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旅の友に選んだのはゴブリンでした  作者: 竜神
第2章:街道を行く、影を隠して

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EP26

75:意外と綺麗好き?


翌朝。小鳥のさえずりで目が覚めた。嵐は嘘のように去り、ほこらの板戸の隙間から、眩しい朝の光が差し込んでいる。


「んぅ」


私は伸びをした。背中が痛くない。昨夜かけた『洗浄クリーン』魔法のおかげで、床は滑らかで埃ひとつなく、快適そのものだった。泥のベッドでもなく、木の根のゴツゴツした感触でもない。久しぶりに「人間らしい」睡眠をとれた気がする。


「あれ?」


隣を見ると、ガブがいなかった。まさか、私を置いて行った?一瞬、不安がよぎったが、すぐに外から「キュッ、キュッ」という奇妙な音が聞こえてきた。


私は慌てて起き上がり、祠の外へ出た。


「ガブ?」


そこにいたのは、朝日に照らされながら、一心不乱に「何か」を磨いているゴブリンの姿だった。彼は祠の前の手水舎ちょうずや(水は枯れていたが、雨水が溜まっていた)の縁に座り、愛用の『鍋のふたの盾』を布切れで拭いていた。


「お、リゼ。起きたか」


ガブが顔を上げた。その顔を見て、私は目を丸くした。


「ガブ……あなた、顔洗ったの?」


いつもなら泥や返り血、あるいは謎の汁で薄汚れている緑色の顔が、今朝はツヤツヤと輝いていたのだ。牙も白く光っている。ボサボサだった髪も、水で撫でつけられて、なんとなく整っている。


「ん。洗った」


ガブは少し照れくさそうに鼻をこすった。


「昨日、リゼの魔法、気持ちよかった。汚いの、嫌になった」


彼は再び手元の鍋のふたに視線を落とし、丁寧に拭き上げ始めた。


「これ、汚れてると臭いする。敵にバレる。あと……光らないとかっこ悪い」

「かっこ悪い、なんて感情があったのね」


私は驚きつつも、彼の隣に座った。『真実の眼』で彼を見る。そこにあるのは『矜持きょうじ』の淡い青色と、『満足』のオレンジ色。彼はただ野生のままに生きているだけではない。彼なりの美学やこだわりを持っているのだ。


「ゴブリン、みんな汚い。臭い。オレもそうだった」


ガブは独り言のように呟いた。


「でも、リゼといると、綺麗なほうがいいと思う。リゼ、いい匂いするから」

「あら、お世辞?」

「事実だ。獣は、綺麗なメスが好きだ。強いオスも、毛並みがいい」


彼はニカッと笑った。その言葉は、どんな貴族の男性からの口説き文句よりも、ストレートで純粋に響いた。


「そう。じゃあ、もっと綺麗にしてあげる」


私は杖を取り出した。


「その鍋のふたと、棍棒。貸して」

「え?魔法かけるのか?」

「ええ。物理的に磨くより早いわよ。『クリーン』」


私が魔法をかけると、鍋のふたにこびりついていた焦げ付きやさび、棍棒の隙間に詰まった肉片や血痕が、一瞬にして消え去った。鍋のふたは、まるで新品のように――いや、使い込まれた渋い銀色の輝きを放ち始めた。


「おおっ!」


ガブが盾を掲げて太陽にかざした。


「すげえ!ピカピカだ!これなら『赤蛇』の目も潰せる!」

「反射板じゃないんだから」


私は笑った。ガブは嬉しそうに盾を構え、シュッシュッと素振りを始めた。身なりが整うと、心なしか動きにもキレが出ているように見える。


「リゼ、ありがとう。オレ今、最強のゴブリンだ」

「ふふ、世界一綺麗なゴブリンね」


意外だった。魔物は本能的に不潔を好むものだと思っていた。でも、それは「綺麗にする手段」を知らないだけなのかもしれない。あるいは、ガブが特別なのか。清潔な服、清潔な体、そして清潔な拠点。私たちは朝の爽やかな空気の中で、つかの間の平和を噛み締めた。だが、清潔になったからといって、腹が膨れるわけではない。グゥゥゥ。私の腹の虫が、盛大に鳴いた。ガブの腹も、それに応えるようにグルルと鳴る。


