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旅の友に選んだのはゴブリンでした  作者: 竜神
第2章:街道を行く、影を隠して

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EP22

63:リンゴのお裾分け


行商人の馬車を泥沼から救い出した後、私たちは少し距離を取って彼を追跡していた。彼を襲うつもりはない。ただ、彼が進む方向が私たちの目的地と同じ西側であり、彼が安全に街道を抜けられるかどうかが、この先の危険度を測るバロメーターになるからだ。


夕暮れ時、行商人は街道沿いの小さなほこらのそばで馬車を止めた。私たちは森の茂みからその様子をうかがう。


「あいつ止まった。野営か?」


ガブが小声で言う。彼は左腕の「鍋のふた」を大事そうに抱えている。


「そうみたいね。馬を休ませているわ」


行商人は焚き火を起こすでもなく、何かをごそごそと荷台から取り出した。そして、それを祠の前の切り株の上に置いた。かごだ。網み目の隙間から、赤いものが見える。


彼は森の方に向かって――正確には、私たちが潜んでいる方向とは少しズレていたが――深々と頭を下げた。何かをブツブツと呟き、それから馬車に乗り込んで、逃げるように去っていった。籠だけが残された。


「なんだ、あれ?」


ガブがいぶかしげに鼻を鳴らす。


「罠か?毒入りの餌、置いてったか?」

「見てみましょう」


私たちは慎重に切り株に近づいた。置かれていたのは、竹で編まれた粗末な籠。中には、つややかな赤い果実が山盛りにされていた。リンゴだ。甘酸っぱい香りが漂ってくる。


「リゼ、これ食い物。でも怪しい」


ガブは警戒心むき出しで、棍棒で籠をツンツンとつついた。


「人間、タダで物くれない。裏がある。オレ知ってる」


確かに、彼の経験則では「人間=奪う者」か「人間=騙す者」だ。私は『真実の眼』を発動させ、その籠を見つめた。そこに込められた残留思念を読む。


見えた色は、温かいオレンジ色と、感謝のピンク色。


『森の神様、助けてくださってありがとう』

『どうかこれをお納めください』

『ついでに商売繁盛もお願いします』


最後の一つは現金だが、悪意は一切ない。純粋な供物くもつだ。


「大丈夫よガブ。これは『お礼』だわ」

「お礼?」

「そう。さっき助けたことへの感謝の気持ち。毒なんて入ってない」


私が説明すると、ガブはキョトンとした。


「感謝?人間が、ゴブリンに?」

「彼はあなたがゴブリンだとは気づいてないわ。『森の神様』だと思ってるみたい」

「カミサマ……」


ガブはその響きを口の中で転がし、それから籠の中のリンゴを一つ手に取った。ずっしりと重い。よく熟れている。彼はそれをまじまじと見つめ、匂いを嗅いだ。


「いい匂い。甘い。森のリンゴと違う」

「畑で育てられたリンゴよ。きっと美味しいわ」


ガブはまだ半信半疑のようだったが、私の「大丈夫」という言葉を信じて、そのリンゴを布でキュッキュと磨いた。そして、私に差し出した。


「リゼ、やる」

「え?ガブが食べないの?」

「リゼ、毒見どくみ。じゃなくて、レディファースト」


一瞬本音が漏れた気がするが、彼は照れくさそうに顔を背けた。


「オレ神様じゃない。ただのゴブリン。これ、もらう資格ない。でもリゼは魔法使い。神様に近い。だから食え」


彼なりの理屈があるようだ。あるいは、人間に感謝されたという事実が、まだ彼の中で処理しきれていないのかもしれない。迫害され続けてきた彼にとって、「ありがとう」という形ある物体リンゴは、未知のオーパーツのようなものなのだ。


