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旅の友に選んだのはゴブリンでした  作者: 竜神
第3章:迷いの森と忘れられた種族

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EP41

120:「リゼと行く」


地下迷宮の最深部。そこにあるのは、かつて清浄な水を吸い上げていたはずの「世界樹の主根しゅこん」だった。だが今、その根には巨大な腫瘍のような塊がへばりついていた。


女王蟲クイーン・ワーム』。地下の「黒い虫」たちの母体であり、全ての元凶。大きさは馬車二台分ほどもある。ブヨブヨとした白い腹部が脈打ち、世界樹の根から直接マナを吸い取っているのだ。


「うわぁ……臭い」


ガブが鼻をつまんだ。


「腐った卵と、古い沼の匂いがする」

「ええ。世界樹の魔力が体内で変質して、毒になっているのね」


私は杖を構えた。


「あいつを倒せば、森は救われる。行くわよ、ガブ!」

「おう!」


私たちが駆け出した瞬間、女王蟲が反応した。その肥大化した腹部から、無数の「産卵管」のような触手が飛び出し、鞭のように襲いかかってきた。


ヒュンッ!バシィッ!触手が地面を叩き、岩を砕く。


「『岩壁ロック・ウォール』!」


私が防御魔法を展開するが、触手の一撃で壁にヒビが入る。魔力を吸いすぎて強化されているのだ。


「リゼ、後ろ!」


ガブが飛び込んできた。私の死角から迫っていた触手を、棍棒で叩き落とす。ベチャッ、という嫌な音がして、触手が千切れた。


「こいつ、柔らかいけど、ネバネバする!」


ガブが顔をしかめる。


「魔法で焼くわ!『火球ファイア・ボール』!」


炎の弾丸が女王蟲の本体に直撃する。しかし、表面を覆う粘液が炎をジュワッと消してしまった。


「魔法耐性の粘液!厄介ね」


私は舌打ちした。物理攻撃は弾力で吸収され、魔法攻撃は粘液で無効化される。世界樹に寄生するだけのことはある、鉄壁の守りだ。


「リゼ、あいつ、口開けた時、中が見えた」


ガブが並走しながら叫んだ。


「中は赤い。柔らかそう。そこなら効く!」

「口の中ね……でも、どうやって口を開けさせるの?あいつ、根っこに噛み付いたままよ」


女王蟲は根から離れようとしない。無理に引き剥がそうとすれば、根そのものを傷つけてしまう可能性がある。


「オレがやる」


ガブが言った。


「オレがおとりになって、あいつを怒らせる。そしたら、きっと口を開けて噛みついてくる」

「危険すぎるわ!もし捕まったら」

「平気。オレ、すばしっこいから」


ガブはニカっと笑うと、私の返事も待たずに飛び出した。

彼は触手の雨をかいくぐり、女王蟲の目の前(複眼があるあたり)まで肉薄した。そして、棍棒でバンバンと盾を叩き、挑発した。


「おい!デブ虫!こっち見ろ!」


ガブは、拾った石ころを投げつけた。ポスッ。石が女王蟲の顔に当たる。ダメージはないが、プライドは傷ついたようだ。


キシャアアアアッ!!女王蟲が激昂し、ついに根から口を離した。鋭い牙が並ぶ、巨大な口腔こうくうがガブに向かって開かれる。


「今だ、リゼ!」


ガブが叫ぶ。彼は逃げない。あえてギリギリまで引きつけて、私の射線を確保している。

信じてる。私が絶対に外さないと、信じている。


「合わせなさい!『雷槍サンダー・ランス』!!」


私は最大出力の雷撃を放った。青白い稲妻の槍が、一直線に空気を切り裂く。

ガブが真横にダイブして避けた直後、雷槍は女王蟲の口内へと深々と突き刺さった。


ズドオオォォォン!!体内での炸裂。粘液も外殻も関係ない。内部からの破壊だ。女王蟲は断末魔の叫びを上げ、痙攣し、やがてドサリと崩れ落ちた。

黒い霧が散り、空気がふっと軽くなるのを感じた。


「やった!」


私はガブに駆け寄った。彼は粘液まみれになって倒れ込んでいたが、私を見るとサムズアップをした。


「へへっ……大成功」

「無茶するんだから、もう!」


私は彼を助け起こし、汚れた顔をハンカチで拭いた。

女王蟲が死んだことで、地下に充満していた瘴気しょうきが薄れていく。その時、天井の根の隙間から、一筋の光が差し込んできた。地上の世界樹が、回復を始めた証だ。


「終わったな」


ガブが光を見上げて言った。


「ええ。これで任務完了よ」


私は彼の横顔を見た。


「ねえ、ガブ。さっきのゴブリンたちのこと……本当に後悔してない?」


