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番外編① 不器用な友人のプロポーズ【SIDE クラウス】

ネトコン13受賞、ありがとうございます!

みなさまの応援のおかげです!

お礼として、番外編を4本投稿いたします。

ぜひ楽しんでくださいませ⭐︎


※第46話~48話あたり(ヴォーゲン帰還後から)のノルベルト側のお話

「クラウス、頼みがある」

「チッ、なんだよ。……」


朝早くにもかかわらず、ノルベルトは勢いよく工房の扉を叩いてきた。

昨日、アベル様とこいつはヴォーゲンから帰ってきたばかりだ。

コイツはいつも爆弾級の突拍子もない話を持ってくる。7割はのろけだし、3割は意味分からん。

今回はなんだ、旅行中の思い出話か……と、うんざりした顔を隠さないで扉を開けた、のだけれど。


ノルベルトの表情はいつにも増して険しかった。



「………どうした」

「アベルへ贈る結婚指輪は、今どうなってる」

「あー、図面ができたとこだな。四月くらいに完成予定だけど」

「……申し訳ないが、なるべく早く作ってもらうことは可能だろうか」


ノルベルトは切羽詰まった表情だった。

高い背を惜しげもなく下げて「なんでもする。金も、いくらでも払う」と、続けた。


……俺は、どこか不穏なものを感じて、ごくりと唾を飲み込んだ。

コイツは変なヤツだが意味のないことはしない。

とりあえずノルベルトを工房に招き入れる。


コイツは話が下手だから。

俺がちゃんと聞いてやらないといけない。







「何があったわけ。事情がわかんないと対応しづらい」

「………いや、………何も……まだ、起きてない、んだが」

「ヴォーゲンで何かあった? ケンカでもした?」


俺が軽い口調で尋ねてもノルベルトは暗い顔のままだった。

せっかく淹れてやった紅茶にも手をつけず、眉根を寄せて言葉を濁す。


……アベル様も、こいつも。

ヴォーゲンから戻ってきてから少し様子がおかしい。


昨日、アベル様が教会でお土産を配っていたとき。

アベル様はいつも通りの笑顔だったけど、どことなく無理しているように見えた。

一方ノルベルトはアベル様を気遣ってか若干距離をとっていた。いつもの無鉄砲なマイペースさがなくて、変だなと思っていた。

あの旅行で何かあったのかと、気がかりではあった。



ちらりと顔色を伺うと、ノルベルトは重い口を開いた。


「すまない。詳しくは、言えない。俺もわからないんだ」

「………そ」

「ただ、アベルが、今……、」


ーーーすごく苦しんでるんじゃないかって、

と続けるノルベルトの声は、悲痛な響きをしていた。


「アベルはひとりで抱え込むから。……でも、今の俺の言葉じゃ、きっと何も伝わらない」

「………ふうん」

「だから、……だから、その、……クラウスが忙しいのはわかってるし、いつも迷惑かけてるのは、わかってるん、だが、………」


ノルベルトは大きな身体を丸めて、頭を下げた。拳は震えている。辛そうだ。


……全く。この大男は。

いつだってマイペースで、アベル様のことしか考えてないんだから。

俺は、はぁ、とため息を吐いた。


「早くて一週間」

「………え」

「その間、お前も手伝えよ。ほかの仕事を後回しにするわけにもいかねーんだから」

「……いいのか」

「ダメって言ったって聞かねーだろ、お前は」


俺はぶん、と手元の小さな木槌を投げた。

ノルベルトはうまくキャッチする。


「早くしろ、時間ねーんだろ」


ノルベルトは、震える声で「ありがとう」と絞り出した。







ぶっちゃけ、いま俺はめちゃくちゃ忙しい。

春が近いからみんな農具の修理を依頼してくるし。

フローラの結婚式もあって、式で使う道具も作んなきゃいけない。

もっと時期がばらけてくれりゃ楽なんだけどな。

まあ、この時期は仕方ない。


全部を俺がやってたら確実に結婚指輪は遅くなる。

俺は農具の修理のやり方をノルベルトに教えた。

驚くほど不器用で、ヘタクソってレベルじゃなかった。

けど、だんだんとコツを掴んできたのか、次第に簡単なものならできるようになった。意外と物覚えは早いようだ。

俺のチェックがなくてもいけるくらいになって、俺は結婚指輪を作る作業に入った。


ノルベルトの隣でサファイアを加工する。

コイツの家に伝わる宝石で、アベル様の結婚指輪に使うヤツ。

先の尖った砥石で丁寧に削りだす。ここでミスる訳にはいかない。


ノルベルトが木槌を叩く音が工房に響く。

俺は息を殺して、目の前の宝石に向き合った。







「なあ、クラウス。これは友人の話なんだが」


しばらくして、ノルベルトが鋤を修理しながら話しかけてきた。

俺はチラリと視線を向ける。


お前、友人なんかいねーだろ、とか。

その手の切り出し方って大抵自分の話なんだよな、とか。

言いたいことは無限にあったが、俺は全部飲み込んだ。


「なに」

「………もし、愛する人が、隠し事をしていたら、……それを暴くのは、ひどいことだと思うか」


俺は手元が狂いそうになった。咄嗟に指に力を込める。

隠し事? アベル様が?