「ありがとう。じゃあ遠慮なく」


私はリンゴを受け取り、一口かじった。シャクッ。溢れ出す果汁。濃厚な甘みと、爽やかな酸味。旅の疲れが吹き飛ぶような味だった。


「んっ、美味しい!最高よ」


私が満面の笑みを見せると、ガブはゴクリと喉を鳴らした。


「そんなにうまいか?」

「ええ。ほら、あなたも食べなさい。神様の相棒なんだから、食べる権利はあるわ」


私は別のリンゴを彼に放り投げた。ガブはそれを空中でキャッチすると、しばらく見つめてから、ガブリと大きくかぶりついた。


64:甘い、赤い、丸い


シャクッ、シャクッ、シャクッ。森の中に、軽快な音が響く。ガブは夢中でリンゴをかじっていた。


「うまい」


彼は一口食べるごとに、目を丸くして感動していた。


「これすごい。森のリンゴ、酸っぱい。固い。渋い。これ、違う。水みたいに溶ける。砂糖みたいに甘い」

「人間が長い時間をかけて、甘くなるように育てたからよ」

「人間、暇なのか?」

「美味しいものを食べるためなら、人間はいくらでも手間をかけるの」


ガブは「理解不能」といった顔で首を傾げたが、口だけは止まらない。あっという間に一つ平らげ、芯までバリバリと食べてしまった。そして、すぐに二つ目に手を伸ばす。


「甘い。赤い。丸い」


ガブはリンゴを掲げ、夕日に透かした。


「これ、幸せの形してる」


詩的な表現だ。『甘い、赤い、丸い』。シンプルな三つの単語だが、彼の感動がストレートに伝わってくる。


「そうね。幸せの味ね」


私も二つ目を食べた。こんなに美味しいリンゴは、公爵家の食卓でも滅多に出なかった。いや、味そのものは高級品の方が上だったかもしれない。でも、この森の中で、泥だらけになって食べるリンゴは、格別の味がした。


「リゼ」


ガブが口の周りを果汁でベタベタにしながら言った。


「人間、悪いやつ多い。でも、リンゴ作るやつ、いいやつ」

「ふふ、そうね。農家さんに感謝しないと」

「あと、置いてったやつ。あいつバカだけど、いいやつ」


行商人のことだ。


「なんでバカなの?」

「だってオレたち、金取った。なのにリンゴくれた。損してる」


ガブはニヤリと笑い、懐から先ほどくすねた小銭入れを取り出して振ってみせた。チャリチャリ。確かに、行商人にしてみれば、金を取られた上にリンゴまで献上したことになる。大損だ。


「それは言わない約束よ。でも、このリンゴ代だと思えば安いくらいじゃない?」

「ん。このリンゴ、金より価値ある。腹、満たされる。心、温かくなる」


ガブは籠の中を覗き込み、残りの数を数えた。あと六個ある。


「これ大事にする。明日も食う。明後日も食う」


彼はリュックの中に、リンゴを丁寧にしまい込んだ。他の荷物とぶつかって傷まないように、自分の着替えの布で包んでいる。


「リゼ、種植えたら、木になるか?」


ふと、ガブが食べ終わった芯の種をつまみ上げた。


「なるわよ。何年もかかるけど」

「じゃあ、植える」


彼は地面を掘り、種を埋めた。そして、持っていた水袋の水を少しかけて、土をポンポンと叩いた。


「ここオレの畑。いつか戻ってきたら、甘い、赤い、丸い、なってる」


気の長い話だ。私たちは逃亡者で、いつここに戻れるかわからない。あるいは二度と戻らないかもしれない。それでも、「未来への希望」を種として植える行為が、なんだかとても尊く見えた。


「そうね。いつか、お腹いっぱい食べられるといいわね」

「ん。その時まで、リゼ生きてろよ」

「あなたこそね」


日が沈み、森が闇に包まれ始める。私たちはリンゴのおかげで、少しだけ満ち足りた気分で夜を迎えることができた。甘い香りが、指先に残っている。それは、殺伐とした逃避行の中で見つけた、小さな奇跡のような一瞬だった。


