イントロ
この小説は、とある中堅作家とアシスタントによる会話劇です。アイデア出しに難航する中、小説のテーマは決まるのか?
今年もすっかり秋が深まり、紅葉は深く色付いている。そんな木々を二階の窓越しに眺めながら、とある中堅作家が、小説を書こうとしていた時、作家は背後にいる若い女性アシスタントに声を掛けた。
「今回のテーマは、どうする?」
作家の問いに、アシスタントは困惑の面持ちを浮かべつつも、冷静に対応した。
「それは、先生ご自身がお考えください」
その返答に、作家は少し腹を立てた。
「冷たいねぇ」
その言葉が発せられた後、狭い室内に沈黙が流れた。窓際にパソコンを前にして座っている作家、作家の背後でドア付近に立っているアシスタント、室内を取り囲んでいる本棚、室内の随所に散乱している膨大な数量の本。室内全ての者・物が音も声も立てない時間が数秒間流れた。そして、その静寂を破るように、アシスタントが発言した。
「なぜ、私が先生のテーマを考えなければならないんでしょうか?」
それは、いかにも作家の役に立つのが面倒臭いという意味だと、作家は捉えた。
「君には僕の原稿料と印税の一部を毎月支払ってあげてるんだよ? それを仇で返すつもりか?」
作家は椅子を四十五度回転させて、アシスタントを横目で睨み付けて言った。しかし、アシスタントは、アシスタントなりに反論した。
「私はあくまで先生の執筆をお手伝いするためのアシスタントです。テーマを私が提示するのは仕事外かと」
「テーマやアイデアを提供するのも、アシスタントの仕事の一つじゃないのか?」
作家はアシスタントを睨み続けた。
「そうでしょうか?」
「そうに決まってる。さあ、何か出してくれ」
「先生自身は考えないんですか?」
アシスタントの言葉を聞いて、作家は更に挑発された気分になった。
「馬鹿にするな、俺も考える。ただ、君が考えてくれないと、こっちも思い付かないんだよ」
「……どうしても私から提示して欲しいですか?」
アシスタントは呆れた口調で、その真意を確かめた。
「して欲しいから言ってるんだよ。言う通りにしなさい」
作家の真意を聞いて、アシスタントは言葉を失った。この先生が書いた小説は、徐々に売れ行きを伸ばし、先生自身も有名になって来ているが、その中身がこれとは――作家が「他人任せ」な人物像だということを知ったアシスタントは、この人のアシスタントをやるくらいなら、以前働いていたカフェのアルバイトを続けていた方が良かったと思った。しかし、そんなことを今更悔やんでも仕方がない。
「分かりました。では、提示します」
自分の意に反しつつも、アシスタントは承諾した。