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旅の友に選んだのはゴブリンでした  作者: 竜神
第6章:再会、そして言葉はいらない

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EP102

300:楽園への道標


古代の遺跡の深部は、地上の喧騒とは隔絶された、濃密な魔力の底に沈んでいた。足を踏み出すたびに、白磁を思わせる床に刻まれた幾何学模様が、淡い青の燐光を放ちながら波紋のように広がっていく。それはまるで、遺跡そのものが私たちの心音と同期して息づいているかのようだった。


「静かね、ガブ」


私は黒い鉄の杖を握りしめ、周囲の気配を慎重に探った。


「ああ。けどただの静かじゃない。耳の奥がキーンとする、あの嫌な感じだ。これだけの魔力が溜まってたら、普通の人間なら呼吸するだけで酔うだろうな」


ガブは左腕のミスリルの鍋のふたを低く構え、油断なく視線を左右に走らせている。彼の言う通り、ここを流れる空気は「物質」というよりも「魔力の高密度の集積」に近い。


かつてアカデミーで学んだ際、教師たちは「失われた古代魔法は、自然界を強制的に再編する力だ」と説いていた。けれど今こうしてその遺構の中に立ってみると、全く別の印象を受ける。ここにあるのは強制ではなく、洗練され尽くした「精霊との究極的な調和」の残滓だ。


私たちは、遺跡の中央に鎮座する巨大な円環状の台座の前に辿り着いた。その台座の上には、実体を持たないはずの「光の奔流」が、まるで一本の剣のように真っ直ぐに天を指して立ち昇っていた。


「あれが、『楽園への道標』なのね」


私がその光に魅せられるように一歩近づくと、背後で微かな振動が起きた。台座の周囲に配置された十二の石柱が一斉に複雑な魔法文字を投影し始めたのだ。


(この地に永き眠りを選んだ、智慧ある古の精霊たち。そして今もなおこの円環を守り続ける、静かなる記録の眷属よ。私たちは真実を求め、この扉を叩きました。どうか私たちの魂の純度を測り、楽園へと続く道を示してはいただけないでしょうか。私の内なるマナを、対価の灯として捧げます……)


私は杖を台座へと差し出し、砂漠での苦難を越えて研ぎ澄まされた、清らかな魔力を流し込んだ。以前のような、血管が裂けるような無理な抽出ではない。精霊たちの流れに、私の存在をそっと添えるだけの、丁寧な対話。


すると台座から放たれていた光の剣が、まるで生き物のようにしなり、遺跡のさらに奥……最果ての地へと続く「特定の座標」を指し示した。それと同時に、私の脳内に直接、一つのイメージが流れ込んできた。それはあらゆる争いも、嘘も、悲しみも存在しない、ただただ透明な「静止した世界」の断片。


「見えたわ、ガブ。道はあそこよ」

「ようやく具体的な方向が決まったか。けどリゼ。あの光の先……なんだか嫌な予感がする。あまりにも『綺麗』すぎて」


ガブの言葉に、私は一瞬自分の心が揺らぐのを感じた。道標が指し示す場所は、あまりにも美しく、完璧だった。けれどその完璧さが、どこか私の胸をざわつかせた。


「行きましょう。ここで立ち止まっても、答えは見つからないわ」


私たちは光の指し示す先へ向かって、再び歩き出した。遺跡の出口に向かう回廊の壁面には、かつてこの地を統治していたであろう人々と、ゴブリンに似た種族が手を取り合って笑うレリーフが刻まれていた。それは今私たちが共に歩んでいる姿を、何千年も前から予言していたかのようだった。


301:最後の難関


「道標」の導きに従い、私たちは遺跡のさらに地下深く、あるいはこの世界の「基盤」とも呼ぶべき領域へと足を踏み入れていた。そこはこれまでの旅で経験したどんな地形とも異なっていた。重力そのものが不安定に揺らぎ、空間が万華鏡のように組み換わる、魔力の迷宮。


「っ!ガブ、足元に気をつけて!」


私が叫ぶと同時に、一瞬前まで床だった場所が砂のように崩れ、青白い奈落へと消えていった。ガブは反射的に宙を跳び、かろうじて残された浮遊石の上に着地する。


「クソッ、これが『最後の難関』ってわけか!歓迎ムードはさっきまでだったみたいだな!」


ガブは鍋のふたを足場にし、不安定な空間を渡り歩いていく。私たちの行く手を阻むのは、単なる罠や魔物ではなかった。それは「この世界の法則そのものの拒絶」だ。この先にある「楽園」は、不完全な存在である人間や魔物が立ち入ることを、物理的に拒んでいるようだった。


私は混乱する精霊たちの声を必死に聞き取ろうとした。


(空間を紡ぐ繊細なる精霊たちよ。そして形を持たぬ次元の隙間に住まう、名もなき眷属よ。どうか私たちの歩みを拒まないでください。私たちはこの世界の調和を乱しに来たのではありません。ただ旅の答えを見届けるために、この不安定な波を越えたいのです。私のマナを、あなたの揺らぎを鎮めるためのくさびとしてお使いください……)


