EP43
126:森の祭り
「というわけで、東の森の調査は明日以降だ」
ファレル隊長は弓を下ろし、少しだけ表情を緩めた。
「今夜は、里を挙げての『蘇生祭』だ。世界樹の回復と、お前たちの功績を祝う宴が開かれる。長老からの厳命だ。『若者たちを休ませよ』とな」
「お祭り!?」
ガブが目を輝かせた。
「美味しいもの、あるか?肉とか、甘い果物とか!」
「ああ、山ほどある。エルフの里の貯蔵庫を開放するからな」
「やったー!リゼ、聞いたか?ご馳走だぞ!」
ガブは私の周りをぴょんぴょんと飛び跳ねた。私も思わず微笑んだ。地下での死闘、そして厳しい修行。張り詰めていた糸を、少しだけ緩めてもいい頃合いかもしれない。
里に戻ると、すでに準備が始まっていた。普段は静謐なエルフの里が、今日ばかりは賑やかだ。空中回廊には色とりどりの花が飾られ、広場からは香ばしい香りが漂ってくる。
「リゼ、オレも手伝う!」
ガブはじっとしていられないらしく、重い酒樽を運んでいたエルフの男性に駆け寄った。
「貸してくれ!オレ、力持ちだぞ!」
「お、おお、助かるよガブリエル殿」
ガブは自分の体ほどもある樽を軽々と担ぎ上げ、指定された場所へと運んでいく。その背中には、もう「よそ者」への冷ややかな視線は注がれていない。あるのは感謝と、驚嘆の眼差しだ。
私は、広場の装飾を手伝うことにした。私の『真実の眼』には、里中に溢れる精霊たちの姿が見えていた。光の粒(精霊)たちもまた、お祭り騒ぎに興奮しているようだ。キラキラと舞い、花飾りの周りを飛び回っている。
(ねえ、光の子たち。ここをもっと明るくできる?)
私が心の中で呼びかけると、精霊たちは「わーい!」と応えるように集まり、ランタンの火を一段と明るく灯してくれた。魔法を使って強制的に光らせるのではない。精霊たちの「楽しい」という感情が、そのまま光になっているのだ。
「美しいな」
通りかかったエルウィン長老が、目を細めて言った。
「精霊たちがこれほど喜んでいるのを見るのは、数十年ぶりだ。リゼットよ、お前の心の色が、彼らに伝播しているのかもしれんな」
「私の心、ですか?」
「うむ。お前は今、心から安らいでいる。それが森全体を温めているのだ」
私は自分の胸に手を当てた。かつて父の屋敷で開かれた夜会は、豪華だが冷たかった。そこには虚飾とマウントの取り合いしかなかった。でも、ここは違う。誰もが世界樹の回復を純粋に喜び、隣人と笑い合っている。
「リゼーッ!見てくれ!」
遠くからガブの声がした。見ると、彼は広場の中央で、子供たちに囲まれて何か芸を披露している。三つの木の実を同時にお手玉しながら、尻尾を振って踊っているのだ。
「あはは!ガブお兄ちゃん、すごい!」
「もっと高く投げて!」
エルフの子供たちが歓声を上げている。
かつて石を投げられた子供たちと、今は笑い合っている。その光景を見て、私の目頭が少し熱くなった。
「いい祭りになりそうです、長老」
「ああ。種族の壁を超えた、真の『蘇生』の祭りにな」
夕暮れが迫り、世界樹の枝が黄金色に染まる頃。宴の始まりを告げる角笛が、森に響き渡った。
127:奇妙な踊り
日が沈むと、里は幻想的な光に包まれた。発光する苔と、精霊たちの光が混ざり合い、まるで星空の中にいるようだ。
広場の中央では焚き火が焚かれ、エルフの楽団が竪琴や笛を奏で始めた。流れるような旋律。水のせせらぎのように繊細で、風のように優雅な音楽。
エルフたちが輪になり、踊り始めた。それは舞踏というより、祈りの儀式に近かった。静かに手を合わせ、音もなくステップを踏み、月光を浴びて銀髪をなびかせる。
「きれい」
ガブが、山盛りの料理を頬張りながら見惚れている。
「みんな、フワフワしてる。蝶々みたいだ」
「エルフの伝統舞踊よ。歴史と感謝を表現しているの」
私が説明していると、一人のエルフの少女がガブに近づいてきた。
「英雄ガブリエル様、一緒に踊りませんか?」
「ぶっ!」
ガブは驚いて食べかけのパンを喉に詰まらせかけた。
「オ、オレ!?無理無理!オレ、あんなヒラヒラした動きできないぞ。足、短いし!」
「大丈夫です。心で踊ればいいんです」
少女に手を引かれ、ガブはしぶしぶ輪の中へ。
しかし、予想通りだった。エルフの繊細なリズムに、ガブの野性的な動きはどうしても合わない。ワンテンポ遅れたり、逆に早すぎたり。ドタッ、バタッ。彼の足音が大きく響き、優雅な雰囲気を壊してしまう。
周囲のエルフたちが、悪気はないものの、困ったような苦笑いを浮かべる。ガブの耳が赤くなる。彼は動きを止め、小さくなってしまった。
「やっぱ、ダメだ。オレ、ゴブリンだもん。優雅じゃない」
彼はうつむき、輪から抜けようとした。
その時。私は食べたばかりの肉串を置き、立ち上がった。ここで彼を惨めな気持ちにさせてはいけない。私たちは「最強のコンビ」なのだから。
