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旅の友に選んだのはゴブリンでした  作者: 竜神
第2章:街道を行く、影を隠して

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EP27

78:ギルドには行けない


夜の森での死闘を制し、私たちは無事に『月光草げっこうそう』の採取を終えた。『大王蟲ジャイアント・マンティス』のカマに切り裂かれそうになった瞬間は生きた心地がしなかったが、ガブの身軽さと、ピカピカに磨き上げた「鍋のふた」による目くらましが功を奏したのだ。


「大漁、大漁!」


ガブが採取袋を背負い、鼻歌交じりに歩く。袋の隙間からは、幻想的な青白い光が漏れ出している。


「これ、金になる。肉、食える。服、買える」

「ええ。市場価格なら、金貨十枚はくだらないわ」


私も胸を撫で下ろした。これだけの資金があれば、国境を越えるための賄賂わいろも、当面の装備も十分に賄える。私たちは夜明けと共にほこらを出発し、森を抜けて、国境近くの宿場町『ザリア』を目指した。


数時間後。森の開けた場所から、遠くに石造りの城壁と、立ち並ぶ家々の煙突が見えてきた。人間社会の象徴だ。


「あれが、町か」


ガブが目を細める。


「臭い。煙の匂い。あとたくさんの人間の、汗と欲望の匂い」

「相変わらず辛辣しんらつな嗅覚ね」


さて、ここからが問題だ。私たちはこの『月光草』を換金しなければならない。通常、魔物の素材や希少な薬草は『冒険者ギルド』か『商業ギルド』で買い取ってもらうのが一般的だ。適正価格で取引され、安全性も保証されている。


しかし、私たちにはその正規ルートが閉ざされている。


「ガブ聞いて。私たちはギルドには行けないわ」


私が告げると、ガブは首を傾げた。


「なぜ?いい草だぞ?人間、欲しがる」

「物は良くても、売る『人』が問題なの」


私は指を折って数えた。


「第一に、私は『赤蛇団』に追われている身。ギルドには指名手配書が回っている可能性が高いわ。顔を見られたら終わりよ」


『真実の眼』を持つ元公爵令嬢。そんな情報は、裏社会だけでなく表社会の情報網にも引っかかる。ギルド職員は身元確認に厳しいのだ。


「第二にあなたよ、ガブ」


私は緑色の肌の相棒を指差した。


「ギルドにゴブリンが入っていったら、どうなると思う?」


ガブは少し考えてから、自分の首を掻き切るジェスチャーをした。


「殺される。即座に」

「正解。魔物は討伐対象よ。話なんて聞いてくれない」


たとえ彼が言葉を解し、知性があっても、人々にとってゴブリンは「害獣」でしかない。悲しいけれど、これが現実だ。


「じゃあどうする?これ捨てるか?」


ガブが残念そうに袋を下ろそうとする。


「捨てないわよ!正規の店がダメなら、裏の店に行けばいいの」


私は町の方角を睨み据えた。


「どこの町にも、必ず『影』の部分がある。盗品や密輸品、訳ありの商品を扱う『闇市ブラックマーケット』がね」


公爵家時代、父の領地経営の書類を盗み見て知った知識だ。光あるところに影あり。そこなら、身分証も素性も問われない。その代わり、危険と隣り合わせだ。


「ヤミイチ?」

「そう。そこなら売れる。でも、準備が必要よ」


私たちは森のへりで足を止めた。まずは変装だ。私はボロボロのローブのフードを目深に被り、泥で少し汚した布で口元を覆った。これで顔の半分は隠れる。銀髪もきつく縛って中に押し込む。


