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旅の友に選んだのはゴブリンでした  作者: 竜神
第3章:迷いの森と忘れられた種族

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EP40

117:棍棒対決


地下迷宮の最奥部、巨大な空間に出た。そこは、世界樹の太い主根しゅこんが天井を支える、天然のドームだった。しかし、その神聖な場所は、おぞましい気配で満ちていた。


中央には、脈打つ黒いまゆのようなものがある。あれが「黒い虫」たちの巣であり、毒の発生源だろう。だが、その手前に、最後の壁が立ちはだかっていた。


「グルルルゥ……」


先ほど逃げ出した野良ゴブリンの群れだ。しかし、様子が違う。彼らは道を開けるように左右に並び、一匹の巨人を迎え入れていた。奥の暗闇から現れたのは、通常のゴブリンの二倍、いや三倍はある巨体。『ゴブリン・チャンピオン』だ。


全身の筋肉は岩のように隆起し、肌は黒に近い深緑。その手には、何かの巨大生物の大腿骨だいたいこつで作られた、極太の棍棒が握られている。


「デカい……」


ガブが息を呑んだ。私から見ても、その威圧感は圧倒的だった。単純な魔力値やレベルではない。生物としての質量が違う。


チャンピオンは、私のことなど眼中にないようだった。ただ、ガブだけを睨みつけている。そして、自分の棍棒を地面にドスンと突き立て、ガブを指差した。


「グオォ!ガァッ!」


咆哮。決闘の申し込みだ。群れのボスとして、よそ者の挑戦を受けるという儀式。


「私がやるわ」


私は前に出ようとした。


「魔法なら一撃よ。あんな筋肉ダルマ、燃やしてしまえば……」

「だめ!」


ガブが私の杖を手で制した。


「リゼ、手出しちゃだめ。これ、オレの喧嘩だ」

「ガブ?相手を見て。サイズが違いすぎるわ」

「関係ない」


ガブは自分の腰から棍棒を抜いた。私がプレゼントした、樫の木の棍棒。相手の骨棍棒に比べれば、まるで爪楊枝つまようじのようだ。


「あいつ、オレを馬鹿にした。オレの服、オレの道具、オレのリゼを馬鹿にした」


ガブの瞳が静かに燃えていた。


「だから、オレが勝つ。ゴブリンのやり方で、叩きのめす」


その言葉には、引けない覚悟があった。これは単なる戦闘ではない。彼の尊厳をかけた戦いだ。私が手を出せば、ガブは勝っても傷つくことになる。


「わかったわ。信じる」


私は一歩下がった。


「でも、死なないでよ」

「おう!行ってくる!」


ガブは広場の中央へと歩み出た。左手に「鍋のふたの盾」、右手に「樫の棍棒」。対するチャンピオンは、武器のみ。防具など必要ないと言わんばかりの裸体だ。


周囲の野良ゴブリンたちが、床を叩いてリズムを刻み始めた。ドン、ドン、ドン。戦いのドラムだ。


「フンッ!」


チャンピオンが鼻を鳴らし、巨大な骨棍棒を軽々と振り上げた。風を切る音だけで、その破壊力がわかる。直撃すれば、ガブの体などトマトのように潰れるだろう。


ガブは腰を落とし、重心を低くした。目は相手の足元と肩を見ている。


「来い、デカブツ!」


ガブが叫ぶと同時に、チャンピオンが動いた。


ブンッ!!豪速のスイング。ガブはバックステップでそれをかわす。ドゴォォォン!!空振りした棍棒が地面を叩き、石畳が粉砕されて破片が飛び散る。


「うわっ、すごい力!」


ガブが顔をしかめるが、動きは止まらない。相手が大振りをしたすきを狙い、懐に飛び込む。

バシッ!ガブの棍棒が、チャンピオンの脇腹を打つ。しかし、分厚い筋肉に阻まれ、音の割にダメージが入っていない。


「グルァッ!」


チャンピオンが鬱陶うっとうしそうに腕を払い、ガブは転がるように距離を取った。


「硬い……岩みたいだ」


ガブが呟く。

パワーも、タフネスも、リーチも、全て相手が上。絶望的な戦力差。野良ゴブリンたちが「ギヒヒ」と嘲笑う声が聞こえる。


でも、私は見ていた。ガブの目が、恐怖で曇っていないことを。彼は観察しているのだ。どうすれば、この岩山を崩せるのかを。


118:勝者


戦いは防戦一方に見えた。チャンピオンの怒涛の連撃。ガブはひたすら逃げ回り、盾で衝撃をらし、地面を転がり回っている。


「どうした、文明ゴブリン!逃げてばかりか!」


野良ゴブリンたちの野次が飛ぶ(言葉はわからないが、雰囲気でわかる)。

だが、違う。ガブは無駄に動いているわけではない。彼は相手を誘導していた。地面がえぐれ、足場が悪くなった場所へ。天井から鍾乳石が垂れ下がっている場所へ。


「ハァ、ハァ……ここだ」


ガブがピタリと足を止めた。チャンピオンの目の前で。


「『死ネェェェッ!』」


好機と見たチャンピオンが、全身全霊の力を込めて棍棒を振り下ろす。上段からの唐竹割り。逃げ場はない。


ガブは逃げなかった。彼は左手の「鍋のふたの盾」を斜めに構え、自ら前へと踏み込んだ。


ガギィィィン!!耳をつんざく金属音。ガブは相手の棍棒を正面から受け止めたのではない。盾の表面で滑らせ、軌道を横に逸らしたのだ。私が教えた『受け流し(パリィ)』の技術。


勢い余ったチャンピオンの棍棒は、地面に激突。その反動で、チャンピオンの体が大きく前のめりになる。さらに、彼が踏み込んだ足元は、先ほどの攻防で砕け散った瓦礫だらけ。ズルッ!巨体がバランスを崩す。