いや、そうと決まったわけじゃないけど。

俺は動揺を悟られぬよう、ゆっくりと手の動きを再開した。


「どんな」

「………自分の、………過去、とか」

「……ふうん」


かなりぼかしたな。

けど、大体察した。


アベル様の過去は、この村の誰も知らない。

なんでこんな辺鄙な村に派遣されてきたのかとか、その前はどんなとこに住んでたのかとか。

みんなで聞いてもアベル様は教えてくれなかった。言いたくないようだった。

……だからといって、別に。アベル様への信頼が損なわれるわけじゃないから。

俺たちは、聞かないでいた。


「その友人とやらは知りたいわけ?」

「……わからない。知ることで傷つけるなら、知らない方がいいのかとも思う。知りたいってだけで暴くのはただのエゴかもしれない。……でも、知らないまま一人で抱え込んでるのは、寂しい」


ノルベルトは修理したばかりの鋤を床に置く。別の鋤に手を伸ばし、修理し始めた。

俺はそっと目の前の宝石に視線を向ける。


高級なサファイア。

サイズも色も最上級で、結婚指輪に相応しい、美しい宝石。

……こいつが、これを贈る時は、きっと。


「隠し事するってことはさ、その相手も困ってんじゃないの」

「……え」

「じゃなかったら隠し事なんかしねーだろ。知ったら相手を傷つけるかもしんねーけど。知らないと相手はずっと困ったままじゃん」


どっちがいいわけ、とぶっきらぼうに聞く。

ノルベルトは木槌を強く握って、黙り込んだ。

しばらくして、「困ってるのは、嫌だな」と小さく呟いた。

止まっていた手を動かし、真剣な表情で木槌を打ち始める。


「……クラウスは、たまにいいことを言う」

「はあ!? たまにってなんだよ!」

「ありがとう。友人にも伝える」

「クッソ、マジむかつくなお前! 指輪代ふんだくってやるからな!」


キィーーッ!と叫ぶとノルベルトは顔を上げて「わかった。全財産やる」と真っ直ぐな瞳で告げた。

真面目かよ。

俺はふん、と顔を背けて、サファイアの加工を再開する。


……全く。

マジでむかつくし、マイペースだし、無神経だし、自分のことばっかだけど。


コイツのプロポーズ、うまくいくといいな、とか。

アベル様もちゃんと聞いてくれるといいな、とか。

そんな気持ちを込めてサファイアを磨いた。







「……できたっ!」


フローラの結婚式が終わった日の深夜。

時刻は午前三時を過ぎていた。


俺とノルベルトは結婚指輪を完成させた。

納期が短いって理由で雑なものを渡すわけにもいかないから、細部まで丁寧に磨き上げて。

暖炉の火にかざす。

銀のリングは傷ひとつない。サファイアは美しい光を放っていた。


「……ありがとう、クラウス」


ノルベルトが掠れた声で呟いた。

半分泣きそうで、それでいて、安堵を隠し切れていなかった。

ここのところ俺たちはほとんど徹夜だった。服もボロボロだし顔もやつれてる。

けど、やりきったみたいだ。


ノルベルトが指輪をそのまま持っていこうとするので、俺は急いでリングケースを手渡した。フローラの結婚式用に用意してた予備のやつだ。

それから俺はノルベルトを風呂に叩き入れて、いい服を着させて、身なりを整えさせた。


だって、一世一代のプロポーズなんだからさ。





リュトムスの朝は寒い。

扉を開けると急に冷気が襲ってきた。

まだ日は昇らない。東側の空がうっすらと紫がかっている。


「行けるか」

「ああ」


ノルベルトの瞳は決意に燃えていた。

けど、顔はどこか強ばっていた。

震える手でリングケースを握り締めている。


「……行ってこい」


俺はノルベルトの背中をばしっと叩いた。

ノルベルトは肩をびくりとさせるものの、すぐに不器用に笑った。


ーーー頑張れよ、ばーか。


俺は教会へ向かうノルベルトの背を見送る。

聞こえないくらいの声で、小さく応援してやった。

番外編②は明日の18時半頃投稿予定です!

番外編②、本編終了後のアベルとノルベルトのお話。

アベルが部屋の片付けしてたらノルベルトがめっちゃ焦ってて…!?

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