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旅の友に選んだのはゴブリンでした  作者: 竜神
第6章:再会、そして言葉はいらない

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EP103

303:言葉が通じない相手


ガーディアンが剣を引いた瞬間、一時の静寂が天空の広場を支配した。しかしそれは決して和解を意味するものではなかった。半透明の巨神――その顔には目も鼻も、そして言葉を発するための「口」さえも存在しない。あるのはただ、不純な魔力を一切排した、純粋すぎるほどの青い輝きだけだった。


「ねえ聞こえる?私たちは、争いに来たわけではないの」


私は、震える声を精一杯整えて語りかけた。黒い鉄の杖をあえて下ろし、敵意がないことを示しながら、私は周囲を浮遊する微細な光の精霊たちに意識を向けた。


ことわりを紡ぐ最古の精霊たちよ。そしてこの美しき静止を守る律儀な記録の眷属よ。どうか私の心音を聞いてください。私たちは略奪者ではありません。ただ世界の果てにある答えを知りたいと願う、不器用な旅人なのです。この守護者に私たちの熱を……生きた証を伝えてはいただけないでしょうか……)


それは言葉という形式を超えた、魂の直接的な振動だった。しかしガーディアンの反応は冷徹だった。私の魔力が放つ「交渉」の波長に触れた瞬間、巨神の頭部と思われる箇所がキィンと高い音を立てて明滅する。


『――不適合。生命反応、熱量過多。楽園の定常性に有害なノイズと判断。――排除プロセスを再開します』


「今、何て?脳に直接響いてきたけれど……」

「交渉決裂ってことだな!こいつ、最初からオレたちの話なんて聞く耳持ってないんだよ!」


ガブが鋭く叫び、私の前に躍り出た。ガーディアンにとって、私たちの「言葉」は単なる雑音に過ぎないのだ。感情や絆、旅の思い出といった重みは、この完璧なシステムの中では「排除すべきエラー」として処理されてしまう。


ガーディアンが再び光の剣を形成した。先ほどよりも密度が高く、周囲の空間を歪めるほどの圧力を伴っている。彼には「悪意」がない。それが何よりも恐ろしかった。ただ淡々と、プログラムされた秩序を守るために、彼は私たちの存在を消し去ろうとしている。


「待って、まだ……!精霊たち、彼に伝えて!私たちの歩みは、破壊ではないわ!」


私は懸命に魔力を紡ぎ、ガーディアンの足元に柔らかな光の鎖を編み上げた。それは拘束するためではなく、対話の回路を繋ぐための「糸」だった。しかし巨神が軽く足を一歩踏み出すだけで、私の繊細な魔力の鎖はガラス細工のように粉々に砕け散った。


「嘘でしょ。私の魔力が、これほどまでに一方的に無効化されるなんて」

「リゼ、お前の丁寧すぎる『お願い』じゃ、あのアホみたいに硬いシステムには届かない!あいつは『心』なんて持ってないんだ!あるのは、ガチガチに固まった『理屈』だけだ!」


ガブの言う通りだった。アカデミーで論理的な魔法を学んだ私にとって、目の前の存在は一種の「正解」そのものに見えた。完璧で、迷いがなく、無駄がない。それに比べて、泥にまみれ、ゴブリンと手を取り、不器用な魔力を振り絞る私は、あまりにも「間違い」だらけの存在だ。


けれどその「間違い」の中にこそ、私たちが旅で手に入れた唯一無二の価値がある。ガーディアンの剣が振り下ろされる。私は避けるのではなく、自らの魔力で真っ向からそれを受け止める覚悟を決めた。言葉が通じないのなら、私たちの「生の重み」を、力ずくでその理屈の中に叩き込むしかない。


「ガブ。私、もう一度だけわがままを言うわ」

「分かってるよ。お前のわがままに付き合うのが、オレの仕事だからな!」


天空の広場で、無機質な秩序と、泥臭い生命の意志が激しく火花を散らし始めた。


304:力ずくの突破


ガーディアンの光の剣が、石床を轟音と共に粉砕した。衝撃波で私のフードが脱げ、結び直した髪が激しく乱れる。頬をかすめた熱線が皮膚を焼き、鉄の杖を握る手に鋭い痛みが走った。けれど私は一歩も退かなかった。


「ガブ、左よ!精霊たちが、あいつの魔力の流れが左肩に集中していると教えてくれているわ!」

「おう!任せろ!」


ガブはミスリルの鍋のふたを盾としてではなく、今や「楔」として扱っていた。巨神の巨体に対し、ガブは弾丸のような速度で懐へと飛び込む。


ガーディアンは感情のない精密な動きで、空いた左手から幾重もの魔法陣を展開した。そこから放たれるのは、空間そのものを凍結させる絶対零度の冷気。


「させないわ!」


私は杖を地面に突き立て、全身の魔力を解放した。


(荒ぶる焔の精霊たち。そして凍てつく静寂を拒む熱き大地の鼓動よ。どうかこの不遜な冷気を押し返し、私の友が往く道を焼き開いてください。私の命の灯を、あなたたちの力へと変えて……!)