「今だ!」


ガブが跳んだ。狙うのは脇腹ではない。足でもない。生物として共通の弱点。

ガブはチャンピオンの背中を駆け上がり、その耳元で棍棒を構えた。


「オレの棍棒は、石頭も砕くぞ!」


ゴチンッ!!!乾いた音が響き渡った。ガブの棍棒が、チャンピオンの後頭部(延髄付近)を正確に捉えた。


時間が止まったようだった。チャンピオンの巨体が、ゆらりと揺れる。白目を剥き、泡を吹き……。


ズズズ……ドォォォン!!大木が倒れるような音と共に、王者が地に伏した。


静寂。野良ゴブリンたちは、口をあんぐりと開けて固まっている。彼らの絶対的な王者が、チビで、変な服を着たゴブリンに倒されたのだ。


ガブは倒れたチャンピオンの上に立ち、荒い息をついていた。そして、棍棒を空高く掲げた。


「オレの、勝ちだ!!」


その声は、地下迷宮の隅々まで響き渡った。勝利宣言。それは単に喧嘩に勝ったというだけではない。知恵と工夫、そして勇気が、暴力だけの野生に打ち勝った瞬間だった。


ザッ……ザッ……。野良ゴブリンたちが、一斉にひれ伏した。地面に頭を擦り付け、服従の姿勢を取る。野生の掟は絶対だ。強い者がボス。勝った者が全てを支配する。


「『ボス……新しいボス……』」


彼らが口々に呻く。ガブを見る目は、さっきまでの侮蔑から、狂信的な崇拝へと変わっていた。

私は胸が熱くなった。すごい。本当に勝ってしまった。あの弱虫だったガブが。私の後ろに隠れて震えていたガブが。今、地下迷宮の王として君臨している。


ガブがチャンピオンの背中から飛び降りた。彼は盾についた汚れを払い、少しふらつきながら私の方へ歩いてきた。


「リゼ、見たか?」


彼はニシシと笑ったが、その笑顔は疲労で引きつっていた。


「ええ、見たわ。最高にかっこよかった」

「へへっ……手、しびれた」


私は彼を抱きしめようとしたが、周囲のゴブリンたちがそれを遮るように集まってきた。彼らはガブに、チャンピオンが持っていた骨の棍棒や、粗末な王冠(ガラクタで作ったもの)を差し出した。

「我らを率いてくれ」「ここに残ってくれ」という意思表示だ。

ガブは困ったように眉を下げた。


119:群れのボスにはならない


数十匹のゴブリンに取り囲まれ、ガブは困惑していた。彼らはガブの服を引っ張り、足を舐めようとし、必死に媚びを売ってくる。


「『ボス、ボス!命令を!』」

「『美味しい肉、持ってくる!一番いい寝床、あげる!』」


それはゴブリンとしての「あがり(成功)」かもしれない。群れの長となり、ハーレムを作り、安楽に暮らす。野生に生きる者にとっての最大の栄誉。


私は黙って見ていた。これはガブが決めることだ。もし彼がここで「王」になることを選ぶなら、私はそれを止める権利はない。彼にとって、それが幸せなのかもしれないから。


ガブは差し出された王冠を手に取った。じっと見つめる。ゴブリンたちが期待に目を輝かせる。

しかし。ガブはその王冠を、ポイッと後ろに投げ捨てた。


「いらない」


ガブが言った。

ゴブリンたちが凍りつく。


「『エッ……?』」

「オレ、ここのボスにならない」


ガブはハッキリと宣言した。


「こんな暗い穴の中で、カビの生えた肉を食べて、一生を終えるなんて嫌だ」


彼は自分の胸の赤いスカーフを撫でた。


「オレには、見たいものがある。食べたいものがある。行きたい場所がある。海とか、雪山とか、大きな街とか。リゼが教えてくれた、キラキラした世界だ」


そして、彼は私の方を振り返った。その瞳に、迷いは一切なかった。


「それに、オレのボスは一人だけだ」


ガブは私を指差した。


「ボスっていうか……相棒だ。オレは、リゼの隣がいい。リゼの作るシチューの匂いが好きなんだ」


私は涙が出そうになるのをこらえ、腕を組んで強がってみせた。


「あら、私のシチュー目当て?現金な相棒ね」

「うん。リゼの料理、世界一だからな!」


ガブはゴブリンたちに向き直り、一喝した。


「お前ら、よく聞け!」


ビクッとゴブリンたちが直立する。


「オレは行く。でも、一つだけ命令してやる」


ガブは倒れているチャンピオンを顎でしゃくった。


「こいつが目を覚ましたら言っておけ。『もっと頭を使え』ってな。それから、二度とエルフの里に手を出すな。もし次やったら、オレがまた殴りに来る!」


ゴブリンたちは一斉に平伏した。


「『ハハーッ!!』」


それは恐怖による服従ではなく、真の強者に対する敬意だった。ガブは彼らの王にはならなかったが、彼らの心に「伝説」を刻み込んだのだ。


「行こう、リゼ」


ガブが私の隣に戻ってきた。


「あっちに、もっと臭い匂いがする。親玉がいるぞ」

「ええ。掃除の時間ね」


野良ゴブリンたちが、モーゼの海割れのように道を開ける。その間を、私たちは堂々と歩き抜けた。

ガブの背中は、前よりも少し大きく見えた。群れに属さず、孤高を選んだゴブリン。彼はもう、「ただのゴブリン」ではない。私の誇り高きパートナー、「冒険者ガブ」だ。


道の先、黒い繭が脈動を速めていた。でも、今の私たちに恐れはない。棍棒一本で王座を蹴り飛ばした男が、隣にいるのだから。

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