

「おう!肉なら山ほどあるぞ!」


ガブが入り口付近の「天然冷蔵庫」スペースを指差す。そこには、解体された大雪熊グランド・スノー・ベアの肉塊が、雪に埋められて保存されている。


「ええ、それがメインね。でも、肉だけじゃ栄養が偏るわ。壊血病かいけつびょうになったら終わりよ」


私は持参した食料を岩の上に並べた。


・エルフの里でもらった堅焼きパン(ラスク):残り2袋

・乾燥豆と穀物:小袋に3つ

・ドライフルーツとナッツ:1袋

・干した薬草と茶葉:少々

・塩、胡椒などの調味料:残りわずか


「うーん、炭水化物とビタミンが絶望的に足りないわね」


私は眉をひそめた。熊肉のおかげでカロリーとタンパク質は十分すぎるほどだが、それ以外が心もとない。


「ガブ、あの森には何か食べられそうな植物はなかった?」

「雪の下だぞ?草なんてないぞ。あ、でも松ぼっくりなら落ちてたぞ」

「松ぼっくりは……非常食ね。中の種は食べられるけど」


深刻な顔をする私を見て、ガブがニカっと笑った。


「大丈夫だってリゼ!熊の肉にはパワーがある!それに内臓もちゃんと取ってあるし、血も飲めば元気になるぞ!」

「ゴブリン的な栄養学ね……。まあ、否定はしないけど」


とりあえず、既存の食料は大切に少しずつ消費することにして、最大の問題はこの大量の生肉だ。入り口付近は凍るほど寒いが、長期保存するには完全に凍結させ続ける必要がある。


「ガブ、あそこの雪山を少し崩して。精霊たちにお願いして、冷凍庫を強化するわ」


私は入り口の肉置き場へ向かった。以前の私なら、ただ魔力をぶつけて無理やり凍らせていただろう。けれど今は違う。目を凝らすと、吹雪が吹き込む入り口付近に、キラキラと漂う小さな光の粒が見える。氷の精霊たちだ。彼らは寒気を喜び、雪の中で踊っている。


私は杖をゆっくりと掲げ、意識を彼らに同調させた。言葉ではなく、イメージを伝える。


(冷たき良き隣人たちよ。この場所を、あなたの純白の寝床として守ってくれませんか?)


