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第36話 都市部へ行ってきます

雪が溶け始め、春の足音が聞こえてきた。

穏やかな三月の始まりーーーー


俺は死にそうになるくらいクソ忙しかった。



「なんッ……!!!! クッソ!! ふざけんなよ、なんで数字ずれんだよ……っ! ………ああ、桁間違えてたのか………」



毎年恒例の報告書の作成である。

毎年三月に、人口の増減や一年の収穫量などをまとめて国に報告する義務がある。リュトムスでは聖職者である俺が作成していた。


俺はこの作業がマジで嫌いだ。

数字嫌いだし。細かいくせにミスは許されない。受付でグチグチ言われる。あ~~~~~もう、嫌。

神父として書類をまとめて数年経つが、毎年この時期は心がささくれ立つ。


はっとして辺りを見渡す。

部屋はひとりだ。ノルベルトに見られなくてよかった。

こんなイライラして口調の悪い俺なんて見せたくない……いや、だって、印象悪いじゃん。


ペンを置いて息を吐く。椅子にもたれて目をつむった。

はぁ~、まじむり。書類爆発してくんねぇかな。




「忙しそうだな」

「うぉおっ!!! い、いたんですかノルベルト、帰ったなら言ってくださいよ!」

「さっき戻った」


さっきっていつ!? 俺の独り言とか聞かれてないよな!?

焦りがどんどん溢れる。可愛いとか思われなくていいから、せめてガラが悪いとは思われたくない。


ノルベルトはお湯を沸かし、紅茶を作ってくれた。今日は薬草ではなく普通の。

最近、ノルベルトはよく紅茶を淹れてくれる。

……俺がささくれ立ってるのがわかるんだろう。申し訳ないのと恥ずかしいのと。


「少し休め」

「……ありがとうございます」


紅茶を一口含むと、凝り固まっていた頭がほどける感覚がした。ほっとする。

ノルベルトも近くの椅子に座って紅茶を飲んだ。さっきまで外にいたのだろう。カップを渡された手は冷たかった。


「終わりそうか?」

「ええ……まあ、多分。というより終わらせないとダメですしね……うん」

「計算、代わりにやろうか?」

「………………もう終わるんで大丈夫です」


俺はカップを手に、落ち込んだ。

そうだ。ノルベルトを頼ればよかった。貴族の出身なら数学とかやってるだろうし。

いつも俺はひとりで抱え込んでるな。改めて実感する。視野が狭いんだな、はぁ。無性に落ち込む。



「あ、お伝え忘れてました。来週から、私は一週間ほど村を離れます」

「……な、なぜ」

「ヴォーゲンに行きます。毎年のことなので心配しなくていいですよ」


ヴォーゲンとは、リュトムスの西に位置する都市だ。

王都とは違う方角に位置している。クヴァドラート王国でも第三の都市くらいに大きい。商業が栄え、食の街・娯楽の街として名を馳せている。俺は毎年そこに書類を提出していた。


ノルベルトは眉根を寄せて険しい表情をする。


「ヴォーゲン……危なくないか?」

「一番近い役場がそこなので。仕方ないですよ」


ヴォーゲンは治安が悪いことでも有名である。ひとと魔物が入り乱れている、猥雑な街だ。

昼はスリ、夜は客引き。風俗店も多いし、ぼったくりバーも多い。古今東西のヒト・モノが集まる街だから、活気に溢れてはいるけれど。その分危険も多かった。


「俺も行く」

「いや、大丈夫ですって」

「俺も用事があるんだ」


ノルベルトは頑なだった。用事については言わなかったけれど。まあ、俺が心配なんだろう。


……けど。俺は”そちら”側の存在だし。

ヴォーゲンでの”俺の用事”を考えれば、正直なところノルベルトは置いていきたかった。


(………どうしようかな)


単純に、ノルベルトとデートっぽいことしたい。気も、する。

村ではいつも一緒にいるけど、ずっと仕事だし。この村に娯楽はないし。デートらしいデートって雪祭りくらいだし。

えー……でもな……"あいつら"といるところとか見られたくない……うーん……。


ま、なんとかなるか。



「……分かりました。じゃあ、来週の月曜に出ますからね」

「あ、ああ!」


ノルベルトは目を輝かせた。

……ノルベルトも俺とデートしたいと思ってくれてるかな。……だと、嬉しい、んだけど。






月曜。

俺たちはヴォーゲンに向かって村を出た。

この時期になると、この辺りの人々を運ぶ荷馬車が到着する。ヴォーゲンに向かう近所の村々から荷馬車を出し、それに相乗りする形だ。


ノルベルトと俺は荷馬車の後方で隣り合って座る。荷物を抱えて身を縮めた。


「……狭いな。相乗り馬車は初めてだ」

「慣れないと大変ですよね」

「アベルは辛くないか?」

「私は慣れてますから。それに、ノルベルトの方が大きいんですから大変でしょう」


ノルベルトは大きな身長を一生懸命縮こまらせている。窮屈そうで、大変そうだけどちょっと可愛い。檻に入った大型犬みたいだった。


他の村からの神父や村長も乗ってきて、荷馬車はそれなりに人で一杯だ。

道はガタガタしてうるさい。座ってると体が痛くなる。が、仕方ない。田舎ってそんなもんだし。

片道一日半。結構な時間を掛けてヴォーゲンへ向う。



馬車が揺れる。

勢いでノルベルトの胸に飛び込んでしまった。立派な胸板が俺を支えた。


「すみません」

「いや、大丈夫だ」


そっと離れようとしたけれど、ノルベルトは俺の背中に手を回した。ちらりと顔を見上げると、恥ずかしそうに目を逸らす。


「また揺れたら危ない。……こうしていればいい」


ぼそっと呟いた声は、こんなうるさい馬車の中でも、すっと耳に届いた。ふと心臓がどきりとする。

……まあ、いいか。今は村人は見てないのだし。

俺は立派な胸板にそっと体を預けた。


「ふふ」

「どうした」

「いえ。狭いし、揺れるなあって思って」

「体、辛くないか」

「辛くないですよ」


それに。

と、小さく区切って続ける。

恥ずかしいから他の人には聞こえないように、ノルベルトの耳元で、そっと。



「……あなたと、堂々とくっつけるから。嬉しいです」



ノルベルトは顔を真っ赤にして、照れるように口をぱくぱくしていた。




長い道のりをノルベルトと小声で話して、のんびりと過ごした。

ここのところ忙しかったから、むしろ仕事から解放された気持ちだ。

他の人たちはみんな、寝てたり本を読んだりしていた。


ぴったりくっついて、隠れて手を握ったりして。滅多にしないように甘えたり。近い体温にどきどきしたり。



ノルベルトと初めて村の外に出かけるから、ちょっと浮かれていた。

まさか、この小旅行が、あんな結末になるとも知らずに。

新章突入!!

クライマックスへ向けてなのでちょっと重い展開も入りますが、

このストーリーはハ ピ エ ンですのでご安心ください。

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