番外編③ そのうさんくさい服は【SIDEアベル】
番外編②の続き
ノルベルトとふたり、俺の荷物を片付けていた。
俺だけだと「え~、これ、まあ、要るかな……」って感じで手が止まっちゃうけど、ノルベルトが「教会に本棚を作って、農法の本はみなが自由に使えるようにするのはどうだろう」とか、バシバシ意見をくれるから助かった。
洋服タンスにも手を伸ばす。
ほとんど服は持ってない気がしてたけど、ひっくり返すと結構あった。
ノルベルトは興味深そうに眺めていた。
「夏服か。……アベル、こんな薄い服で村を歩いていたのか」
「薄いって、それほどでもないですよ。リュトムスも夏は暑くなりますし」
「でも身体のラインが出るだろう。もっと厚手の、ゆったりしたやつの方が……」
「誰も私の服なんて見てませんよ」
くすくすと笑うと、ノルベルトはじろっと俺を見る。
「そう思ってるのはあなただけだ。俺はあなたのいろんな格好が見たいし。……ほかのやつが見たと思うと嫉妬してしまう」
「あなただけですよ。そんな物好きは」
「そんなことない」
ぷい、とノルベルトが顔を背ける。ちょっと拗ねちゃったみたいだ。
ノルベルトは意外とこういう子どもっぽいところがあるからな。まあ、そこも可愛いんだけど。
とはいえ確かに薄すぎるのは恥ずかしいかな。
これはタオルにするとしてーーーとよけていると、ノルベルトが「これは……」と、不思議そうな声を出した。
ちらりと視線を向け、ヒュッと息を呑んだ。
ノルベルトの手には、ワインレッドのシャツと細身の黒いパンツがある。
「ちょっと!!!! それ!!!! だめです!!!!!」
「!? どうした、アベル」
急いでノルベルトの手からその服を奪った。
レネ・ホフマンの格好をしていたときの、すげぇ胡散臭い服だ。
恥ずかしいどころじゃない。さっきの薄い服よりよっぽど身体のラインが出る。
胸元も開いてるし、怪しい詐欺師みたいな格好だ。
ヴォーゲンではそういう格好じゃないと浮くから、ミカエラにもらっただけで。
こんなイキった、治安悪そうな服を……まさかノルベルトに見つかるなんて。
「ちがう、ちがうんです! 私の趣味じゃないんです!」
「あ、ああ……そう、か」
「ヴォーゲンだと村の格好って浮くんですよ! それだけ! 私、こんなうさんくさくないですから!」
「わ、わかってる、落ち着け……」
俺は後ろ手でさっきの服を隠し、顔を真っ赤にして叫ぶ。
ノルベルトはあわあわと俺を落ち着かせようとした。
「ほんとです、ほんとだもん」
「わかった。わかってる。どっかで見たことある気がしただけだ」
「……え」
ぴくり、と顔がひきつってしまった。
ノルベルトはしばらく首を傾げる。そして「……あ」と何かを思い出したように顔をパッとあげた。
ばちりと目が合う。
「ヴォーゲンの、あの、銀髪の男って」
「…………」
「やっぱり、アベルだったのか」
ノルベルトがぽつりと零した。
俺は、もう、恥ずかしくて、顔から火が出そうだった。
あんなうさんくさい格好見られたくなかった。
挑発する演技もしてたし。
嫌われたら、引かれたら……
嫌な想像が広がった。
うう、と涙目になってうつむく。
ノルベルトはふふっと笑った。
「そうか。いや、納得した。どこか似ている気がしていたんだが」
「…………はい」
「”変化”の魔法を使っていたんだな。気づけて良かった」
「……私、あんなにうさんくさいですかね」
ぷい、と顔を背けて呟く。拗ねたような口調になってしまった。
ノルベルトはくすっと笑って、ぽんぽんと俺の髪を撫でる。
「そうじゃない。多分、にじみ出る雰囲気……いや、ちがうな。なんだろう。うさんくさいとかじゃなくて。うまく言葉にはできないんだが」
「……ふうん」
「アベル独特の空気感と言うんだろうか。だから、俺はきっとアベルがどんな姿になっても気づく」
ちらりと視線をあげると、ノルベルトは愛おしそうに俺を見つめていた。
