番外編① 不器用な友人のプロポーズ【SIDE クラウス】
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お礼として、番外編を4本投稿いたします。
ぜひ楽しんでくださいませ⭐︎
※第46話~48話あたり(ヴォーゲン帰還後から)のノルベルト側のお話
「クラウス、頼みがある」
「チッ、なんだよ。……」
朝早くにもかかわらず、ノルベルトは勢いよく工房の扉を叩いてきた。
昨日、アベル様とこいつはヴォーゲンから帰ってきたばかりだ。
コイツはいつも爆弾級の突拍子もない話を持ってくる。7割はのろけだし、3割は意味分からん。
今回はなんだ、旅行中の思い出話か……と、うんざりした顔を隠さないで扉を開けた、のだけれど。
ノルベルトの表情はいつにも増して険しかった。
「………どうした」
「アベルへ贈る結婚指輪は、今どうなってる」
「あー、図面ができたとこだな。四月くらいに完成予定だけど」
「……申し訳ないが、なるべく早く作ってもらうことは可能だろうか」
ノルベルトは切羽詰まった表情だった。
高い背を惜しげもなく下げて「なんでもする。金も、いくらでも払う」と、続けた。
……俺は、どこか不穏なものを感じて、ごくりと唾を飲み込んだ。
コイツは変なヤツだが意味のないことはしない。
とりあえずノルベルトを工房に招き入れる。
コイツは話が下手だから。
俺がちゃんと聞いてやらないといけない。
「何があったわけ。事情がわかんないと対応しづらい」
「………いや、………何も……まだ、起きてない、んだが」
「ヴォーゲンで何かあった? ケンカでもした?」
俺が軽い口調で尋ねてもノルベルトは暗い顔のままだった。
せっかく淹れてやった紅茶にも手をつけず、眉根を寄せて言葉を濁す。
……アベル様も、こいつも。
ヴォーゲンから戻ってきてから少し様子がおかしい。
昨日、アベル様が教会でお土産を配っていたとき。
アベル様はいつも通りの笑顔だったけど、どことなく無理しているように見えた。
一方ノルベルトはアベル様を気遣ってか若干距離をとっていた。いつもの無鉄砲なマイペースさがなくて、変だなと思っていた。
あの旅行で何かあったのかと、気がかりではあった。
ちらりと顔色を伺うと、ノルベルトは重い口を開いた。
「すまない。詳しくは、言えない。俺もわからないんだ」
「………そ」
「ただ、アベルが、今……、」
ーーーすごく苦しんでるんじゃないかって、
と続けるノルベルトの声は、悲痛な響きをしていた。
「アベルはひとりで抱え込むから。……でも、今の俺の言葉じゃ、きっと何も伝わらない」
「………ふうん」
「だから、……だから、その、……クラウスが忙しいのはわかってるし、いつも迷惑かけてるのは、わかってるん、だが、………」
ノルベルトは大きな身体を丸めて、頭を下げた。拳は震えている。辛そうだ。
……全く。この大男は。
いつだってマイペースで、アベル様のことしか考えてないんだから。
俺は、はぁ、とため息を吐いた。
「早くて一週間」
「………え」
「その間、お前も手伝えよ。ほかの仕事を後回しにするわけにもいかねーんだから」
「……いいのか」
「ダメって言ったって聞かねーだろ、お前は」
俺はぶん、と手元の小さな木槌を投げた。
ノルベルトはうまくキャッチする。
「早くしろ、時間ねーんだろ」
ノルベルトは、震える声で「ありがとう」と絞り出した。
ぶっちゃけ、いま俺はめちゃくちゃ忙しい。
春が近いからみんな農具の修理を依頼してくるし。
フローラの結婚式もあって、式で使う道具も作んなきゃいけない。
もっと時期がばらけてくれりゃ楽なんだけどな。
まあ、この時期は仕方ない。
全部を俺がやってたら確実に結婚指輪は遅くなる。
俺は農具の修理のやり方をノルベルトに教えた。
驚くほど不器用で、ヘタクソってレベルじゃなかった。
けど、だんだんとコツを掴んできたのか、次第に簡単なものならできるようになった。意外と物覚えは早いようだ。
俺のチェックがなくてもいけるくらいになって、俺は結婚指輪を作る作業に入った。
ノルベルトの隣でサファイアを加工する。
コイツの家に伝わる宝石で、アベル様の結婚指輪に使うヤツ。
先の尖った砥石で丁寧に削りだす。ここでミスる訳にはいかない。
ノルベルトが木槌を叩く音が工房に響く。
俺は息を殺して、目の前の宝石に向き合った。
「なあ、クラウス。これは友人の話なんだが」
しばらくして、ノルベルトが鋤を修理しながら話しかけてきた。
俺はチラリと視線を向ける。
お前、友人なんかいねーだろ、とか。
その手の切り出し方って大抵自分の話なんだよな、とか。
言いたいことは無限にあったが、俺は全部飲み込んだ。
「なに」
「………もし、愛する人が、隠し事をしていたら、……それを暴くのは、ひどいことだと思うか」
俺は手元が狂いそうになった。咄嗟に指に力を込める。
隠し事? アベル様が?