私の呼びかけに応え、氷の精霊たちがフワフワと集まってくる。彼らは私の魔力を「対価」として受け取ると、嬉しそうに肉を覆う雪へと潜り込んでいった。


「『氷結界フリーズ・キーパー』」


静かな詠唱と共に、雪山が青白い光を帯び、カチンと硬化した。ただ凍らせただけではない。精霊たちが常駐することで、一定の低温が保たれ、腐敗を防ぐ結界となったのだ。


「すげぇ……。リゼ、なんか魔法が綺麗になったな」


ガブが感心したように氷を見つめる。


「前はもっとこう、ババッ!って感じだったけど、今はキラキラしてるぞ」

「ふふ、エルフの長老に感謝ね。精霊たちと仲良くするコツが少しわかってきたの」


無理強いしない。彼らの性質に沿ってお願いする。そうすれば、少ない魔力で大きな効果が得られる。


「よし、これで生肉の保存は完璧。でも、全部を冷凍にしておくと解凍が大変だし、スペースも足りないわ」


私は腕組みをして、洞窟の天井を見上げた。換気用の穴から、煙が吸い込まれていくのが見える。


「ガブ、燻製くんせいを作るわよ」

「くんせい?」

「煙で肉をいぶして、乾燥させるの。そうすれば常温でも腐らないし、もっと美味しくなるわ」

「美味しくなるのか!?やるやる!」


ガブが即座に食いついた。

外は大吹雪。出かけることはできない。私たちはこの閉ざされた空間で、ひたすら肉と向き合う「加工の日々」を始めることにした。


159:干し肉作りすぎた


洞窟の中は、香ばしい煙の匂いで満たされていた。私たちはかまどの火を調整し、煙が多く出るように生木やチップ(薪を作るときに出た木屑)をくべていた。


「ゴホッ、ゴホッ……ちょっと煙いな」


ガブが目をこする。


「換気はできてるけど、煙の通り道に肉を吊るしてるからね。我慢して」


私たちは洞窟の天井付近に紐を張り巡らせ、そこに短冊状に切った熊肉を無数に吊るしていた。赤いカーテンのようだ。


「よし、乾燥を早めましょう」


私は杖を振るのではなく、そっと手のひらを空間にかざした。

ここには風の流れがある。入り口から入り、かまどの熱で温められ、上昇気流となって天井の穴へ抜けていく道筋。そこに、風の精霊たちが遊んでいるのが見える。透明なリボンのような姿をした彼らだ。


(風の子供たち。湿気を運び、煙を踊らせて。美味しくなあれ、と撫でてあげて)


私が魔力を添えて囁くと、風の精霊たちがクスクスと笑う気配がした。ヒュオォ……。洞窟内の空気の流れが整然となり、肉の間を縫うように風が通り抜けていく。無理やり風を当てるのではなく、自然な対流を精霊に「加速」してもらうのだ。


「おおっ、肉が揺れてる!リゼ、魔法使いってより、指揮者みたいだな」


ガブが肉のカーテンを見上げて言う。


「ふふ、いい表現ね。世界のリズムに合わせるのよ」


そうして作業を続けること、丸二日。私たちはひたすら肉を切り、塩を揉み込み、吊るし、精霊に乾燥をお願いする作業を繰り返した。ガブの手際の良さと、私の精霊魔法の効率化が噛み合いすぎた結果――。


「作りすぎたわね」


私は呆然と周囲を見渡した。洞窟の天井という天井、壁という壁に、びっしりと干し肉がぶら下がっている。まるで鍾乳洞の鍾乳石のように、茶色く縮んだ肉が所狭しと並んでいた。


「あはは!肉の森だ!どこを見ても肉だぞ!」


ガブは大喜びで、ぶら下がっている肉の一つをちぎってかじった。


「んーッ!硬いけど、噛めば噛むほど味が染み出してくる!最高だ!」

「いや、最高なのはいいけど……これ、春までに食べきれるの?」


目算で数百キロはある。いくら大食らいのガブと一緒でも、毎食こればかり食べるのは精神的にきついかもしれない。


「ガブ、あなたのおやつは当分これよ」

「おう!望むところだ!」

「スープの具もこれ、炒め物もこれ、そのまま齧るのもこれよ?」

「夢のような生活だな!」


ゴブリンのポジティブさには勝てない。まあ、食料不足で死ぬよりは、食料過多で悩むほうが数百倍マシだ。


「ありがとう、風の精霊さん、火の精霊さん。おかげで良い保存食ができたわ」


私が感謝を込めて魔力を放つと、精霊たちは満足げに空気中へ溶けていった。以前のような一方的な命令ではなく、感謝で終わる魔法。それによって、洞窟内の「気」が良くなっているのを感じる。ここは、守られた場所になりつつある。


「さて……」


私はかまどの前の特等席(毛皮の上)に座り込んだ。肉の処理は終わった。掃除も終わった。薪もまだ十分にある。


ふと、静寂が訪れた。外の吹雪の音だけが、遠くのBGMのように響いている。


「あれ?」


私は気づいてしまった。


「やることがない」


今まで、旅、戦闘、逃亡、また旅と、息つく暇もない日々だった。拠点作りも必死だった。でも今、衣食住の全てが安定してしまった。


「ガブ、何かすることある?」


私が尋ねると、ガブは干し肉を齧りながら首をかしげた。


「んー、腹一杯だし、暖かいし、眠いな」


そう、これが「冬ごもり」。命がけの暇つぶしの始まりだった。


160:暇を持て余す


3日目。外は相変わらずのホワイトアウト。一歩も出られない。洞窟の中は快適だ。暖かく、干し肉の香ばしい匂いが漂い、お腹も満たされている。


私は毛皮の上で膝を抱え、ぼんやりとかまどの炎を見つめていた。炎の中には、小さな火の精霊(サラマンダーの幼体のような姿)がパチパチと跳ねている。


(あ、今あくびした)


