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旅の友に選んだのはゴブリンでした  作者: 竜神
第3章:迷いの森と忘れられた種族

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EP50

147:光の出口


巨大な鉄格子の隙間から差し込む光は、私たちの網膜を焼くほどに眩しかった。何日も――あるいは何十時間も――完全な闇の中で過ごしてきた目には、その白い輝きは暴力的なまでに鮮烈だった。


「うわっ、まぶしっ!」


ガブが両手で目を覆い、後ずさる。


「目が、目がチカチカするぞ!なんだこれ、太陽か!?」

「ええ、太陽よ。本物の、お日様……」


私も目を細め、涙をにじませながら光の方へ歩み寄った。杖の先から放たれる魔法の光とは違う。圧倒的な熱量と生命力を含んだ、地上の光だ。


私たちは、ドワーフのトンネルの排気口と思われる場所に立っていた。直径3メートルほどの円形のトンネルの終端には、頑丈な鉄格子がめ込まれている。格子の向こう側からは、猛烈な冷気が吹き込んでいた。


「寒いな……。ここ、冷蔵庫の中か?」


ガブが身震いする。彼のエメラルド色の肌には鳥肌が立ち、吐く息は真っ白に染まっている。


「外気が入ってきてるのよ。さあ、ここから出ましょう」


私は鉄格子に近づき、錆びついたロック機構を調べた。先ほどのメンテナンスハッチ同様、ここも長年使われていないようだ。


「ガブ、ここを持って。私が魔法で錆を浮かせたら、思いっきり押して」

「任せろ!外に出られるなら、鉄だってへし曲げてやる!」


ガブが鉄格子に張り付く。私は格子の蝶番ちょうつがいに手を当て、魔力を流し込んだ。


(土の精霊さん、鉄の精霊さん。固く閉ざされた時間を動かして)


ギギギ……パキパキッ。凍りついた錆が剥がれ落ちる音がする。


「今よ!」

「うらぁあああッ!!」


ガブが全身の筋肉を躍動させ、格子を押し込んだ。ドォン!重厚な金属音が響き、鉄格子が外側へと弾け飛んだ。


ヒュオオオオオオ!瞬間、さらに凄まじい風が吹き荒れ、私たちを迎え撃った。


「うおっと!」


ガブがたたらを踏む。私も『精霊の外套』のフードを押さえながら、開かれた出口へと歩を進めた。

一歩、外へ踏み出す。足元の感覚が変わった。硬い金属の床から、シャリッという感触へ。

視界が白く染まる。私たちは、切り立った断崖の中腹にある、小さな岩棚のような場所に出ていた。背後には今までいた山脈の岩肌がそびえ立ち、頭上には突き抜けるような青空が広がっている。


「出た……出たぞー!!」


ガブが空に向かって拳を突き上げた。


「空だ!青いぞ!天井がないぞ!」


彼は子供のようにはしゃぎ回り、積もっていた雪を蹴り上げた。その無邪気な姿を見て、私の胸にも達成感が込み上げてくる。あの暗闇の行軍、コウモリのシチュー、地下湖の怪物、そして崩落。数々の困難を乗り越え、私たちは再び太陽の下へ帰ってきたのだ。


「深呼吸しましょう、ガブ」


私は胸いっぱいに空気を吸い込んだ。肺が凍りつきそうなほど冷たいが、カビや鉄錆の匂いはもうしない。澄み切った、冬の匂いだ。


「すーっ、はーっ!」


ガブも大きく深呼吸をし、そして盛大にくしゃみをした。


「へくちっ!なんか、鼻の奥がツンとするな」

「ふふ、それが冬の空気よ」


私は岩棚のふちに立ち、眼下に広がる景色を見下ろそうとした。エルフの長老が言っていた。トンネルを抜けた先には、ドワーフの里すら寄せ付けない、極寒の地が広がっていると。


「ガブ、見て」

「ん?なんだ?」


ガブも私の隣に並ぶ。そして私たちは、息を呑んだ。そこに広がっていたのは、単なる雪山ではなかった。


世界そのものが、白一色に染め上げられていたのだ。

太陽の光を反射して、宝石のようにキラキラと輝く大地。どこまでも続く白銀の平原。遠くに見える針葉樹の森も、凍てつく川も、すべてが雪と氷に覆われている。


「すげぇ」


ガブがぽかんと口を開けた。


「リゼ、これ全部、砂糖か?」

「違うわよ。全部、雪。凍った水よ」

「全部!?こんなに!?」


ガブは信じられないといった顔で、手近な雪を掴んで口に入れた。


「つめたっ!味しない!やっぱり砂糖じゃない!」


がっかりするガブを見て、私は思わず吹き出した。でも、その笑顔もすぐに引き締まったものに変わる。美しい。けれど、ここは死の世界だ。生物の気配が希薄で、風の音だけが支配する場所。


「ここが『北の雪原』……。私たちの新しい旅の舞台ね」


太陽は高く昇っているが、気温は氷点下だろう。私の『精霊の外套』は微かな熱を発して守ってくれているが、それでも手足の先がジンジンと痛む。ガブの『鉄木の胸当て』も防寒性は高いはずだが、露出している緑色の肌が心配だ。


「寒い……けど、綺麗だな」


ガブが目を細めて言った。


「オレ、こんな景色初めて見た。洞窟の中じゃ、絶対に見られないやつだ」

「ええ。絶景ね」


私たちは光の出口に立ち、しばらくその圧倒的な白の世界に見とれていた。過去のしがらみも、追手の影も、この純白の前では些細なことに思える。ここにあるのは、厳しい自然と、私たち二人だけ。


