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旅の友に選んだのはゴブリンでした  作者: 竜神
第3章:迷いの森と忘れられた種族

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EP47

138:新しい地図


エルフの里を出て半日。私たちは東へと続く深い森の中を歩いていた。道と呼べるものはなく、獣道すらない原生林だ。足元は苔むした巨木の根と、堆積した落ち葉でフカフカしているが、油断すると足を取られる。


「リゼ、こっち。地面、硬い」


先頭を行くガブが、手招きした。彼は新しい装備――『鉄木の胸当て』を身につけ、足取りも軽い。緑色の鎧は森の風景に溶け込み、まるで彼自身が森の一部になったようだ。


「ありがとう、ガブ」


私は杖をつきながら、彼の選んだルートを進む。そして、休憩がてら倒木に腰掛け、長老から貰った巻物を広げた。


「これが『新しい地図』ね……」


羊皮紙に描かれた地図は、私が王立アカデミーで見ていた地理図とは全く違っていた。人間の地図は、国境線や都市の位置が中心だ。そこには「誰の領土か」という政治的な意図が含まれている。しかし、エルフの地図は違う。描かれているのは「マナの流れ」「水源」「植生の変化」、そして「危険地帯」。自然そのものの姿だ。


「ここが『迷いの森』の東端。そしてこの先にあるのが……」


指先でなぞる。森を抜けた先に描かれているのは、のこぎりの歯のように険しい山脈の絵。『北嶺山脈・東部』。ドワーフたちが住まう岩と鉄の領域だ。


「ガブ、見て。ここを通るわ」


私は地図上の赤い印を指した。


「山を越えるのは無理よ。標高が高すぎるし、飛竜ワイバーンの巣があるって書いてある。だから、この山の下を掘られた『トンネル』を通るの」


「トンネル?穴か?」


ガブが私の肩越しに地図を覗き込む。


「うん。ドワーフっていう、背は低いけど力持ちで、穴掘りが上手な種族が作った地下道よ。これを抜ければ、向こう側の雪原に出られる」


「へぇー。モグラみたいだな」


ガブは興味津々だ。

しかし、地図には注意書きがあった。古代エルフ語の流麗な文字で、『崩落注意』『ぬしあり』と記されている。


「でも、この地図も数百年前のものかもしれないわ。地形が変わっている可能性がある」


私は顔を上げた。


「地図はガイドだけど、答えじゃない。現場の判断が大事よ」


その時だった。ガブがピクリと耳を動かし、鼻をヒクつかせた。


「リゼ、地図しまって」


声のトーンが変わる。戦闘モードだ。


「何か来る。デカい。木の上だ」


私も即座に『真実の眼』を発動させる。頭上、鬱蒼とした枝葉の間に、赤い殺気が揺らめいているのが見えた。通常の野生動物ではない。魔力を帯びた捕食者だ。


バササッ!巨大な影が降ってきた。


大猿ジャイアント・エイプ』だ。体長は3メートル近い。長い腕で枝にぶら下がり、私たちを奇襲してきたのだ。


「グルァァッ!」


大猿が太い腕を振り下ろす。


「遅い!」


ガブが反応した。彼は正面から受け止めるのではなく、低い姿勢で懐に飛び込んだ。新しい鎧は軽く、彼の俊敏さを殺さない。


ドスッ!ガブの棍棒が、大猿の鳩尾みぞおちに突き刺さる。


「グッ!」


巨体が怯んだ隙に、私が動く。


(風の精霊さん、お願い!あいつを吹き飛ばして!)


