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第39話 銀髪の男を知っているか

「レネ・ホフマン様ですね。身分証を」

「こちらです。ご確認ください」


役所に着いた。窓口で身分証を手渡し、にっこりと笑う。レネ・ホフマンの姿だからまだ銀髪だ。長い髪がうっとうしい。

しばらくして名前が呼ばれ、役所のおっさんに書類を提出した。


「へぇ、リュトムスの神父さんなんですね。人口は増えないですねぇ。家畜も増えてない、と」

「小さい村ですので」

「収穫量は、へえ、リンゴは増えたんですね」

「ええ。ですが小麦は減っています。去年と税率はそれほど変わらないかと」

「それを判断するのはコッチなんですがね」


うっせぇなぁ。こうやって釘刺さないと無駄な税金かけんの知ってんだぞ。

チクチクと確認されるが、笑顔で対応する。リュトムスの村を守るためだ。頑張れ、俺。

しばらくして書類は無事、受理された。


役所から出ると、一日の疲れがどっときた。

夕刻と言うにはまだ早く、空は若干オレンジがかっている。

急いで東地区に向かう。身分証をミカエラの所に戻さなければ。遠いから面倒だ。

狭い路地裏を走った。


東地区の中程まで辿り着いてーーー




「アベル?」



突然、後ろから手を掴まれた。

振り返るとノルベルトが立っていた。



(…………え?)



俺は目を丸くした。

今の俺の格好は”アベル”ではないはずだが。ちらりと自分の長い髪に視線を向けても銀髪だ。服装からしても"アベル"だと思うはずがない。


そもそも、なんでこんなとこにノルベルトがいるんだ。東地区には入るなって口酸っぱく言ったはずなのに。


心臓が嫌な音を立てる。

……この場は知らないふりをするしかないか。

ここはアベルとは真逆のキャラでいこう。


「誰?」

「あ、いや……すまない。知り合いに似てたから」

「何それ、ナンパ? ウケる」

「ちが、そんなつもりじゃ」

「あはは。だよね。じゃ、バイバイ。この辺、怪しいお兄さんいるから気をつけなよ」


にっこりと笑う。色気のある表情を意識して。

ミカエラを見ていると、相手を挑発する表情ができるようになった。下から誘うように微笑む。それだけ。

ノルベルトは純情だからこんなうさんくさい男なんか嫌いだろうし。



……しかし、手を外そうとしても、ノルベルトは手を離さなかった。むしろ力が強くなったような。


「まだなんか用?」

「……名前を。伺ってもいいだろうか」

「知らない相手に教えたくない」


振り払おうとしても振り払えない。チッと舌打ちをする。俺が何したって言うんだ。

……もしかして、ガチでナンパ? 俺というものがいながら。ほかの男に手を出すのか?


「レネだよ。レネ・ホフマン」

「……ホフマン、か。そうか」

「これで満足? あいにくだけど、俺、もう男いるから。誘ってくれたのにゴメンね」

「そ、そういう意味では、……」


力が緩んだ瞬間に、勢いよく手を引く。よし、はずれた。

俺は手をひらひらさせてその場を去る。

背中にノルベルトの視線をずっと感じていた。








(…………バレてないよな?)


その後、急いでミカエラの所へ身分証を戻し、ホテルに帰った。

いつものアベルの格好になり、部屋で待つ。

なぜノルベルトは"レネ"の姿を見てアベルだと言ったのだろう。今更になって不安がどっと噴き出してきた。



(もし俺が、”変化”の魔法を使えると知ったら、……)



全身の血がゾッと引いていく。口の中が一気に渇いた。

両手を組み、目をつむる。教会で神に祈るときの組み方だ。どうしようもない不安に溺れそうなときは、俺も神に祈るようになっていた。組んだ手は小さく震えている。


(大丈夫、大丈夫、大丈夫。……もし、知られたら……いや、大丈夫、だって、髪の色だって違ったし、言い訳なんて無限にできる)





