第35話 ノルベルト・ベルンシュタインの覚悟 SIDE:ノルベルト・ベルンシュタイン
「クラウス、聞いてくれ。実はこの前、アベルにプロポーズしたんだが」
「最初からクライマックス! もうちょっと話の段階踏んでくんねえかなぁ!?」
クラウスの家に、俺は相談に来ていた。
クラウスは工房でガラス細工をしていた。膨らませたばかりのガラスを急いでテーブルに置く。
「えっと……そうだな。アベルが体調を崩した日があっただろう」
「ああ。お前が急に俺の家に泊まるって言って、急に帰った日な。あの日、俺大変だったんだけど?」
「そのあとアベルが倉庫で倒れてて……でも、俺を近寄らせないようにして、それで…」
「お前ってホント人の話聞かねぇよな」
クラウスは椅子にどかりと座った。
俺も前の椅子にちょこんと座る。工房にある椅子は小さくて座りづらい。
「俺が頼りにならないから……アベルは俺を遠ざけたのかと」
「そうか? ていうか、移る病気だって言ってなかったっけ。だとしたら誰も近寄ってほしくないと思うけど」
「……多分、それだけ、じゃない、と思う」
クラウスはガラス細工をいじりながら「ふーん」と相槌を打った。
「だから、俺が薬草とか知ってたら、アベルは俺を頼ってくれるかなって思って……。アベルに薬草を教わったんだ」
「へー。本人に聞けんのすげぇな。ま、他に知ってる人いないし、そうなるか」
「それで、教わってる内に……なんだろう。こう、思ってることをポロッと言ったんだ。そしたらアベルが、プロポーズみたいですねって、笑って……」
「ほぉ……」
「そこで俺、結婚すればアベルを支えられるのか、って気づいて。プロポーズしたんだ」
「え? 早くね? 付き合ったっけ? 違うよな? な?」
「その時は付き合ってない」
「その時”は”って何!?」
クラウスが叫びながら相槌を打つ。リアクションが大きいな、とどこか客観的に考えていた。
「そのあと恋人関係になった」
「う~~わ~~~~。それ、俺に言う? マジでデリカシーないよな、お前。思いやりってもの身に付けたほうがいいよ」
クラウスがドン引きした顔で俺を見つめる。何か言ってしまっただろうか。
……そういえば、俺とクラウスはアベルに思いを寄せるライバルでもあったな。仲が良くなってうっかりしていた。
「……すまない」
「ま、いいよ。アベル様は憧れみたいなモンだったし」
「わかる」
「やっぱウゼー。黙ってくんね?」
黙れと言われたり、思いやりを身に付けろと言われたり。
クラウスはズバズバと俺のダメなところを挙げる。アベルからこんなこと言われたことはない。
唇をぎゅっと噛んで無駄なことを喋らないようにした。
「……で? 恋人になって超絶ハッピーだって話がしたいワケ? のろけなら要らねーんだけど」
「いや、その……今回は正式な依頼だ」
俺はクラウスの前に剣を置いた。木刀ではなく、元々持っていた剣だ。
ベルンシュタイン家に代々伝わる名刀で、持ち手の部分にはいくつかの宝石が埋め込まれている。
「この宝石を使って結婚指輪を作ってほしい」
「はぁ!? え!? け、結婚指輪ぁ!?」
クラウスは椅子から飛び上がって叫ぶ。がしゃん、と後ろの棚にぶつかった。
「……は、早くね? アベル様は了承してんの? まだ恋人なんだろ、いまは」
「してない。恋人からって言われた。けど、まあ、結果的に結婚するなら早めに用意してもいいだろう」
「え~……お前って変なとこ思い切りいいよなぁ」
クラウスは、まじまじと俺を見つめながらため息を吐いた。
……だって。
俺はアベルと結婚したいし。他の誰にもあげたくないし。
俺に過去を打ち明けてくれたってことは、少しは、前よりは信頼されたのだと思う。アベルを襲ったという騎士の奴らは殺したくなったが。