「綺麗好きもいいけど、まずは生き残るための話をしましょうか」


私は現実に引き戻され、ため息をついた。


76:旅の資金問題


私たちは祠の入り口に座り、緊急会議を開いた。議題は「食料と資金」についてだ。


「現状を確認するわ」


私は自分のリュックの中身を、床の上にぶちまけた。カラン、と寂しい音がする。


・空の水筒

・使い古したタオル

・数種類の薬草(解毒用)

・着替え(下着のみ)

・ナイフ

・残りわずかな干し肉の切れ端


以上だ。公爵家を出る時に持ち出した宝石類は、最初の町での路銀や装備代ですでに消えている。財布の中には、銅貨が三枚。パンひとつ買えるかどうか怪しい金額だ。


「詰んだわね」


私は頭を抱えた。


「ガブ、あなたの持ち物は?」

「これ」


ガブが腰袋から取り出したのは、


・綺麗な石

・鳥の羽根

・干からびたトカゲ(非常食?)

・謎の木の実


「ゴミじゃない」

「ゴミじゃない!宝物だ!」


ガブがムッとしてトカゲを引っ込めた。


「このトカゲ、噛めば味がする。うまいぞ」

「それは最終手段にしておくわ」


私は溜息交じりに言った。


問題は食料だけではない。私たちは今、『赤蛇団』の縄張りであるこの森を抜けて、隣国へ向かおうとしている。そのためには国境の関所を通らなければならない。関所を通るには、通行証か、あるいは多額の賄賂わいろが必要だ。通行証なんて持っていない私は、金を積むしかない。


カネ、必要か?」


ガブが小首を傾げた。


「森にいれば、金いらない。獲物狩ればいい。水飲めばいい」

「そうね。でも、ずっと森にいるわけにはいかないの」


私は彼に説明した。『赤蛇団』はこの森を熟知している。ここに留まれば、いずれまた見つかる。逃げ切るには、人間の社会――町や街道を使って、一気に距離を稼ぐ必要があるのだ。


「それに、これからの旅には装備も必要よ。まともな靴、防寒具、そして保存食。全部、お金がかかるの」


私は自分の擦り切れたブーツを見た。底が剥がれかけている。


「ふうん。人間、面倒くさい」


ガブはあぐらをかき、ポリポリと頬をかいた。


「じゃあ、奪うか?『赤蛇』の奴ら、倒して、奪う」

「それは魅力的だけど、リスクが高すぎるわ」


返り討ちに遭うのがオチだ。私たちは泥棒になりたいわけじゃない。平穏な旅がしたいのだ。


「じゃあ、どうする?オレ、踊って金もらうか?ゴブリンダンス」


ガブがふざけて奇妙なポーズをとる。


「絶対に見世物小屋行きよ、それ」


私は腕組みをして考え込んだ。お金を稼ぐ方法。私は貴族として教育を受けたが、商売の才能はない。魔法で何かする?『クリーン』で掃除屋?いや、追われる身で目立つ商売はできない。


その時、私の脳裏にある記憶が蘇った。先日、通りがかった宿場町の掲示板。そこには、冒険者ギルドや商人からの依頼書が貼られていたはずだ。チラッと見ただけだが、高額な報酬が書かれた依頼があった気がする。


「ガブ、この森って『迷わずの森』の深部よね?」

「ん。人間、あまり来ない。危ないから」

「そう、危ないから。だからこそ、ここにしか生えていない植物があるはず」


私は記憶の糸を手繰り寄せた。薬学の授業で習った知識。希少な薬草の生息地。


「『月光草げっこうそう』……」私はポツリと呟いた。

「夜に光る、青い花。強力な魔力回復薬の原料になる。この森の、湿気の多い場所に群生しているはず」

ガブの耳がピクリと動いた。


「青い花?光る?見たことある」

「本当!?」


私はガバッと彼に詰め寄った。


「ん。この祠の裏。ジメジメした谷。夜行くと、ボゥーって光ってる。お化けみたいで怖いから、近づかない」


ビンゴだ。灯台下暗し。私たちは宝の山の真上にいたのだ。『月光草』は市場で高値で取引される。数株あれば、当面の資金と国境越えの賄賂くらいにはなるだろう。


「ガブ、仕事よ!」


私は立ち上がった。


「その花を採りに行くわ。それが私たちの『お金』になるの!」

「花が、金になる?食えないのに?」

「人間にとっては、トカゲより価値があるのよ」


方針は決まった。狩られる側から、狩る側へ。ただし獲物は魔物ではなく、一攫千金の薬草だ。


77:薬草採取の依頼


善は急げと言うけれど、『月光草』の採取には条件がある。その名の通り、月の光を浴びている夜間でなければ、魔力を宿さないのだ。昼間に引っこ抜いても、ただの枯れ草になってしまう。


