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第37話 都市部に着きました

ヴォーゲンに到着すると、もう夕方だった。空は紫がかって暗くなっていた。


街は都市部というにふさわしいくらいに明るい。

街灯があちこちに点在して、お店はまだ明かりがともっている。リュトムスではもうこの時間、誰も外出しないころだというのに。


最も違うのはひとの数だ。

道にはたくさんの人が歩いている。服装も最新の…なのか、露出度は高いし、アクセサリーもじゃらじゃらついている。カソックを着た田舎者は浮いていた。



「道中疲れたでしょう、ノルベルト。今日は早めに休みましょう」

「ああ。……アベルは毎年ひとりで乗っているのか、あれに」

「ええ。村の移動手段ってあれくらいですからね」


石造りの道を歩いた。大通りにはおしゃれな店が構えている。カフェやファッション、小物など。

ショーウィンドウを見ているだけでも面白いが、今は楽しんでいる体力はない。




ノルベルトを連れてホテルへ向かった。

部屋は小さいが、さすが都市部と言ったところ。ベッドはふかふかだし設備も整っている。何より夜景が綺麗。

荷物を置いて息を吐いた。やっと気が楽になった気がする。


「ノルベルトはヴォーゲンに来たことあるんですか?」

「いや、ない。噂には聞いていたが。活気の溢れる街だな。もっと……こう、大変な街なのかと」

「ふふ。表向きは観光地ですからね。大通りから外れなければそれほど危険でもないですよ。あと、知らない人についていかなきゃ大丈夫です」

「ついていくわけないだろう……」

「わかんないですよ? とびきりの美女が誘ってくるかも」

「あなたがいるのに行くわけない」


ノルベルトは真剣な表情で俺に告げる。

まっすぐな瞳で言われると、少したじろいでしまった。

この男はこう……どうして小っ恥ずかしいことを真正面から言えるのだろう。それが嬉しいような、照れるような。



ふたりでソファに腰掛けてのんびりした。

荷馬車ではずっと体をピッタリつけてたから、不思議とソファでも距離が近いままだった。


俺は地図を取り出して、ノルベルトに示す。


「今、私たちがいるのはここです。ヴォーゲンの入り口。ここから北西に向かって、大通りが伸びています。その先には広場が。このあたりが観光地ですね」

「なるほど。けっこう広いのだな」

「ええ。広場をもっと先に行くと、役場や行政機関があります。治安はいいですが、お店はありません」

「アベルが書類を提出しに行くのもここか?」

「はい」


広場の先は、いわゆる支配階級の人間のテリトリーだ。騎士の詰め所や役人の住居など。おかげで治安はいいが息が詰まって嫌いだ。



俺は、指先をさらに滑らす。

……今回、一番重要なことだ。


「街の東側へは行かないでください。魔物が多く住み、とても治安が悪いです。スリや置き引きならまだマシで、怪しい薬とか売っていたりします」

「……わかった」

「道も入り組んでいますし、パッと見て魔物と分からないのもいますから。この大通りから東へは絶対に入らないで」


ノルベルトは真剣な顔で頷いた。

ここまで忠告しておけばいいだろう。


東地区には酒屋に風俗店、質屋、カジノなどがある。俺と同じインキュバスや、狼男、ゴブリンなどが主な住人だ。

全員が犯罪に加担しているわけではないが、低賃金と重労働よりは犯罪の方がマシだと考える層がいるのも否定はできない。


……今回、俺が用があるのはこの東地区。

魔物用のグッズが売っていたり、人間社会に入り込むために必要なものを手配してくれたり。

魔物であることを隠すためにも、ここにいることをノルベルトに知られては困る。



「気をつけるのはそれくらいですかね。そんなに気を張らなくても大丈夫ですよ、大通りなら」

「わかった。気をつける、が……。俺はアベルが心配なのだが」

「私はこう見えて何度か来てますからね。それなりに身の振り方は分かっていますよ」


くすっと笑うと、それでもノルベルトは眉根を寄せる。

やっぱり心配性だなぁ。俺が襲われるとでも思っているのだろうか。

白昼堂々襲う奴なんかそうそういない。騙して路地裏に連れ込むのが奴らのパターンだから。ついてさえいかなければいいのだ。


「明日、私は役場に行ってきます。手続きは結構時間がかかりますので、明日は別行動にしましょう。ノルベルトは大通りで時間を潰していてください」

「え、あ、……わかった」


……あれ。

思ったよりすんなりうなずいたな。

俺は少し拍子抜けした。

ノルベルトのことだから、絶対ついてくるとか言うかと思ったのに。まあ、ついてこられても困るんだけど。

……何か用事があるって言ってたし。それを済ませるのかな。ま、いいか……。


「二日目と三日目はまるまる空いてるので、ショッピングでもしましょうか。村の人たちからお買い物を頼まれているんです。ノルベルトも、欲しいものがあれば買いますよ」

「わかった。アベルの欲しいものはあるのか」

「うーん……。そうですねぇ。ペンのインクと包帯と。あ、ミサ用の香料も買いたいです。あと聖油と……」

「あ、いや。あなた個人が欲しいもの、だ」


ノルベルトが慌てて遮る。

視線を上げると、少し頬が赤くなっていた。

……俺個人が欲しいもの?

うーん。首を傾げて考えるも、パッとは思い浮かばない。ほとんどが教会の備品か村のための何かだ。


「あんまり思いつかないですね」

「…………そうか」

「ノルベルトは? 欲しいものあります?」

「いや、ない……」


……なんだ。

せっかくなら、好きなものでも買ってあげようと思ったのに。

せっかくなら、備品じゃなくて、買いたいものを買う……そんな、デートみたいなことしたかったのに。ただの買い出しになっちゃうじゃないか。

……あ、そうだ。


「じゃあ、時間があったら広場でスイーツ食べましょう」

「スイーツ?」

「ええ。ヴォーゲンはスイーツも有名なんですよ。毎年いろんな露店が並んでて。クレープとかジェラートとか」

「楽しみだな」


ノルベルトが柔らかく笑った。俺もつられて嬉しくなる。


ふたりで食べ歩き……まさにデートじゃないか。

よく本に載っていたから、ちょっとだけ憧れてたんだ。まさか自分がするとは想像もしていなかったな。

食べ歩きデート……。甘ったるい言葉を噛み締める。やばい、口元がニヤニヤしちゃう。


「アベル?」

「あ、……なんでも、ないです」

「気になる。言ってくれ」

「えー……。あの、わ、笑わないでくださいね?」

「笑わない」


ノルベルトは真剣な表情をした。

俺は観念して口を開く。



「こういうデート……して、みたかったんで。嬉しい、なって………」



何言ってんだ。いい大人が。

……急に恥ずかしくなる。多分いま、顔赤い。

ノルベルトをちらりと見上げる。

ノルベルトは手を口元に当てて、何かを噛み締めていた。


「わ、笑わないって言いましたよね!」

「ち、ちがう! 笑ってはない。か、可愛いなって思っただけで……!」

「私が可愛いわけないでしょ!」

「可愛いに決まってるだろ!」


ノルベルトは顔を真っ赤にして叫んだ。



「……可愛い、に決まってる、だろ。アベルは……もっと、自分の可愛さに気づいた方がいい」



その叫びの勢いがどこにいったのかというくらい、小さな消え入る声でノルベルトは呟いた。


俺は恥ずかしくて、頭がいっぱいになった。

「……はい」とだけ、震える声で返した。


胸の辺りがぽかぽかと、むずむずとして。

……俺の恋人は、いつも、俺に甘いなって、考えていた。

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