だが、安らぎは長くは続かない。甘い果実の味を知った後には、必ず苦い現実が待っているのが世の常だ。風向きが、少し変わり始めていた。


65:盗賊団の噂


翌日、私たちは街道沿いの宿場町の近くを通りかかった。町の中に入るのは危険だが、情報を集める必要がある。私たちは町外れにある、旅人たちが休憩に使う共同の水汲みくみ場へと向かった。ここなら、顔を隠していても怪しまれにくい。


ガブには少し離れた森で待機してもらい、私一人で水を汲みに行く。フードを目深に被り、ボロボロのローブをまとう。どこにでもいる貧しい旅人の装いだ。


水汲み場には、数人の男たちがたむろしていた。冒険者風の男二人と、農夫が一人。私は彼らの背中越しに水を汲みながら、耳をそばだてた。


「聞いたか?またやられたらしいぞ」

「ああ。『赤蛇あかへび団』だろ?最近、派手にやってやがる」


赤蛇団。不穏な名前が聞こえてきた。


「西の峠道はもう通れねえな。通行料だとか言って、荷物を全部巻き上げちまうらしい」

「衛兵は何してんだ?」

「数が多すぎて手が出せねえんだとさ。元傭兵崩れが集まってるって噂だ。かしらは『毒使い』のザガンとかいう賞金首だそうで」


『毒使い』。その単語に、私の背筋が凍った。つい先日、ガブが毒草で死にかけたばかりだ。毒の恐ろしさは身に沁みている。


私は水を汲み終えると、逃げるようにその場を離れた。森に戻ると、ガブが木の上から飛び降りてきた。


「リゼ、遅い。敵か?」

「ううん、情報は手に入ったわ。でも、あまり良くない話よ」


私はガブに、聞いた話を伝えた。西へ向かう街道が、大規模な盗賊団に封鎖されていること。彼らの名前が『赤蛇団』であること。そして、リーダーが毒を使うこと。


ガブは話を聞きながら、腕組みをして難しい顔をした。


「赤蛇……。昨日、オレたちが倒した奴ら、そいつらの仲間か?」

「おそらくね。昨日の四人は、ただの下っ端だったんだわ」


ガブが倒した山賊たちの装備は貧弱だった。だが、彼らが組織の一部だとしたら、報復があるかもしれない。それに、西へ行くにはその峠を越えるしかないのだ。


「毒使い……嫌な響き」


ガブが自分の喉元をさすった。あの苦しみを思い出したのだろう。


「オレ、毒は嫌い。卑怯。見えない」

「ええ。でも、避けては通れないわ」


地図を広げる。西へのルートは、その峠道一本だ。他は険しい山脈に阻まれている。山脈を越えるには、それこそ本格的な登山装備と、何週間もの食料が必要になる。今の私たちには不可能だ。


「強行突破するか?」


ガブが鍋のふたを叩いた。


「オレ、盾ある。毒防げるか?」

「毒矢なら防げるけど、毒ガスなら無理よ。それに数が多すぎる」


噂では「手が出せない数」と言っていた。数十人、あるいは百人規模かもしれない。私たち二人だけで挑むのは無謀だ。


「じゃあどうする?戻るか?」


ガブが東を指差す。戻れば、追手の騎士団や、私の実家の捜索隊に見つかる可能性がある。前門の盗賊、後門の国軍。まさに袋小路だ。


「抜け道を探しましょう」


私は決断した。


「表の街道がダメなら、裏道があるはず。ガブ、あなたの鼻と、私の目で探すの」


正規のルートではない、獣道や、忘れられた古道。リスクはあるが、盗賊団の正面突破よりはマシだ。


「ん。わかった」


ガブは鼻を空に向け、クンクンと匂いを嗅いだ。


「風、血の匂い運んでくる。西の方角、赤い匂いする」

「赤い匂い?」

「濃い血の匂い。あと、焦げた匂い。あっち、危ない」


ガブの勘が警告している。西の空には、不気味な黒い雲がかかっていた。昨日のリンゴの甘さは、もうどこにもない。私たちは気を引き締め直し、あえて「赤い匂い」のしない方角――道なき森の深部へと、足を踏み入れることにした。


それが、さらなる混沌カオスへの入り口だとは知らずに。

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