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第4話 大型犬みたいな

疲れた。

こんなに忙しいと感じたのはいつぶりだろう。いや、初めてかもしれない。初めて村に入り込んだときもこんなに忙しくはなかった。


午前中はノルベルトを側に置きながら子どもたちに絵本の読み聞かせをし、終わったら教会を掃除した。

お昼になると、村人たちが教会に集まってくる。

昨夜倒れていたはずのノルベルトがピンピンと歩き回っているのを見て、村人たちは驚いていた。


「怪我が治るまでしばらく教会でお手伝いをしてもらいます」と紹介すると、嬉しそうに迎えた。女性陣や子どもたちは黄色い声を上げる。まあ、イケメンだからな。


その後もバタバタと教会で帳簿をつけたり、マーヤの約束を忘れていることに気づいて、慌てて家に向かったり。結果的に相談事はたいしたことじゃなかったからよかった。



……いつも以上にバタバタしたな、と一日を思い返す。

今は午後四時半過ぎ。

少し遠くにある村人の家から教会に帰っている途中だ。一日中歩き回っていたから足が疲れた。

教会の仕事はもう終わったから、あとは夕食と、明日の準備とーーーーー


「アベル」


うしろから話しかける声がして、びくりと肩を揺らす。

ノルベルトが俺の少し後ろを追ってきていた。

…………やばい、途中から完全に忘れてた。


「教会に戻るのか?」

「え、ええ……。すみません、忙しくて、その……」


申し訳なくなって声が小さくなる。

昨日会ったばかりの相手に「ごめーん⭐︎ わすれてたぁ」なんて言えるほど俺のメンタルは強くない。


「すみません、途中から、その……失念しておりました」

「気にするな。忙しそうだったな」

「……まあ、今日は色々重なりましたからね。いつもはこんなにじゃないんですが」

「何かあったのか?」


おめーのことだよ。

と言うのをこらえて、「まあ色々ですよ」とぼかした。


「教会の仕事って、思ったより幅広いんだな。てっきり教会にずっといるのかと」

「王都ではそうかもしれないですけど、この村は小さいですからね。お祈り、教育、相談、医療、教会や村の運営……なんでもやりますよ」

「おひとりで全てを?」

「そうですね。私ができる範囲でしたら」


足の悪い老人のもとに薬を届けたりとか。夫婦げんかの仲裁をしたりとか。

今日の青空教室は、農作業中に小さな子どもの面倒を見てほしいという依頼からスタートしたものだし。

些細なことでも村人がすぐ相談に来るから、聞いているうちに仕事量は増えていく。


「俺に、何か手伝えることはないだろうか」


ノルベルトが神妙な顔で尋ねる。思ったより真面目な男なのかもしれない。

……説明もないまま振り回してしまったな、と反省した。

途中で指示を出してあげればよかった。

かといって、村の管理はさせられないし、祈祷なんか論外だ。相談はあんまりさせたくない。

けど実際、手が回んないときはあるしな……。


「ノルベルト様のお得意なことって何です?」

「…………剣術を、少々」


なに、その間。

すごくためらいながらノルベルトは答えた。

いや、少々ってレベルじゃないでしょ。知ってるよ、この国で一番の剣術使いだってことくらい。クヴァドラート騎士団にいること自体がめちゃくちゃエリートじゃん。

……と思いながらも、ノルベルトの口から騎士団にいると聞いたことはない。

白々しいけど、何も知らないフリをして尋ねてみることにした。


「剣術! すごいですねぇ。たしかに倒れていたときは立派な甲冑を着ていらしたし」

「……あ、ああ……」

「お持ちだった剣もとても大きかったですし。普通の人には扱えないですよ。もしかして王都では……」

「い、いや……ただの護衛、だ」


ノルベルトは頑なに”騎士団”の単語を出さない。

今まで素直に受け答えをしていたから、何かしら言いたくない事情があるのだろうか。

あまり深く聞くのも可哀想だな。「それはすごいですね」と相槌を打って場を流す。


「あいにく剣を使う仕事は教会にはないのですが」

「あなたを守れる」

「え? いや、いいですよ。遠慮します」

「…………そう、か……」


ノルベルトはすっかり肩を落としてしまった。

俺に護衛は必要ない。洗脳が効いてるうちは俺を襲う村人なんかいないだろうし。

正体がバレたら一番に殺しにくるのはノルベルトだろうし。


「何かお力を借りたいときはお願いしますね」

「! ぜ、ぜひ!」


大型犬だったら耳がピーンと立っているような表情だ。頼られるのが好きなのかもしれない。

適当に教会の掃除でもやらせるかぁ、と考えを巡らせた。





歩いていると、不意に足元がぐらっと揺れた。転びそうになり「わっ」と声をあげる。

突然、ノルベルトが俺の腰をぐいっとつかんで、引き寄せた。

………えっ。


おずおずと視線をあげると、ノルベルトはじっと俺を見下ろしていた。


「アベル、怪我はないか」

「……ありが、とう、ございます」


………なんか、距離、近くないか。


「あの、もう大丈夫、ですんで。手を離していただけると……」

「あ、ああ、すまない」


ノルベルトは俺の腰から手を離した。俺は両足でしっかりと立つ。

……なんだろう。

騎士なんて怖いはずなのに、感じたのは恐怖ではなくて、むしろ……胸がソワソワするというか、むず痒くなるような、不思議な感覚がした。


「アベル?」


考え事をしていたからだろうか、ノルベルトがやや心配そうに尋ねる。

俺ははっと顔を上げた。


「あ、ああ、すみません……」


なぜだか胸がきゅっとなるような感覚がずっと続いている。

多分、助けてもらったときにふっと香った匂いのせいだ。甘いような包み込まれるような香り。

………大男の匂いがいい香りってのも、ヘン、だよね。気のせいかな。

俺は首をぶんぶんと振って思考を止めた。


「お手数をおかけしました」

「いい。いつでも守ろう」

「いや、もう転ばないように気を付けますね」


ノルベルトは小さく「そうか」とだけ呟いた。

……うーん、なんだろう。大型犬だったら耳がしょぼんってなってるみたいな。ご主人様にあんまり褒めてもらえなかったときの感じ。

なんだか申し訳なくなってきて、俺は微笑んでフォローを入れる。


「ノルベルトのおかげで転ばずに済みましたよ」

「! あ、ああ、よかった」


耳がピーン!と立つような反応だった。

俺は気づかれないようにちょっと笑った。

敵であるはずなのに、ノルベルトといるとどことなく緊張が抜けてしまう。



適当な雑談をしながら、教会までの帰路を歩く。

夕暮れ時の道は穏やかなオレンジに染まっていた。

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