精霊が見えるようになったのは良いことだが、彼らを観察するくらいしかやることがない。


「リゼー」


隣で大の字になっていたガブが、だらけた声を出した。


「なーにー」


私も覇気のない声で返す。


「暇だ」

「知ってる」


ガブがゴロゴロと転がり、私の膝に頭を乗せてきた。以前なら「重い!」と退けていたかもしれないが、今は湯たんぽ代わりとして受け入れている。それに、彼の緑色の顔を逆さまから見下ろすのも、ちょっとした暇つぶしだ。


「ねぇガブ。ゴブリンって冬の間は何してるの?」

「んー?巣穴の奥で、みんなで固まって寝てるぞ。起きたら貯めておいた芋とか食べて、また寝る。春になるまでその繰り返しだ」

「究極のエコライフね」


人間である私は、そこまで惰眠を貪る能力が備わっていないらしい。脳が刺激を求めている。


「本も読み終わっちゃったし……」


手持ちの魔導書やエルフの里でもらった書物は、もう暗記するほど読んでしまった。魔法の練習をしようにも、狭い洞窟内で派手なことはできない。かといって、繊細な魔力操作の練習(例えば、指先で小さな光の球をあやとりのように操るなど)も、2時間で飽きてしまった。


「なんか面白い話してくれよ、リゼ」


ガブが私の顔を見上げてねだる。


「面白い話?うーん……アカデミー時代の失敗談とか?」

「おっ、聞きたい!」

「昔、錬金術の授業でね、『金の卵を産むニワトリ』を作ろうとした生徒がいたの」

「すげぇ!できたのか?」

「いいえ。爆発して、教室中が羽毛だらけになったわ。先生のアフロヘアにヒヨコが埋まってて、みんな笑うのを堪えるのに必死だった」

「ギャハハ!リゼの学校、楽しそうだな!」


ガブが笑うと、お腹が波打って私の膝が揺れる。つられて私も笑った。5分で話が終わってしまった。

再び訪れる沈黙。チロチロと燃える炎の音。


これはまずい。人間、暇すぎるとろくなことを考えない。過去の後悔や、未来への不安が頭をもたげてくるのだ。「本当に春は来るのか」「王都の追手はどうなったのか」「私の研究成果はまだ残っているのか」――。


思考の沼に沈みそうになった時、ガブがガバッと起き上がった。


「リゼ!服!」

「へ?」

「服だよ!リゼの服、穴空いてるぞ。オレのズボンもボロボロだ」


言われてみれば、私のローブは度重なる冒険で裾が擦り切れ、あちこちほつれている。ガブの装備に至っては、もはや「布の集合体」と呼ぶのがふさわしい惨状だ。


「そうね。裁縫なら、暇つぶしになるし実益もあるわ」


私はリュックの底を漁った。携帯用の裁縫セット(針と糸)がある。そして材料なら、ここにある。

私は壁に吊るされた干し肉の奥、乾燥させていた大雪熊の毛皮を見やった。まだなめしが完全ではないが、部分的に使えば補修や防寒具の強化ができるはずだ。


「よし、家庭科の時間よ、ガブ」


私は教師のような顔をした。


「あなたのそのボロ布、私がリメイクしてあげる。いいえ、あなたもやるのよ」

「えっ、オレも!?針なんて持ったら指に刺さるぞ!」

「大丈夫。剣より軽いし、魔物より大人しいわ」


私は針に糸を通し、切れた魔力の糸を繋ぐように、集中力を高めた。目の前に、やるべきことができた。それだけで、心が少し軽くなる。長い冬はまだ始まったばかり。退屈という魔物との戦いは、これからが本番だ。

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