「アベル、帰っていたのか」


しばらくして、ノルベルトが部屋に戻ってきた。カバンを置いて俺の隣に腰掛ける。

俺は組んでいた手をほどいて、微笑んだ。


「おかえりなさい、ノルベルト。思ったより早く済んだのですよ」

「そうか。なら、どこかで合流すればよかったな」

「まだお店は開いてますから。夜ご飯、何食べたいですか?」

「この辺りは詳しくないからな……」


ノルベルトは首を傾げてうーんと唸る。

……よかった。ふつうに会話をしている。


俺がレネだとは気づいていないようだ。

うまく切り抜けられたようだな。胸を撫で下ろす。

にこりとノルベルトに微笑みかけた。


「じゃあ、オススメのお店がありますよ」






ホテルから徒歩数分、大通りに面したレストラン。

石造りの店内を、ランプが淡いオレンジに照らしていた。ビンテージのテーブルもエキゾチックな雰囲気を感じさせる。

値段はそれほど高くないが味はめちゃくちゃ美味しい。ヴォーゲンに来たら必ず寄るお店だった。



ノルベルトはきょろきょろと店内を見渡し、「珍しい店だな」と呟いた。

この店のいいところは各席が薄いショールで区切られて、半個室になっているところだ。


「そうでしょう。隣の席が見えないから気が楽で。ヴォーゲンではよく来ます」

「落ち着いていいな。王都でもこういう店が増えればいいのに」


そうですね、と軽く相槌を打った。

ヴォーゲンでは隣の席が見えない店が多い。なぜなら、人も魔物も利用するから。

隣の席が魔物だったという苦情があるから、店側も色々考えているようだ。

おかげで落ち着いてご飯が食べれるけど、……まあ、悲しくはなるよね。



テーブルに置かれているメニュー表を開いた。色鮮やかなイラストが描かれている。

せっかくだからこのあたりの名産品がいいかな。


「ノルベルトはお魚は得意ですか? ここは海が近くて。魚料理が有名です」

「食べたことないな。王都では肉料理ばかりだった……が、食べてみたい」

「ふふ。よかった。苦手だったら私が食べますから。肉料理も頼んでおきましょうか」

「ありがとう。アベルは魚料理が好きなのか?」

「ええ。さっぱりして美味しいですよ。ヴォーゲンはスパイスの種類も豊富ですので。香草焼きもいいですし、生魚に乗せてもいいですし……」


じっとメニューを見つめながら話していると、早く食べたくなってくる。適当に数品決めて注文した。


しばらくして、大きな皿に盛られた料理が運ばれてくる。

魚料理は、白身魚の香草焼き。肉料理はスパイスが効いた大きな塊のステーキ。ほかにも豆のサラダ、チーズ、トマトスープなどが運ばれてくる。

ノルベルトは白身魚を一口食べると、目を輝かせて「うまい」と呟いた。

よかった。気に入ってくれたみたいだ。


「珍しい味だな。食べたことない。確かに、さっぱりしている」

「でしょう。パンとも合いますよ」

「毎日でも食べたいくらいだ。だが……ここでしか食べられないのか、魚料理は」

「やはり流通の問題ですかねぇ。干し魚もあるんですけど、ちょっと違う味になるんですよね。私はそっちはあんまり得意じゃなくて。お魚はヴォーゲンで食べるのが一番オススメです」


会話をしながら食べ進めると、多いと思っていた食事はかなり減ってきた。

やっぱりここのレストランはいいな。ランプの光も揺らめいて、満腹感が心地よかった。

ミントティーを一口含む。清涼感が喉を通った。




「アベル。少し聞きたいのだが」

「なんです?」

「レネ・ホフマンという男を知っているか?」


ーーーなんで、それを。

俺は一瞬固まってしまった。グラスを持つ手に力が入る。


「……誰です、それ?」

「あ、いや……。道ですれ違っただけなんだが、その……アベルに似ている気がして」

「うーん、知りませんねぇ。どんな人ですか?」


白々しく首を傾げる。

内心は冷や汗でいっぱいだった。


「長い銀髪の男だ。見た目は違うのだが……なんだろう、背格好、とも違うのだが、雰囲気……いや、うまく言葉にできない。けど、……何か似ている気がして」

「そうですか。うーん、私の知り合いに銀髪はいませんから。他人のそら似でしょうね」

「……そう、か」


ノルベルトは視線を下げる。まだ納得しきっていないようだ。

姿形も違うし、口調や歩き方も変えていたはずだが、雰囲気。俺、あんなチャラい男じゃないんだけど。


ミントティーを一口含むと、不安のほかにモヤモヤが生じてきた。

……ていうか、ノルベルトはなんでそんなにレネ・ホフマンに執心するんだよ。ただすれ違っただけのうさんくさい男じゃねぇか。


「そんなにその人が気になるんですか? 美人だったとか?」

「いや、その、まあ、綺麗ではあったけど。そうではなくて……」

「へぇ? 綺麗だったんですね。そうですか、そうですか。私というものがありながら。ふぅん? ひどいですねぇ」

「違う! 俺が好きなのはアベルだけで………!」

「え〜? ホントですか〜?」


くすくすと笑いながら尋ねると、ノルベルトは顔を赤くした。そして、一生懸命に弁明をする。

俺はその様子を頬杖をついて微笑みながら眺めた。


慣れないだろうに、愛の言葉を投げかけるノルベルトを見ていると、なんだか面白くなってくる。

可愛いなぁ、もう。

モヤモヤは晴れて、胸の奥から幸せが溢れてきた。

……もしかしたら俺は、自分に嫉妬していたのかな。



まあ、いっか。

レネのことも誤魔化せたみたいだし。


ノルベルトはこんなに、俺のこと好きらしいし。

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