「待って、ガブ!」
私は輪の中に飛び込み、ガブの手を掴んだ。
「エルフの踊りができないなら、ガブの踊りをすればいいじゃない!」
「え?オレの踊り?」
「そうよ!地下迷宮で、虫を追い払った時の動き!勝利の舞よ!」
私は冒険者服の裾をつまみ、大きく足踏みをした。ドン!ドン!パッ!足を踏み鳴らし、手を叩く。繊細さのかけらもない、土臭いリズム。
ガブの目が輝いた。それなら知ってる。ゴブリンの宴のリズムだ。
「おう!わかった!」
ガブがニカっと笑い、私のリズムに合わせた。
『ドンドコ、ドンドコ!』
『ウホッ、ウホッ!』
膝を高く上げ、腰を落とし、大地を踏みしめる。エルフの踊りが「空」なら、ガブの踊りは「土」だ。野暮ったくて、騒がしくて、でも生命力に溢れている。
最初は呆気にとられていた楽団の人たちが、面白がってリズムを変えた。太鼓の音が加わり、テンポが速くなる。竪琴の旋律が、情熱的なものに変わっていく。
「なんだ、あの動きは!」
ファレル隊長が吹き出した。
「まるで酔っ払った熊だが……楽しそうだ!」
「ファレルも来いよ!」
ガブがファレルの腕を引っ張り込んだ。
一人、また一人と、エルフたちが私たちの「奇妙な踊り」に参加し始めた。優雅な仮面を脱ぎ捨て、笑いながら大地を踏み鳴らす。種族の違いも、文化の違いも、汗と笑い声の中に溶けていく。
「あははは!リゼ、楽しいな!」
ガブが私の手を取り、くるくると回る。
「ええ、最高よ!」
私の周りでは、精霊たちも一緒になって踊り狂っていた。光の粒が乱舞し、祭りの夜を極彩色に彩っていく。それは、この世界で一番自由で、美しい光景だった。
128:蜂蜜酒の味
祭りの喧騒が落ち着き、焚き火が熾火になる頃。私とガブは、広場の端にある大きな切り株に腰掛けていた。踊り疲れてクタクタだが、心地よい疲労感だ。
「ふぅ。食った、踊った」
ガブがお腹をさすっている。
「エルフの祭り、悪くないな」
「そうね。一生の思い出になりそう」
そこへ、エルウィン長老がやってきた。手には、二つの木彫りのカップを持っている。
「若き英雄たちよ。これを」
差し出されたカップからは、甘く濃厚な香りが立ち上っていた。
「これは?」
「『蜂蜜酒』だ。森の蜜蜂が集めた蜜を、長い年月をかけて発酵させたもの。本来は成人の儀式で飲むものだが、今夜は特別だ」
私はカップを受け取った。ガブも興味津々で鼻を近づける。
「甘い匂いする。これ、ジュースか?」
「お酒よ、ガブ。飲みすぎないようにね」
一口飲むと、口の中に花畑が広がったような衝撃が走った。濃厚な甘みと、その奥にある華やかな香り。喉を通るとカッと熱くなり、胃の腑に落ちていく。
「おいしい!」
公爵家で飲まされた、渋くて気取ったワインとは別物だ。これは生命の味がする。
「オレも飲む!」
ガブが勢いよくあおった。ゴクッ、ゴクッ。
「ぷはぁっ!」
ガブが顔をしかめ、それからトロリとした笑顔になった。
「あまーい!でも、喉が焼ける!お腹の中がポカポカするぞ!」
案の定、すぐにガブの顔が真っ赤になった。ゴブリンはアルコール耐性がないらしい。彼はフニャフニャと笑い出し、私の肩に頭を預けてきた。
「リゼぇ……オレ、幸せだなぁ」
ガブが呂律の回らない声で呟く。
「美味しいもの食べて、踊って、みんなに『ありがとう』って言われて……。オレ、ゴブリンなのに。嫌われ者だったのに」
「ガブ……」
「リゼのおかげだ。リゼが拾ってくれたから。リゼが名前くれたから……へへへ」
彼は私の服の袖をギュッと握りしめたまま、幸せそうな寝息を立て始めた。
私は彼の方にブランケットを掛けてやりながら、残りの蜂蜜酒をちびりと飲んだ。甘い味が、少しだけ切なく感じる。こんなに温かい場所、ずっとここにいたいと思ってしまう。
でも、ファレル隊長の言葉を思い出す。
『里の東側……精霊たちが怯えている』
この平和な祭りの裏で、森の何処かでは新たな歪みが生じている。そして私たちは、それを見過ごして旅立つことはできないだろう。なぜなら、私たちはもう、この森の「友」になってしまったのだから。
「リゼット」
ふと、背後からファレル隊長が現れた。彼も少し酔っているのか、頬が赤い。
「楽しんでくれたか?」
「ええ、とても。ありがとうございます」
「明日の朝、出発できるか?」
彼の声色が、戦士のものに戻った。
「東の森……『迷いの森』の深部だ。そこには、我らエルフも知らぬ古い遺跡があるという噂だ。精霊たちの怯えは、そこから来ている」
「はい。覚悟はできています」
私は眠るガブの頭を撫でた。
「この子が起きたら、すぐに行きます。彼もきっと、冒険の続きを待っていますから」
夜空を見上げると、満天の星。蜂蜜酒の味は、甘く、そして来るべき冒険への予感を孕んだ、大人の味がした。
エルフの里での休息は終わりだ。次は、未知なる領域への探求が始まる。