問題はガブだ。どう隠してもゴブリンの体型と緑色の肌は目立つ。


「ガブ、これを着て」


私はリュックの底に入っていた、厚手の雨除け用のマント(元は馬車の荷台にかけるシートだったもの)を取り出した。かなり大きく、全身をすっぽり覆うことができる。


「暑い。動きにくい」


ガブが文句を言いながら頭から被る。足元まで完全に隠れ、見た目は「背の低い、小太りの旅人」風になった。


「顔は見せないで。喋らないで。もし誰かに話しかけられたら、せきき込むフリをして」

「わかった。オレ病気の人になる」

「そう。『重い皮膚病で、光を浴びられない従者』という設定で行くわ」


苦しい言い訳だが、裏社会の人間は他人の事情に深入りしないのがマナーだ。怪しい二人組など、掃いて捨てるほどいるだろう。


「行くわよ。ここからは戦場とは違う、別の『狩り場』よ」


私は緊張で乾いた唇を舐めた。町門には衛兵がいるが、入念な検問をしているのは主要街道からの入り口だけだ。私たちは下水路に近い、貧民街スラムへ続く崩れた外壁の隙間を目指した。


ガブがマントの中で、小さく唸る。


「人間の町……嫌な予感する。森より、獣が多い気がする」


その直感は、あながち間違っていない。これから向かうのは、人間の欲望が渦巻く掃き溜めなのだから。


79:闇市での取引


宿場町『ザリア』の裏通り。そこは、表通りの賑やかさとは無縁の、淀んだ空気が漂う場所だった。腐った生ゴミの臭い。安酒の臭い。そして、排泄物の臭い。石畳は黒く汚れ、路地裏には痩せこけた犬や、虚ろな目をした人々がうずくまっている。


「臭い」


マントの下から、ガブの小さな呟きが漏れる。


「森の腐葉土とは違う。これは、腐敗の臭いだ。心が腐ってる臭い」

「静かに。目立つわよ」


私は小声でいさめた。私たちはできるだけ足音を立てず、影に紛れるように歩いた。

私の右目は眼帯で隠しているが、眼帯の下で『真実の眼』は常に発動している。視界に映る世界は、色彩を失い、代わりに「感情」や「属性」の色で溢れている。すれ違う男たちの殺意(赤)。酔っ払いの混乱(黄)。そして、建物から漏れ出る、欲望(濁った紫)の色。


私はその「濁った紫」が特に濃く集まっている区画を探した。違法な取引が行われる場所には、特有の色のよどみができるのだ。


「あそこね」目星をつけたのは、路地の突き当たりにある、看板のない古道具屋だった。入り口には枯れたつたが絡まり、一見すると廃墟のようだ。だが、『真実の眼』には見える。扉の向こうに、魔力を帯びた結界と、複数の人間の気配があるのを。


コン、コン、ココン。私は扉を特定の回数ノックした。裏社会でよく使われる「客」の合図だ。公爵家が押収した密輸組織のマニュアルに書いてあった知識が、こんなところで役立つとは皮肉なものだ。


ギィィ。重い扉が少しだけ開き、隙間から鋭い眼光が覗いた。


「何用だ?」

「『月』を見に来たの。珍しい、青い月を」


私は即興の符牒ふちょうを試みた。通じなくても、「売りたいものがある」という意思は伝わるはずだ。男は私の顔と、背後のマント姿の小男ガブをジロリと値踏みした。そして、無言で扉を開けた。