私が視線を送ると、周囲の緑色の光の粒が集まり、突風となって大猿を打ち上げた。

ドォーン!大猿は数メートル吹き飛び、背後の木に激突して気絶した。


「ふぅ……」


私は杖を下ろした。地図には「比較的安全な獣道」と書いてあった場所だ。やはり、情報は古くなっている。


「ガブ、怪我はない?」

「おう!この鎧、いいぞ。猿の爪が少しかすったけど、傷つかない!」


ガブは胸当てをコンコンと叩いて自慢げだ。

私は改めて地図を見た。そこには、今の大猿の巣など書かれていない。頼れるのは、古びた羊皮紙の情報よりも、隣にいる相棒の「鼻」と、私の「目」だ。


「地図はあくまで参考程度にしましょう。頼りになるのは、あなたの勘よ」

「任せとけ。オレの鼻は、どんな地図より正確だぞ」


私たちは顔を見合わせ、再び歩き出した。新しい地図は、冒険の始まりを告げる招待状に過ぎない。本当の道は、自分たちの足で切り開くものなのだ。


139:亜人の交易路


森を抜け、視界が開けた。目の前には、空を突き刺すような灰色の岩山がそびえ立っていた。北嶺山脈だ。以前越えた場所よりもさらに険しく、岩肌が露出している。


そのふもとに、一本の古びた道が続いていた。石畳で舗装されているが、所々ひび割れ、雑草が生い茂っている。これが、地図に記されていた『亜人の交易路』だ。


「これ、道か?」


ガブが石畳を足でつついた。


「石が敷いてある。誰かが作ったんだな」

「ええ。昔、人間と亜人の仲が良かった頃、ここはたくさんの商人や旅人で賑わっていたそうよ」


私は、道端に転がっている朽ちた看板を見た。辛うじて読める文字で『←ドワーフの鉄エルフの薬→』と書かれている。


かつて、ドワーフは自慢の武具を、エルフは秘薬を、獣人は毛皮を持ち寄り、ここを行き交っていたのだ。今はもう、風が吹くだけの廃道だが。


「ねえ、ガブ。想像してみて」


私は歩きながら言った。


「ここを、あなたみたいなゴブリンや、背の低いドワーフ、獣の耳をした人たちが、大きな荷車を引いて歩いていたのよ」

「オレみたいなやつも?」


ガブがキョロキョロと周囲を見る。


「ゴブリンも、商売してたのか?」

「ええ、きっとね。ゴブリンは手先が器用だから、細工物を売っていたかもしれないわ」


ガブは少し嬉しそうに、鼻を鳴らした。


「そっか。ここ、なんか懐かしい匂いがする気がする」


彼は石畳にしゃがみ込み、指で表面を撫でた。何百年も前の同族の足跡を、感じ取ろうとしているのかもしれない。


私たちは交易路を登っていった。道中には、かつての休憩所跡や、崩れた見張り塔などが点在していた。どれも風化し、自然に還りつつある。それがかえって、「かつてここに文明があった」という哀愁を誘う。


