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帽子がない

作者: ふにゃあ

 帽子を無くした。


 部屋中どこを探しても見つからない。今は夏だ。この日差しで帽子を被らずブラブラするのは少し厳しいだろうか。いや、たかが帽子。そう思った僕は何も被らず外に出た。


 ドアを開けると、薄暗く冷えた室内に蒸し暑さが飛び込んだ。息苦しい熱気に、部屋に戻りたくなったが、鍵を閉め、蝉の声を無視して駅の方面に歩いた。


 駅に繋がる大通りに着いた。遠くのアスファルトは熱でうねっている。蝉がうるさい。太陽が確かに僕の方向へ向いている気がした。どうしてか、いつもと感覚が違う。


 今僕はすれ違う人と、窓ガラスの向こうの人と、僕が視界に映るであろう全ての人と対等を強いられている気がする。そして僕はおそらくその全ての手合わせで敗退している。心持ちの悪さが招いた陽炎だろうか。社会の壇上に上げられているような錯覚を覚えた。


 街中を歩く人はみな資格を持っているような顔付きだった。話しながら、歩きながら、笑いながら、日常を暮らしていた。私はそこに帰属するという根拠のない強い自覚を持っているようで、僕には理解できなかった。陽炎が覗いた。


 太陽がひたすらに僕を焼く。頭を締め付けるような痺れる痒みが波打って身体中に広がる。空を見上げる。自己の存在を信じて疑わない太陽が僕を不思議そうに見つめていた。


 僕は元の目的も忘れてUターンし、部屋に帰った。


 それからも無くした帽子は見つかることなく、昼間は部屋から出なくなった。


 しばらくは夜が僕の居場所だった。暗い街を歩けば、僕は一方的な観察をしていられる気がした。壁に空いた小さな穴から隣人の暮らしを覗き見るようで、僕は何の気負いもなく大手を振って街へ繰り出した。


 夏はピークを迎え、熱帯夜が何日も続いた。僕はまたもや居場所を追われることになった。熱帯夜に嫌気がさしたのだ。夜は僕の時間のはずなのに、夜が僕を拒んでいた。比較的外に出ない生活に慣れていたから、部屋に居続けることにもう違和感はなかった。


 僕は徐々に部屋に引きこもるようになった。


 そのうち靴を無くした。じきに玄関も失うのだろう。僕は薄暗い直方体内部の虫になった。

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