もし彼があそこで群れのボスになっていれば、今頃は安全な場所で崇められていたはずだ。こんな命がけの戦いをしなくても済んだ。


ガブはキョトンとして、それから不思議そうに言った。


「後悔?なんで?」

「だって、王様になれたのよ?」

「王様、つまんない」


ガブは即答した。


「暗い穴の中で、ずっと座ってるだけ。そんなの嫌だ」


彼は私の手を取り、光の方へと引っ張った。


「オレ、リゼと行く。リゼといると、毎日違うことが起きる。美味しいもの食べれる。見たことないもの見れる。それがいい」


『リゼと行く』。そのシンプルな言葉が、どんな契約の言葉よりも嬉しかった。


「そう。じゃあ、覚悟しなさいよ?」


私は彼の背中を叩いた。


「私の旅は、もっと大変になるわよ。世界中を敵に回すかもしれないんだから」

「望むところだ!」


ガブが笑う。


「オレたち、最強のコンビだろ?」


地下迷宮の闇を背に、私たちは光あふれる地上への帰路についた。泥だらけの二人の影が、長く伸びていた。


121:森の秘薬


地上に戻ると、そこは歓喜の渦だった。世界樹の変色はすでに止まり、枯れていた枝からは若葉が芽吹き始めていた。森全体の空気が、澄み渡ったクリスタルのように清浄になっている。


「おお……なんという奇跡だ」


入り口で待っていたファレル隊長が、震える声で言った。彼の背後には、多くのエルフたちが集まっていた。昨日まで私たちに向けていた冷たい視線は消え、今は「畏敬」と「感謝」の眼差しが注がれている。


「リゼット殿、そしてガブリエル殿」


エルウィン長老が歩み出た。


「森は救われた。全てはあなた方の勇気ある行動のおかげです」


長老が深く頭を下げると、それに続いてファレル隊長、そして里の全員が一斉に頭を下げた。エルフが、人間とゴブリンに頭を下げる。歴史的な瞬間だった。


「顔を上げてください」


私は言った。


「私たちは約束を果たしただけです」

「リゼ、みんなお辞儀してる。オレたち、すごいのか?」


ガブが小声で聞いてくる。


「ええ、すごいことしたのよ。胸を張っていいわ」


その夜、里では盛大な祝宴が開かれた。広場には数え切れないほどの果実、木の実料理、花の蜜酒が並ぶ。ガブは子供たちに囲まれていた。昨日は石を投げてきた子供たちが、今はキラキラした目でガブの冒険譚ぼうけんたんを聞いている。


「でな、オレが棍棒でバーン!って叩いたら、デカいのがドーン!って倒れたんだ!」

「すげー!ガブ強い!」

「お兄ちゃん、これ食べて!」


ガブは両手に食べ物を抱え、もごもごと幸せそうだ。その光景を見て、私はようやく肩の荷が下りた気がした。恐怖と偏見の壁は、崩れたのだ。


うたげの最中、長老が私とガブを手招きした。祭壇の奥、厳重に守られた場所から、小さなガラスの小瓶を取り出す。中には、黄金色に輝く液体が入っていた。


「これは?」

「『世界樹のしずく』。我らが『森の秘薬』と呼ぶものだ」


長老がおごそかに言った。


「百年に一度、世界樹が健康な時にだけ分泌する生命のエキス。あらゆる病を癒し、魔力を活性化させ、寿命すら延ばすと言われている」


伝説の秘薬。王侯貴族が国一つと交換しても手に入らない代物だ。


「これを、あなた方に」


長老は小瓶を二つ、私たちに差し出した。


「今回の働きへの、ささやかな礼だ」

「こんな貴重なものを……いいんですか?」

「森の命を救ってくれたのだ。これくらいでは足りぬよ」


私はありがたく受け取り、ガブにも渡した。


「ガブ、一気に飲むのよ」「うん。いい匂いする。朝の森と、蜂蜜の匂いだ」


私たちは顔を見合わせ、同時に小瓶をあおった。液体が喉を通った瞬間、体の中がカッと熱くなった。疲れが一瞬で吹き飛び、体の細胞一つ一つが目覚めるような感覚。魔力回路が拡張され、今まで感じ取れなかった微細なマナの流れまでが見えるようだ。


「うおっ!?」


ガブが自分の体を見下ろして驚いた。彼の緑色の肌が、わずかにつやを帯び、筋肉の質が引き締まったように見える。


「体が軽い!力が溢れてくる!」


ガブはその場で高くジャンプした。その跳躍力は、以前の倍以上あった。


「どうやら、ガブリエル殿の体には劇的に効いたようだな」


長老が微笑んだ。


「魔物は本能的にマナを取り込む。純粋なマナの塊であるこの雫は、彼を進化させたのかもしれん」


魔物の進化。ただのゴブリンから、知性を持つゴブリンへ。そして今、森の加護を受けた『ハイ・ゴブリン(上位種)』に近い存在へと近づいているのかもしれない。見た目は変わらないが、そのポテンシャルは計り知れない。