「あ、何かある」


ガブが瓦礫がれきの山を指差した。近づいてみると、半分土に埋もれた金属製の車輪だった。錆びついているが、作りは精巧だ。ドワーフの仕事だろう。


「重い……」


ガブが持ち上げようとしたが、びくともしない。


「これ、鉄の塊だ。こんなの運んでたのか?すっげー力持ちだな」

「ドワーフは頑固で力持ちって有名よ。それに、お酒が大好き」

「お酒!?」


ガブが反応した。昨日の蜂蜜酒の味を思い出したのだろう。


「ドワーフ、いいやつかも!会えるかな?」

「どうかしら。今は人間との交流を絶っているし、気難しい種族だから……。でも、このトンネルを通るなら、彼らの遺産にお邪魔することになるわね」


日が傾き、山影が長く伸びてきた。風が冷たくなり始める。山の天気は変わりやすい。私たちは急いで、今夜の野営地を探さなければならなかった。


「リゼ、あそこ。岩陰がある」


ガブが見つけたのは、かつての関所跡と思われる石造りの建物の残骸だった。屋根は半分落ちているが、風除けにはなる。


「今日はここで休みましょう。トンネルの入り口は、もう少し先よ」


焚き火を起こし、簡単な夕食をとる。静かな夜。時折、遠くで狼の遠吠えが聞こえるが、この廃墟には誰も来ない。


「昔の人たちも、ここで焚き火をしたのかな」


ガブが炎を見つめて言った。


「いろんな種族が、一緒に飯食って、笑ってたのかな」

「きっとそうよ。私たちみたいにね」


私はスープをすすりながら言った。

亜人の交易路。そこは、種族の壁を超えて交流していた時代の名残。私とガブの旅は、まるでその時代を二人だけで再現しているようだ。


「よし、寝よう。明日はトンネルだ」


ガブが毛布にくるまる。


「モグラの穴、楽しみだなぁ」


私は『精霊の外套』をかぶり直した。この外套のおかげで、夜風の冷たさも気にならない。エルフの贈り物に感謝しつつ、私も目を閉じた。


140:ドワーフのトンネル


翌朝、私たちは交易路の終点に到着した。そこは行き止まりの絶壁だった。高さ数百メートルの垂直な岩壁が、行く手を阻んでいる。


「道、なくなったぞ?」


ガブが壁をペタペタと触る。


「これ、登るのか?無理だぞ」

「違うわ。地図によれば……」


私は地図を広げ、岩壁の形状と照らし合わせた。


「『双子の岩の間、大地に眠る巨人の口を探せ』……ここね」


私は、岩壁の下部に不自然に積まれた岩の山を指差した。一見すると崖崩れの跡に見えるが、『真実の眼』で見ると、微かな魔力の流れがある。これはカモフラージュだ。


「ガブ、あの岩をどかしてみて」

「おう!」


ガブが一番大きな岩に手をかけ、力を込める。


「んぐぐ……ふんっ!」


ゴロリ。岩が動くと、その奥から冷たい風がヒュオッと吹き出してきた。

そこには、巨大な金属製の扉が隠されていた。表面には幾何学模様の彫刻が施され、重厚な存在感を放っている。ドワーフのトンネルの入り口だ。


「すっげー!隠し扉だ!」


ガブが興奮して扉を叩く。カーン、と硬く重い音が響く。


「開きそう?」

「ダメだ。鍵がかかってるみたいに動かない。錆びてる」


無理もない。数百年開けられていない扉だ。私は扉の彫刻を観察した。中央に、六角形のくぼみがある。そして、その周りに古代ドワーフ語で文字が刻まれている。


『友には酒を。敵には鉄槌を。大地を愛する者のみ、ここを通るべし』


「合言葉……ではないわね。鍵が必要みたい」


でも、鍵なんて持っていない。

困った。ここまで来て引き返すわけにはいかない。私は窪みをじっと見た。六角形。何かをはめ込む形。


「あ」


私は思い出した。道中でガブが拾っていた、あの車輪の近くにあったもの。


「ガブ、昨日拾った『変な形の石』、持ってる?」

「ん?これか?」


ガブがポケットから取り出したのは、六角柱の形をした黒い石だった。彼は「形が面白いから」と言って拾っていたのだ。


「それよ!貸して!」


私は石を受け取り、扉の窪みに押し込んだ。

カチッ。完璧にはまった。これはただの石ではなく、交易路の通行許可証のようなものだったのかもしれない。


ゴゴゴゴゴ!地響きと共に、巨大な扉がゆっくりと内側へ開き始めた。ほこりが舞い、カビと鉄の匂いが漂ってくる。


扉の向こうは、完全な闇だった。光の届かない、地底への入り口。


「開いた……」


ガブがごくりと喉を鳴らす。


「中、真っ暗だ。何も見えない」

「ドワーフのトンネルよ。彼らは夜目が効くから、明かりは最小限なの」


私は杖を掲げた。


(光の精霊さん、お願い。私たちの足元を照らして)


ポウッ。杖先に灯った光が、トンネルの内部を照らし出す。床には錆びついたレールが敷かれ、天井はアーチ状に組まれた石材で支えられている。エルフの森のような有機的な美しさとは違う、無骨で機能美に溢れた人工空間。


「広いな……馬車がすれ違えるくらいあるぞ」


ガブが中へ一歩踏み出す。コツン、と足音が反響し、吸い込まれていく。


「行くわよ、ガブ。このトンネルを抜ければ、雪原よ」

「おう。お化け、出ないといいけどな」


私たちは暗闇の口へと飲み込まれるように、トンネルの中へと進んでいった。背後で、扉がギギギ……と音を立てて閉まり始めた。もう後戻りはできない。


ここからは、太陽のない世界。『暗闇の行軍』の始まりだ。

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