いや、そうと決まったわけじゃないけど。
俺は動揺を悟られぬよう、ゆっくりと手の動きを再開した。
「どんな」
「………自分の、………過去、とか」
「……ふうん」
かなりぼかしたな。
けど、大体察した。
アベル様の過去は、この村の誰も知らない。
なんでこんな辺鄙な村に派遣されてきたのかとか、その前はどんなとこに住んでたのかとか。
みんなで聞いてもアベル様は教えてくれなかった。言いたくないようだった。
……だからといって、別に。アベル様への信頼が損なわれるわけじゃないから。
俺たちは、聞かないでいた。
「その友人とやらは知りたいわけ?」
「……わからない。知ることで傷つけるなら、知らない方がいいのかとも思う。知りたいってだけで暴くのはただのエゴかもしれない。……でも、知らないまま一人で抱え込んでるのは、寂しい」
ノルベルトは修理したばかりの鋤を床に置く。別の鋤に手を伸ばし、修理し始めた。
俺はそっと目の前の宝石に視線を向ける。
高級なサファイア。
サイズも色も最上級で、結婚指輪に相応しい、美しい宝石。
……こいつが、これを贈る時は、きっと。
「隠し事するってことはさ、その相手も困ってんじゃないの」
「……え」
「じゃなかったら隠し事なんかしねーだろ。知ったら相手を傷つけるかもしんねーけど。知らないと相手はずっと困ったままじゃん」
どっちがいいわけ、とぶっきらぼうに聞く。
ノルベルトは木槌を強く握って、黙り込んだ。
しばらくして、「困ってるのは、嫌だな」と小さく呟いた。
止まっていた手を動かし、真剣な表情で木槌を打ち始める。
「……クラウスは、たまにいいことを言う」
「はあ!? たまにってなんだよ!」
「ありがとう。友人にも伝える」
「クッソ、マジむかつくなお前! 指輪代ふんだくってやるからな!」
キィーーッ!と叫ぶとノルベルトは顔を上げて「わかった。全財産やる」と真っ直ぐな瞳で告げた。
真面目かよ。
俺はふん、と顔を背けて、サファイアの加工を再開する。
……全く。
マジでむかつくし、マイペースだし、無神経だし、自分のことばっかだけど。
コイツのプロポーズ、うまくいくといいな、とか。
アベル様もちゃんと聞いてくれるといいな、とか。
そんな気持ちを込めてサファイアを磨いた。
「……できたっ!」
フローラの結婚式が終わった日の深夜。
時刻は午前三時を過ぎていた。
俺とノルベルトは結婚指輪を完成させた。
納期が短いって理由で雑なものを渡すわけにもいかないから、細部まで丁寧に磨き上げて。
暖炉の火にかざす。
銀のリングは傷ひとつない。サファイアは美しい光を放っていた。
「……ありがとう、クラウス」
ノルベルトが掠れた声で呟いた。
半分泣きそうで、それでいて、安堵を隠し切れていなかった。
ここのところ俺たちはほとんど徹夜だった。服もボロボロだし顔もやつれてる。
けど、やりきったみたいだ。
ノルベルトが指輪をそのまま持っていこうとするので、俺は急いでリングケースを手渡した。フローラの結婚式用に用意してた予備のやつだ。
それから俺はノルベルトを風呂に叩き入れて、いい服を着させて、身なりを整えさせた。
だって、一世一代のプロポーズなんだからさ。
リュトムスの朝は寒い。
扉を開けると急に冷気が襲ってきた。
まだ日は昇らない。東側の空がうっすらと紫がかっている。
「行けるか」
「ああ」
ノルベルトの瞳は決意に燃えていた。
けど、顔はどこか強ばっていた。
震える手でリングケースを握り締めている。
「……行ってこい」
俺はノルベルトの背中をばしっと叩いた。
ノルベルトは肩をびくりとさせるものの、すぐに不器用に笑った。
ーーー頑張れよ、ばーか。
俺は教会へ向かうノルベルトの背を見送る。
聞こえないくらいの声で、小さく応援してやった。
番外編②は明日の18時半頃投稿予定です!
番外編②、本編終了後のアベルとノルベルトのお話。
アベルが部屋の片付けしてたらノルベルトがめっちゃ焦ってて…!?