「リゼ、ありがとう!」


ガブが私に抱きついた。


「オレ、もっと強くなれる気がする!これなら、ずっとリゼを守れる!」


彼の体温が、以前より高く、力強く感じられた。森の秘薬は、私たちの旅に大きな恩恵をもたらしてくれたようだ。


122:魔法の修行


秘薬を飲んだ翌日から、私たちはすぐに旅立つ予定だった。しかし、長老の提案で、数日間滞在を延ばすことになった。


「せっかく魔力が高まったのだ。制御を覚えねば、暴走する恐れがある」ということで、始まったのが『魔法の修行』だ。


指導役は、あのファレル隊長だ。彼は森の奥の静かな泉のほとりに、私たちを連れてきた。


「いいか。人間の魔法は『放出』だ。己の魔力を無理やり外に出し、現象をねじ曲げる。だから強力だが、燃費が悪く、周囲への影響も大きい」


ファレルは水面を指先で触れた。波紋が広がり、それが自然と『水蛇』の形になる。


「我らエルフの魔法は『共鳴』だ。精霊スピリットに呼びかけ、力を借りる。最小の魔力で、最大の結果を生む」


私は必死にメモを取る(心の中で)。これは王立アカデミーでは教わらなかった、失われた古代魔法の神髄だ。『真実の眼』を持つ私なら、エルフの魔力循環を視覚的にコピーできる。


「リゼット、お前は筋がいい。だが、ガブリエル……」ファレルが頭を抱えた。


ガブは、座禅を組んで瞑想めいそう……しているふりをして、寝ていた。


「むにゃ……肉……」

「起きろ!この馬鹿者が!」


ファレルが小枝を投げる。


「痛っ!なんだよ、退屈だぞ!」


ガブが跳ね起きた。


「オレ、魔法使えないもん。難しい話、わかんない」


ゴブリンは基本的に魔法を使えない。魔力を持っても、それを術式に変換する脳の回路がないのだ。だから、ガブにエルフの魔法を教えるのは無理がある。


「いや、待って」


私はガブを見た。


「ガブは魔法を『使う』ことはできないけど、『感じる』ことはできるわ。さっきの秘薬で、感覚が鋭くなってるはず」


私はガブに提案した。


「ガブ、目をつぶって。私が弱い魔法を撃つから、それが『どこから来るか』当ててみて」

「えー?当たるの痛いぞ」

「大丈夫、痛くない水鉄砲程度にするわ」


特訓が始まった。私が指先から水弾を放つ。最初はガブの顔面に直撃した。


「冷たっ!」



だが、何度か繰り返すうちに、ガブの動きが変わった。放つ瞬間、耳がピクリと動き、鼻がヒクつく。そして、水弾が当たる直前に、首をヒョイと傾けて避けた。


「臭い」


ガブが言った。


「魔法が来る時、空気が焦げたみたいな、変な匂いがする。あと、肌がチリチリする」

「それだ!」


ファレルが感嘆の声を上げた。


「『魔力感知センス・マナ』!しかも、視覚に頼らない直感的な回避。これは、魔法使い殺しの才能だぞ」


ガブは魔力の高まりを「匂い」や「気配」として察知し、発動前に動くことができるようになったのだ。


「よし、ガブ。お前の修行は『避け』だ」


ファレルが熱心になった。


「私が全方位から魔法を撃つ。全て避けろ!」

「ええーっ!本気で撃つなよ!?」

「問答無用!『風のつぶて』!」


ドカッ、バシッ。


「痛い!鬼!エルフの鬼!」


ガブは悲鳴を上げながら走り回る。しかし、その動きは徐々に洗練され、獣のような野生の勘と、思考する知性が融合した、予測不能な回避運動へと進化していった。


三日後。私はエルフ流の『精霊との対話』の基礎を掴み、魔力効率が格段に上がった。そしてガブは、ファレルの放つ魔法を八割がた回避できるまでになっていた。


「認めたくないが、天才かもしれん」


ファレルが肩で息をしながら言った。


「ありがとう、ファレル先生!」


ガブは無邪気に笑い、ファレルの手を握った。

こうして、私たちは『世界樹の枝』での事件を解決し、新たな力と絆を手に入れた。装備も、ステータスも、信頼関係も、全てが一段階レベルアップしたのだ。いよいよ、次の目的地への旅立ちの時が迫っていた。


リゼとガブ。人間とゴブリンの珍道中は、まだまだ続く。

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