清冽な、けれど力強い詠唱。杖の先から放たれたのは、これまでの私には出せなかったほどの「爆発的な熱量」だった。精霊たちが私の決意に応え、本来の性質を超えた荒々しい力を貸してくれている。炎と冷気が空中で衝突し、凄まじい水蒸気が視界を奪う。


「今だ、ガブ!理屈を、ぶち壊して!」

「っしゃあ!くらえ、これがオレたちの『答え』だぁぁ!!」


ガブは水蒸気を切り裂き、ガーディアンの左肩……魔力の収束点へと跳躍した。彼が掲げたのは、傷だらけの、けれど美しく磨かれたミスリルの鍋のふた。そこに私の強化魔法が重なり、ふたは太陽のような黄金色の輝きを放つ。


ガッ!!鈍い、重厚な衝撃音が響き渡った。無機質な魔力の結晶体であるガーディアンの体の一部が、初めて物理的な「ヒビ」を見せた。完璧だったシステムに、ガブの執念という名の「ノイズ」が深々と刻み込まれたのだ。


「グ……ガ……ギギッ……」


ガーディアンから、初めて機械的な呻きが漏れる。それは痛みではなく、予測不可能な事態に対するシステムの悲鳴だった。一度生じた亀裂は、そこから連鎖的に全身へと広がっていく。


「もう一度、お願い……!万物を流転させる風の精霊たち。この淀んだ秩序を、すべて吹き飛ばして!」


私は杖を旋回させ、最後の魔力を振り絞った。私のマナの泉が、再び底を突くほどの全霊の術。突風がガーディアンのヒビに食い込み、内部からその存在を解体していく。


巨神の体が、光の粒子となって崩れ始めた。剣は消え、絶対的な威圧感は霧散し、広場には再び静寂が戻る。けれど、それは先ほどのような冷たい静寂ではなかった。戦いの熱気と、私たちの荒い呼吸が混ざり合った、確かな「生」の匂いがする静寂だ。


「はぁ、はぁ……。やったのか?」


ガブが肩で息をしながら、着地する。彼の左腕は衝撃で痺れているのか、ダラリと垂れ下がっていたが、その表情には晴れやかな笑みが浮かんでいた。


「ええ。言葉が通じないなら、分からせるしかない。力ずくで、私たちの存在をね」


私は杖を支えにして、ようやく立ち上がった。膝は震え、視界は少しだけぼやけている。けれど私の心はかつてないほどに澄み渡っていた。エリートたちが追い求めた「正解」を、私は自らの手で、そして隣にいるゴブリンと共に打ち破ったのだ。目の前には、ガーディアンが守っていた最後にして最大の「扉」が、その全貌を現していた。


305:傷だらけの凱旋


ガーディアンが消滅した後の天空の広場は、どこか幻想的な廃墟の趣を呈していた。宙を舞う光の粒子が、雪のようにゆっくりと地面に降り積もっていく。私たちの足元には、激しい戦闘の証である無数のクレーターや、抉られた石床の破片が散らばっていた。


「ったく、散々な目にあわされた。リゼ、お前の服、またボロボロだぞ」


ガブが自分のボロボロになった革の防具をさすりながら、力なく笑った。彼の緑色の皮膚には、光の剣がかすめた無数の切り傷があり、そこから紫色の鮮血がにじんでいる。


「あなたこそ……。その腕、ひどいじゃない」


私は、フラフラとおぼつかない足取りでガブに歩み寄った。私のローブも裾が引き裂かれ、上品だったはずのブラウスは煤と汗で汚れきっている。貴婦人が見たら失神するような姿。けれど今の私には、この汚れこそが何よりも誇らしい勲章に思えた。


「じっとしてて。少しだけ、癒やしの精霊たちにお願いするわ」


私は震える手をガブの傷口にかざした。


(優しく生命を育む水の眷属よ。そして痛みを和らげる風の吐息よ。私たちの不格好な勝利を称え、ほんの少しの癒やしを与えてください。この友が流した血を止め、再び立ち上がる力を貸していただきたいのです……)


私の掌から、淡いエメラルド色の光が溢れ出す。魔力はほとんど空っぽだったが、周囲の精霊たちが、私たちの戦いぶりを認めたかのように、喜んでその力を貸してくれた。ガブの傷がゆっくりと塞がり、彼の呼吸が整っていく。


「ふぅ、助かった。お前の魔法、前よりずっと『優しく』なったな。昔はもっと、トゲトゲして痛かったのに」

「そうね。力を奪うのではなく、分けてもらう。その意味がようやく分かってきた気がするわ」


私たちは互いの肩を貸し合いながら、ゆっくりと広場を横切っていった。勝利した。けれどそれは敵を殲滅した「征服」ではない。私たちはただ、この場所を通り抜ける権利を、自らの命を懸けて証明したに過ぎない。だからこそ、この歩みは「凱旋」だった。


広場の最奥。雲海を背に立つのは、高さ十メートルはあろうかという巨大な白銀の扉だった。そこには、これまで見てきたどの装飾よりも緻密で、それでいて不思議と「温かみ」を感じさせる浮き彫りが施されていた。扉の周囲には、私たちが砂漠で出会ったサボテンや、遺跡の入り口で見た花々が、精緻な彫刻として彫り込まれている。


「あそこにあるのね。私たちがずっと探し求めていた、伝説の『楽園』が」

「ああ。正直なところ、ここまで来れるとは半信半疑だった。昔のオレに教えてやりたい。お前、後で人間の魔女と一緒に、世界のてっぺんに立つんだぞってな」


ガブの言葉に、私は胸が熱くなるのを感じた。一人では決してここまで来られなかった。精霊たちへの礼儀を忘れ、魔力が尽きれば絶望し、砂漠の砂に埋もれて消えていただろう。隣に彼がいたから。皮肉を言い合い、芋を分け合い、死線を共に潜り抜けてきた、この最高に不機嫌で最高の「旅の友」がいたからこそ、私は「魔女」として生まれ変わることができた。


「さあ行きましょう。扉の向こうに何があっても。私たちはもう迷わない」

「当たり前だ。ここまで来て引き返せるか。おいリゼ。最後は胸を張って行こう。お前はもう、伝説をぶち壊した大魔女なんだからよ」


私たちは傷だらけの体で、けれど誰よりも誇り高く、白銀の扉の前へと辿り着いた。扉からは柔らかな、懐かしい光が漏れ出している。

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