中は薄暗く、埃っぽい匂いと、強い香の匂いが混ざっていた。雑多なガラクタが山積みになっている奥に、カウンターがあり、そこには一人の男が座っていた。


太った男だ。脂ぎったハゲ頭に、高価だが趣味の悪い指輪をいくつもめている。その顔には、商魂と卑屈さが張り付いたような笑みが浮かんでいた。


「いらっしゃい、お嬢ちゃん。それに、そっちの無口な連れの方も」


男の声は、油を垂らしたように滑らかだった。


「ここは『何でも屋』のグルマンの店だ。買いたいのか、売りたいのか?」

「売りたいの」


私はカウンターに近づき、背中の袋を下ろした。ガブが私の背後で、周囲を警戒するようにマントの中で身を固くしているのがわかる。


「ほう?こ汚い袋だが……中身は?」


グルマンと名乗った男が、疑わしげに目を細める。

私は無言で袋の口を開けた。ボゥッ。薄暗い店内に、幽玄な青白い光が溢れ出した。


「なっ!?」


グルマンの目が飛び出しそうになった。彼は慌てて立ち上がり、カウンターから身を乗り出した。


「こ、これは『月光草』!?しかも、この輝き……摘みたてか!?」


彼は震える手で株のひとつを持ち上げた。その瞳孔が開いているのを、私は見逃さなかった。


「傷ひとつない。根の処理も完璧だ。魔力の含有量も申し分ない」

「全部で二十株あるわ」


私は冷徹に告げた。


「どれも最高品質よ。言い値で買ってもらえると聞いたんだけど?」


グルマンは舌なめずりをした。その心の色が、強欲な紫色に染まっていくのが『真実の眼』ではっきりと見えた。彼はすぐに表情を取り繕い、商人の仮面を被り直した。


「ふむ……確かに物はいい。だがなぁ」


彼は椅子に座り直し、指で机をトントンと叩いた。


「最近は景気が悪くてね。それに、こんな大量の薬草、在庫リスクがある」


来た。これだ。商品を褒めた直後に、難癖をつけて価値を下げる。交渉の常套手段だ。


「在庫リスク?『月光草』は万能薬の原料よ。引く手あまたのはずだわ」

「それは表の世界の話だ。ここは裏通りだぜ、お嬢ちゃん」


グルマンはニヤリと笑った。その目は、獲物を見つけたハイエナのようだった。


「それにあんたたち、訳ありだろ?」


彼は私のフードと、ガブのマントを顎でしゃくった。


「身分証は見せられない。正規のルートも使えない。後ろ暗い事情がある人間が、最後に流れ着くのがこの店だ」


図星を突かれ、私は息を呑んだ。足元を見られている。この男は、私たちが「他に行く場所がない」ことを見透かしているのだ。


「で、いくら?」


私は声を低くした。弱みを見せてはいけない。強気でいなければ、骨までしゃぶられる。

グルマンは指を一本立てた。


「金貨一枚。それで全部引き取ろう」

「はぁ!?」


私は思わず大声を上げた。


「ふざけないで!相場は一株で金貨一枚よ!二十株なら金貨二十枚、最低でも十五枚は堅いはずよ!」


十分の一以下の買い叩きだ。暴利にも程がある。


「嫌なら他をあたることだ」


グルマンは余裕の表情で葉巻に火をつけた。


「だが、この町で『月光草』を扱えるのは俺くらいだ。衛兵に突き出されたくなければ、ここで手を打つのが賢い選択だと思うがねぇ?」


脅しだ。彼は私たちが逃亡者であると確信して、揺さぶりをかけている。悔しいが、正論だった。他の店を探して歩き回れば、それだけ『赤蛇団』や衛兵に見つかるリスクが高まる。


私の手が震えた。この金がなければ、旅の装備も揃わない。かといって、こんな端金はしたがねで妥協すれば、ジリ貧だ。

その時。私の背後で、マントの小男が動いた。


80:足元を見られる


店内に、ピリついた空気が流れる。金貨一枚。それは私たちへの侮辱であり、弱者への搾取そのものだった。


「金貨一枚。それが最終提示?」


私がギリギリと歯噛みしながら問うと、グルマンは紫煙を吐き出しながらわらった。


「ああ、そうだ。慈悲深い俺だからこその価格だぜ?感謝してほしいくらいだ」


私が拳を握りしめた、その時だ。ドンッ!私の背後にいたガブが、一歩前に踏み出した。そして、無造作にカウンターを叩いた。


「おい、デブ」


マントの中から、低く、ドスの効いた声が響いた。いつも私と話す時の、無邪気で片言な口調ではない。獲物を威嚇する、捕食者の唸り声だ。


「な、なんだ貴様!客に向かってデブとは!」


グルマンが顔を赤くして立ち上がる。


「お前、嘘ついてる」


ガブは言い放った。


「心臓の音、変わった。汗の臭い、変わった。『騙してやる』って臭いがプンプンするぞ」

「は、はぁ?何を訳のわからんことを!」

「この草、そんなに安くない。お前、これを見たとき、ヨダレ垂らしてた。喉が鳴ってた。『すげえ儲かる』って顔してた」


ガブの指摘は鋭かった。彼は言葉の駆け引きはわからない。経済の仕組みも知らない。だが、生物としての「本能」の動きには誰よりも敏感だ。相手が欲しがっているか、怯えているか、嘘をついているか。それを嗅ぎ分ける能力に関しては、私の『真実の眼』と同等か、それ以上かもしれない。


