狭間-翠 届かない青春
紅葉の山道を歩いていると、いつの間にか景色が変わっていた。
今度は、新緑が眩しい公園だった。
翠色の芝生が一面に広がり、桜並木の新芽が柔らかな色に輝いている。五月の陽射しが木漏れ日となって地面に踊り、暖かな風が頬を撫でていく。
ベンチに腰を下ろして、遠くを見つめる。
公園の向こう側に見える高校の校庭では、体育の授業が行われていた。体操着姿の子たちが、楽しそうに笑いながらバレーボールをしている。
「……行けるはずだったんだよね」
高校は無償化になっていて、試験に合格しさえすれば——そして、お父さんに借金がなければ、普通に通えるはずだった。でも、お母さんが死んでから学校には行けなくなっていたから、ちゃんと卒業できたかどうかもわからない。
事故のことが地元のニュースで報道されて、学校でも話題になった。最初は「可哀想」という同情の声もあったけれど、やがてそれは好奇の目に変わっていく。
「お父さんが事故ってヤバくね」
「居眠り運転で奥さん殺すとか」
「ハクネの家、どうなってるの?見に行こうよ」
廊下ですれ違う度に聞こえてくる囁き声。遠慮のない視線。事故の詳細を知りたがる同級生たち。私の家族の悲劇は、彼らにとってはただの興味深いゴシップでしかなかった。
そこに加えて、お父さんの暴力によってできた痣を隠すのにも疲れ果てて。北欧系の母の血を受け継いだプラチナブロンドの髪と淡い緑の瞳も、余計に目立ってしまう。事故の後は、それがさらにエスカレートした。
校庭の向こうで、女子高生たちが髪を揺らして走っている。
きっと彼女たちには、普通の悩みがあるのだろう。テストのこと、友達のこと、恋のこと。私が経験できなかった、すべてのこと。
もし、お母さんが生きていたら。
もし、お父さんが壊れていなかったら。
私も、あの校庭で笑っていることができたのだろうか。
手のひらを見つめる。
この手で、あの頃は毎日血を洗い流していた。同世代の子たちが教科書を持つ手で、私は刃物を握っていた。
あの時の私には、こんな選択肢しか残されていなかった。
翠緑の美しさが、余計に私の胸を締め付けた。