「さあ、行きましょうか」


私は杖を握り直した。


「見とれていると凍っちゃうわ。まずは山を降りて、安全な場所を探さないと」

「おう!雪合戦しながら行こうぜ!」

「そんな体力、残しておきなさいよ」


私たちは岩棚から続く、細い獣道を降り始めた。光の出口を背にして、未知なる白銀の世界へ。新たな季節が始まろうとしていた。


148:雪原の絶景


山の中腹から雪原へと降りる道は、膝まで埋まるほどの積雪だった。ザクッ、ザクッ。一歩進むごとに、乾いた雪が音を立てる。


「うわぁ、歩きにくい!」


ガブが足をバタバタさせる。彼の短い足では、深い雪は沼のように厄介だ。


「リゼ、オレが埋もれたら掘り出してくれよ?」

「ええ。目印に耳だけ出しといてね」


私は冗談を返しつつ、周囲を警戒した。

見渡す限りの銀世界。『雪原の絶景』という言葉に嘘偽りはない。空の青と、雪の白のコントラストは、絵画のように鮮やかだ。空気中の水分が凍って舞う『ダイヤモンドダスト』が、太陽の光を受けて虹色にきらめいている。


王都やアカデミーで見た冬景色とは、スケールが違う。あちらは「町に雪が降った」という風情だが、ここは「雪が世界を支配している」という威圧感がある。


「綺麗だけど……寂しい場所だな」


ガブがポツリと言った。


「虫もいない、鳥の声もしない。世界中、オレたちだけになったみたい」

「そうね。冬眠の季節だから、動物たちは隠れているのかも」


私は地図を広げようとしたが、風が強くてうまく開けない。それに、この一面の雪景色では、地図上のランドマークを見つけるのも困難だ。


「寒い……」


ガブが両腕をさすり始めた。彼の装備は胸当てとズボン、それに私のあげたボロ布のマントだけだ。毛皮を持たないゴブリンにとって、この寒さは致命的かもしれない。


「ガブ、こっちへ来て」


私は自分の『精霊の外套』の前を開き、ガブを招いた。


「え?いいのか?」

「くっついて歩いた方が温かいわ。遭難しないための知恵よ」


ガブは遠慮がちに、私の外套の中に入ってきた。彼の体温が伝わってくる。思ったよりも冷え切っている。私は外套ごと彼を包み込むようにして歩いた。


「あったかい……。リゼ、いい匂いがする」

「変なこと言わないで。歩くわよ」


二人の足跡が、真っ白な雪原に一本の線を描いていく。後ろを振り返ると、私たちが抜けてきた山脈が、巨大な壁のように立ちはだかっていた。あそこに戻ることはできない。前へ進むしかない。

しかし、進んでも進んでも、景色は変わらなかった。白、白、白。方向感覚が麻痺しそうだ。


「リゼ、なんかあっちに黒い点が見えるぞ」


ガブが外套の隙間から指差した。目を凝らすと、遠くの雪原の中に、岩場のような、あるいは森の入り口のような影が見える。


「行ってみましょう。風除けになる場所かもしれない」


私たちは黒い点を目指して歩き続けた。日が傾き始め、空が茜色から紫色へとグラデーションを描き始める。それと同時に、気温が急激に下がり始めた。夕焼けの美しさに感動する余裕すら奪われるほどの、骨まで凍る寒気だ。


ようやくたどり着いたその場所は、針葉樹の森のへりにある、小さな岩山だった。岩肌が露出し、風によって雪が吹き払われている。


「ここは……」


私は岩山の根元に、ぽっかりと空いた穴を見つけた。自然の洞窟だ。入り口は狭いが、中はそれなりの広さがありそうだ。


「家だ!リゼ、家があるぞ!」


ガブが飛び出して、穴の中を覗き込む。


「誰もいない!熊もいないぞ!」


私は安堵のため息をついた。今日はもう、これ以上進めない。野宿をすれば凍死する。この洞窟は、天からの贈り物だ。


「今夜はここで過ごしましょう。いいえ、今夜だけじゃないかも」


私は空を見上げた。厚い雲が垂れ込め始めている。エルフの里で学んだ気象の知識が告げている。大吹雪が来る。この雪原を無理に横断しようとすれば、命を落とすだろう。


「ガブ、私たちはここで『冬越え』をする必要があるわ」

「ふゆごえ?」


ガブがキョトンとする。


「そう。春が来るまで、この洞窟で暮らすの。移動するのは危険すぎる」


私は決意を込めて言った。それは、冒険の一時停止を意味する。けれど、それは決して後退ではない。生きるための、勇気ある停滞だ。


「ここで暮らすのか……」


ガブは洞窟の中を見回し、そしてニカっと笑った。


「面白そうだ!リゼと二人で秘密基地ごっこだな!」

「ごっこ遊びじゃないけど……まあ、そんなものね」


太陽が沈み、世界が青黒い闇に包まれていく。星が瞬き始める。凍てつく空の下、私たちは小さな洞窟という「城」を手に入れた。


ここから始まるのは、剣と魔法の激しい戦いではない。寒さと飢え、そして退屈と戦いながら、互いの温もりを確かめ合う日々。静かで温かい、二人の冬が始まろうとしていた。

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