私は鉄の杖を両手で握り、全身の魔力を一点に集中させた。杖の先端から放たれた波動が、周囲の不安定な空間に「秩序」の線を引いていく。崩れかけていた足場が固定され、狂ったように吹き荒れていた魔力の風が、一時の静寂を取り戻した。


「今よ、ガブ!私の後ろについてきて!」

「おう!お前、いつの間にこんな大魔術師みたいなことができるようになったんだ!」

「必死なだけよ!でも、精霊たちが私の声を聞いてくれている……。それだけは確かなの!」


私たちは、一歩踏み外せば存在そのものが消滅しかねない極限状態の中を、互いの信頼だけを頼りに突き進んだ。疲労は限界に達していた。砂漠での乾き、魔物との戦い、そして何より「故郷を捨てる」という精神的な消耗。それらが重い鉛のように足に纏わりつく。けれどガブの荒い鼻息が、そして時折私の背中を支えるその無骨な手が、私に「生」の重みを思い出させてくれた。


ようやく迷宮の出口が見えた時、そこには巨大な、鏡のような質感を持った「門」が立ちはだかっていた。その門の表面には、私たちの旅の光景が走馬灯のように映し出されていた。逃走、荒野での芋焼き、そして砂漠の死線。門は問いかけてくる。『これほどの苦難を背負い、なおも無垢なる楽園を求めるのか。不浄なる記憶を抱えたまま、清浄なる地に立ち入る資格があるのか』と。


「資格なんて、最初からないわ。でも私たちはここにいる。それがすべてよ」


私は門に手をかけた。熱く、けれど震えるその掌は、旅路のすべての痛みと誇りを宿していた。


302:ガーディアン


門を抜けた先、そこは「楽園」への最終防衛線となる、天空に浮いた円形競技場のような広場だった。周囲は果てしない雲海に包まれ、頭上には手を伸ばせば届きそうなほど巨大な月が輝いている。

そしてその広場の中央で、私たちは「それ」と対峙した。


「ガーディアン」


私が呟いたその存在は、肉体を持たなかった。純粋な魔力の結晶で編み上げられた、半透明の巨神。その姿は、かつての王国の英雄のようでもあり、あるいは私たちが恐れていた「拒絶」の化身のようでもあった。手に持った光の剣は、一振りでこの空間そのものを断ち切らんとする威圧感を放っている。


「ひひっ。最後はやっぱりこういうデカブツが相手か。分かりやすくて助かる」


ガブは恐怖を押し殺すように笑い、ミスリルの鍋のふたを強く打ち鳴らした。


「リゼ、お前は後ろで精霊どもと密談してろ。このデカブツの足留めは、オレの仕事だ!」


ガーディアンが動いた。音もなく振り下ろされた光の剣が、広場の石床をバターのように切り裂く。凄まじい衝撃波が私たちを襲い、私は杖を支えにどうにか踏みとどまった。


「ガブ、危ないわ!」

「心配すんな!ミスリルをナメんなよ!」


ガブは剣撃の直撃を鍋のふたで受け止めた。キィィィィン!という鼓膜をつんざくような金属音が響き、火花が夜空を焦がす。伝説の金属であるミスリルは、ガーディアンの魔力攻撃をかろうじて散らしていたが、ガブの足元は衝撃でめり込んでいた。


私は自分に課せられた役割を理解していた。この守護者は、力だけで倒せる相手ではない。これは遺跡が、そしてこの世界のシステムが課した「最後の試験」なのだ。


(光の源を司る偉大なる精霊。そして、この地の秩序を守る冷厳なる守護者の意志よ。どうか、私の心を見てください。私たちが求めるのは支配ではなく、ただ一つの答えなのです。この刃を収め、私たちの言葉に耳を傾けてはいただけないでしょうか。私は全霊をもって、この『対話』にすべてを賭けます……)


私は極限まで感覚を研ぎ澄まし、ガーディアンという巨大な魔力の塊の「波長」を読み取ろうとした。それは、嘆きに似た深い孤独の旋律だった。何千年も、誰とも言葉を交わさず、ただ扉を守り続けてきた機械的な意志。


私は杖を掲げ、攻撃魔法ではなく、精霊たちの「安らぎ」を伝える慈愛の波動を放った。ガーディアンの動きが一瞬、鈍る。


「ガブ、今よ!攻撃するんじゃなくて、彼の剣の『軸』を逸らして!破壊ではなく、彼を『解放』してあげるの!」

「無茶言うな!けどお前のその無茶に付き合ってここまで来たんだ。やってやるぜ!」


ガブは、降り下ろされる光の剣に対し、盾を斜めに滑らせるようにしてぶつけた。激しい魔力の衝突。けれど、そこに「殺意」はない。リゼの放つ穏やかなマナと、ガブの執念が、ガーディアンの冷たい回路に「生の熱」を流し込んでいく。


ガーディアンの瞳に宿っていた冷酷な光が、ゆっくりと、けれど確かに温かな色へと変化し始めた。巨神はその巨体を揺らし、まるで深い溜息を吐くかのように剣を消した。私たちは、ついに「言葉が通じない相手」との間に、目に見えない絆を繋ぎ止めたのだ。


ガーディアンは静かに道を譲り、背後の雲海が左右に割れた。その先に、いよいよ本物の「楽園」の扉が、朝日を浴びて輝き始めていた。

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