「ガブ」


私が名を呼ぶと、ガブはマントの中からさらにプレッシャーを放った。姿は見えない。だからこそ、グルマンには不気味に映っただろう。小柄だが、異様な殺気を放つ正体不明の何か。


「お前、オレたちの足元を見てるつもりか?」


ガブが言った。どこで覚えたのか、「足元を見る」という言葉を使っている。


「でも、足元がお留守なのはお前だ」


ヒュンッ!一瞬の風切り音。次の瞬間、グルマンの吸っていた葉巻が、根元からスパッと切断されて床に落ちた。


「ひっ!?」


グルマンが悲鳴を上げて仰け反る。いつの間にか、ガブの手がマントから伸びていた。その手には、泥で汚れたナイフ……ではなく、先日ピカピカに磨き上げた『棍棒』の先端が握られていた。ただの棒切れではない。ガブの身体能力で振るえば、それは凶器になる。


「次嘘ついたら、その指輪ごと指をもらう」


ガブは静かに告げた。


「適正価格、出せ。リゼが言った額だ」


店内が凍りついた。裏社会の商人であるグルマンも、数々の修羅場をくぐってきたはずだ。だが、目の前の「正体不明の怪物」が放つ、純粋な暴力の匂いに圧倒されていた。こいつはやる。本気でやる。損得勘定抜きで、気に入らなければ暴れるタイプだ。そう直感したのだろう。


「わ、わかった!落ち着け!」


グルマンが両手を上げた。額から脂汗が滝のように流れている。


「金貨十枚だ!これが限界だ!俺だって利益を出さなきゃならん!」


私はすかさず口を挟んだ。


「十五枚」

「む、無理だ!十二枚!これ以上は本当に出せん!店の金庫が空になる!」


グルマンの顔色は青ざめている。嘘ではないようだ。それに、これ以上騒ぎを大きくして、用心棒などが集まってきても困る。引き際だ。


「わかったわ。金貨十二枚で手を打ちましょう」


私は頷いた。当初の買い叩き価格の十二倍だ。十分な成果と言える。


「ちっ……とんだ疫病神どもだ」


グルマンは震える手で金庫を開け、重みのある革袋をカウンターに投げ出した。ジャラッ、という心地よい金属音が響く。


私は中身を確認した。間違いなく、本物の金貨だ。これだけあれば、しばらくは食うに困らないし、装備も一新できる。


「取引成立ね。ありがとう、グルマンさん」


私はニッコリと笑い、袋を懐にしまった。


「またいい商品が入ったら、持ってくるわ」

「二度と来るな!」


グルマンの捨て台詞を背に、私たちは店を出た。

路地裏に戻ると、私は大きく息を吐いた。


「はぁ……心臓が止まるかと思ったわ」

「オレもだ。あいつ、脂臭くて鼻が曲がりそうだった」


ガブがマントのフードを少し持ち上げ、新鮮な空気を吸った。


「でも、ナイスだったわガブ。あなたが脅してくれなかったら、言いなりになるところだった」

「ん。あいつ、弱いくせに偉そうだったから、ムカついた」


ガブはケロリと言った。


「それに、リゼが困った顔してた。助けないと、相棒じゃない」


その言葉に、胸が温かくなる。彼はゴブリンで、魔物で、人間の社会常識なんて通じない。けれど、誰よりも頼りになるパートナーだ。


「さあ、お金は手に入ったわ」


私は懐の重みを感じながら言った。


「次は買い物よ。まともな服と、靴と、美味しいご飯!全部手に入れましょう!」

「肉!肉食うぞ!」


ガブが小躍りする。

足元を見られることもあった。でも、私たちはその足を食いちぎる牙を持っている。懐の温かさは、私たちに少しだけの余裕と、これからの旅への希望を与えてくれた。


私たちは足取り軽く、市場の方向へと歩き出した。『ザリア』の町は相変わらず臭いけれど、今の私たちには、焼きたてのパンの香りが少しだけ強く感じられた。

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