「夜まで待つのか?」


ガブが退屈そうに棍棒を弄んでいる。


「暇だ。オレ昼寝する」

「ええ、体力を温存しておいて。夜の森は危険だわ」


私は祠の入り口で、雨上がりの森を見つめながら言った。『赤蛇団』の捜索は続いているだろう。夜になれば、彼らの目も利きにくくなるが、逆に夜行性の魔物が活性化する。


日没までの時間、私は祠の中に残されていた古い木片や布切れを使って、採取用の袋を作った。『月光草』は繊細だ。素手で触れると傷むため、布で包んで採取しなければならない。貴族の手芸スキルがこんなところで役に立つとは。


やがて森が茜色に染まり、そして深い藍色へと沈んでいった。夜のとばりが下りる。


「そろそろね」


私が声をかけると、ガブはパチリと目を開けた。彼の瞳が、夜行動物のようにギラリと光る。


「行くか。リゼ、離れるなよ。夜の森、オレの庭だけど、変な奴も出る」

「頼りにしてるわ、相棒」


私たちは祠を出て、ガブの案内で裏手の谷へと向かった。足元は悪い。昨日の豪雨で、地面はまだぬかるんでいる。私は杖を突きながら、慎重に進んだ。


風の音。虫の声。そして、遠くで聞こえる獣の遠吠え。緊張感が肌を刺す。


「こっちだ。匂い、強くなってきた」


ガブが鼻を鳴らす。


「甘い匂い。あと、冷たい匂い」


谷底へ降りていくにつれ、空気がひんやりとしてきた。そして、暗闇の先に、ぼんやりとした青白い光が見え始めた。


「あれよ!」


私は息を呑んだ。谷の一角、湿った岩場に、幻想的な光の群生が広がっていた。三日月のような形をした花弁が、自ら淡い光を放っている。『月光草』だ。それも、こんなにたくさん。


「うわ、まぶしい」


ガブが目を細める。


「これ全部、金になるのか?」

「ええ。全部採れば、お城が買える……は言い過ぎだけど、一年は遊んで暮らせるわ」


私は胸の高鳴りを抑えながら、群生地へと近づいた。


しかし。世の中、そんなに甘くはない。宝のそばには、必ず番人ガーディアンがいるものだ。

ザッ、ザッ、ザッ。『月光草』の群生地の奥から、複数の足音が聞こえた。それも、二本足ではない。もっと重く、数が多い足音。


「リゼ、止まれ」


ガブが鋭い声で制止し、私を背にかばった。彼は盾を構え、低い唸り声を上げる。


「何かいる。でかい」



青白い光の中に、巨大なシルエットが浮かび上がった。体長二メートルはあるだろうか。硬い甲殻に覆われた体。巨大なハサミ。そして、不気味に動く触角。


「『大王蟲ジャイアント・マンティス』!?」


私は絶句した。巨大なカマキリの魔物だ。それも一匹ではない。三匹……いや、四匹。彼らは『月光草』の蜜を吸いに集まっていたのだ。


「ギチチチチ」


魔物たちが私たちに気づき、巨大なカマを振り上げた。その刃は、月光草の光を反射して青白く輝いている。人間など、一撃で両断できる鋭さだ。


「おいおい、草むしりに来たら、庭師がいたぞ」


ガブが皮肉っぽく笑ったが、その足は震えていない。


「リゼ、どうする?逃げるか?」


私は『月光草』を見た。目の前にある大金。これがあれば、私たちは自由になれる。そして、隣にいる相棒を見た。ピカピカに磨いた盾と棍棒を構える、世界一綺麗なゴブリン。


「逃げないわ」


私は杖を握りしめた。


「あいつらを追い払って、草をいただく。私たちの旅費になってもらうわよ!」

「へへッ、そうこなくちゃな!」


ガブが地面を蹴った。カマキリの群れに向かって、小さな緑の影が突撃する。

薬草採取の依頼クエスト。依頼主は私、実行者は私たち。報酬は「未来」。静かな夜の谷で、命懸けの草むしりが始まった。

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