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狭間-碧 使わなかった死に場所

 突然、無性に歩きたくなって、しばらく翠色の原っぱを歩いた。

 何も考えずに、ずっと、ずっと歩いて。足の向くまま、心の向くまま。


 ——そして、ハッとして足を止めた。


「……危なかった」


 気がつくと、私はとても高いところにいた。

 空が近い。辺りには深い森。足元はコンクリート。前方はコンクリートで覆われた絶壁で、後ろには碧色の美しい水面が広がっている。


(……ダム)


 今回のこの場所は、今までの中で一番よく覚えている。

 ここで、死のうと思ったから。


 あれは十七歳の春だった。

 一年以上、特別社会貢献者として人を殺し続けてきて、そのお金はお父さんの現実逃避に使われ、そのうえまだ暴力が止むことはない。それに耐えかねて、ついに心に限界が来た日。

 お母さんと同じように水の中へ飛び込めば、きっと、またお母さんに会えると思った。水の中なら、お母さんが迎えに来てくれるかもしれないと。


 でも、結局——


「……できない。できないよ」


 その時の自分の声が、今でも聞こえてくるようだった。


 お父さんがまた元に戻ってくれるかもしれないって、そんな希望を捨てたくなかった。まだ生きていたかった。生きて、もう少し頑張ってみたかった。


 ごめんなさい、お母さん。ごめんなさい、ごめんなさい。

 本当に、まだ生きていたかった。


 お母さんに会いに行けないけれど、その代わりに、たくさんお土産話を持って行くからって。いつか天国で会えた時に、私が見た美しいものを全部話してあげるからって。


 ……この時は、本当にそう思っていた。


 碧色の水面が、静かに陽の光を反射している。あの日と同じように美しくて、あの日と同じように静かで。でも今は、もうあの時のような絶望はない。


 ただ、あの頃の私を、愛おしく思うだけ。

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