青い瞳に映るのは、”神父”のアベル。
でも、ノルベルトは俺の本当の姿も知ってるし、治安の悪い格好も知ってる。
………もう。
胸の奥がむず痒くなって、ずん、と立派な胸板に頭突きをした。
ノルベルトは「ははっ」と笑って、そのまま俺を抱きしめた。全然攻撃にならなかった。
「私、魔法でどんな姿にもなれますから。これだってただの演技かもしれないですよ?」
「そうか。それでもいい」
「……もう」
「あなたが老人の姿になったって、怪物の姿になったって。俺は愛する自信がある」
抱きしめる手が強くなる。
俺はノルベルトの服をきゅっと掴んだ。
ばかだな、とか思っちゃうけど。
きっと本当なんだろうな、ってのはじっくりと伝わってきた。
俺はノルベルトの身体に手を回して、ぎゅうっと強く抱きつく。
「絶対ですよ」
「ああ」
「……引いたら許しません」
「もちろん」
ノルベルトは当然とばかりに言い切る。
俺はちょっと泣きそうになって、しばらくずっと立派な胸板に顔を埋めていた。
「”変化”の魔法について、色々聞いてもいいだろうか」
ノルベルトがぽつりと呟く。
俺はそっと顔を上げた。
「どうぞ」
「ずっと変身してるのは疲れないのか?」
「うーん。慣れもありますが、わりと平気です。私の場合は角と尻尾を隠すとかそれくらいですし」
「そうか。確かに、数年も魔法をかけてきたんだもんな」
「ええ。インキュバスにとってはいつものことですね。女性がお化粧をする感覚に近いかと」
なるほど、とノルベルトが頷く。
俺にとっては日常のことも、人間……ノルベルトには珍しいのかと、初めて気づいた。
「ほかに何か気になってることがあればお答えしますよ」
「あ、ああ。じゃあ、……ずっと気になってたんだが」
「はい」
「ヴォーゲンで会った、あの……ミカエラとシャロンは、……アベルの、友人、でいいのか?」
ノルベルトが不安げに俺の瞳を見つめる。
そういえば、ちゃんと説明してなかったな。
「ミカエラはサキュバスで、ヴォーゲンの魔物コミュニティのボス的な存在です。魔物が人間社会に紛れ込むための情報や道具を売っています。シャロンは狼男で、ミカエラの用心棒です。私は顧客のひとりですね」
「なるほど。親しげだったのはそのせいか。……よかった」
「親しいだなんて。ただの売人と顧客ですよ。安心してください」
そうだな、とノルベルトが俺を抱きしめる手を強めた。
「アベルはミカエラと気安い口調で話していた。俺と話すよりずっと」
「……そうでした?」
「それにアベルは酒が飲めないのに、バーテンダーと仲が良いというのも妙な気がして。だから、その……ちょっとひっかかってたんだ」
ノルベルトの顔を下から見上げる。きゅっと眉根を寄せていた。
あのときは聞かれなかったけど怪しい要素はたくさんあったみたいだな。
説明せねば、と俺は口を開いた。
「魔物がこの国で生きていくのは難しくて。そのせいか、仲間意識みたいなものはありますね」
「そうか。彼らのおかげでアベルは神父でいられるんだしな」
「ええ。私ひとりじゃ、報告書の提出もできませんから」
「……次、会ったら、お礼を言いたいな」
ぽつり、とノルベルトが呟く。
俺は「そうですね」と返した。
立派な胸板に顔を寄せて、そっと心音を聞く。
とくん、とくんと、静かに響く。落ち着く鼓動だ。
「いつか、あなたをちゃんと紹介したいです」
「……ああ」
ミカエラたちのおかげで、いま、ここにいられる。
そう実感すると、あの憎たらしいニヤニヤ笑顔が見たくなった。
俺が騎士と一緒にいると告げたら、どんな反応をするかな。
ノルベルトを見上げる。
愛しい旦那様は、優しい瞳で俺を見つめていた。
番外編④は明日の18時半ごろ投稿予定です!
ヴォーゲンから届いたミカエラの手紙。
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