きっとアベルは、その恐怖もだけれど、自分が生き残ってしまったという罪悪感が強いのだろう。おかげでアベルの自己評価が低い理由が分かった気がする。
村に対する献身がその罪悪感に起因するのなら、どこまでもひとりで頑張ってしまう。
……そんなの、ダメだ。俺が近くにいて支えたい。ひとりで泣いてほしくない。
その手段の一つとして”結婚”があるなら、俺はただの選択肢としてでも、アベルに捧げたかった。
「別に、いいけど。金はとるからな」
「ああ。いくらでもいい。使わなかった宝石を売ってくる」
「……すげぇいい宝石じゃん。いいの? 売っちゃって」
「いい。剣に宝石がついてたって意味ないだろう」
クラウスは、ふーん、と軽く相槌を打った。
剣の柄には大きなサファイアが埋め込まれている。そばに小さなルビー、エメラルド、アメジストが散っていた。
特にサファイアは、ベルンシュタイン家が青い目をしていることから、代々大切にしてきた宝石だ。
やはりこのサファイアで作るのがいいだろうか。指輪を贈るなんてしたことがないから、よくわからない。
「……っていうかさ。お前、王都に帰んなくていいわけ?」
クラウスがおずおずと俺の瞳を見た。いつものすっぱりした言い方ではなかった。
俺は剣に目を落とす。
……アベルにも言ってなかったな。と、思い返す。
「王都には帰らない」
「なんで? だって、お前、騎士なんだろ。家だって貴族じゃん。こんな小さな村にいたって……」
「……王都に、もう俺の居場所はないと思う」
ぽつりと呟くと、クラウスがじっと息を呑んだのがわかる。
「俺は戦死扱いになっているはずだ」
「……え、」
「いなくなって数か月経つ。……仮にいま帰ったとして、あの騎士団に戻りたくはない」
この村に滞在して気づいた。俺は、貴族に向いていない。
お世辞が苦手だし、人の心を読むのも苦手だし、忖度もできない。難しい言葉を並べ立てて偉そうに見せる人間も嫌いだ。金や身分に吸い寄せられる人間も嫌いだ。
……とか、色々理由はあるけれど。
結局、この村で、アベルとともにいたいだけなのだが。
「もったいねぇな。金持ちなんだろ。王都にはいろんな施設とか娯楽とかもあるって聞くし」
「そんなものより俺はアベルが大事だ」
「……ふーん」
クラウスは唇を尖らせていた。あまり納得はしていないようだった。
「ま、お前がいいならいいけどよ。返品とかやめてくれよ」
「わかった」
「納期的には春だな。図面作っとくから、できたら行くわ」
「ありがとう」
俺が微笑みかけると、クラウスは顔を引きつらせた。
けれど、しばらくのち、不器用に笑った。
「うまくいくといいな」
その言葉は俺の背中を押してくれるようだった。
じんわりと胸が暖かくなる。
……どこかで、やっぱり少し、不安だったらしい。
「……ああ」
俺は小さく頷いた。
クラウスの工房から、教会へ戻る道で。
俺はゆっくりと深く息を吐いた。手が少し震えている。思ったより緊張していたようだ。
さすがに結婚指輪をつくるのは思い切ってしまっただろうか。
アベルに断られたらどうしよう。受け取ってもらえるだろうか。そもそも俺と結婚したいと思ってくれているのだろうか。
……悩んでもしょうがないのはわかっているが。
手元の剣に目をやる。
豪華な装飾はなくなって、味気ない柄になっていた。宝石をとるくらいならすぐできると、クラウスにやってもらった。
指輪に使う分のサファイアはクラウスに預け、小さな宝石は別にしてもらった。どこかで換金するつもりだ。
穴ぼこになった柄はクラウスが整えて、おかげで見た目はただのシンプルな剣になった。使用上は全く問題ない。
まあ、父上や母上が知ったら怒るだろうけど。
おそらく、もう帰ることもないのだし。
仮にこの村から追い出されたとして王都には絶対戻らない。
……あの騎士団には、二度と。
俺は、この年齢にしては異例の大出世を遂げていた。
そのせいか、騎士団には俺を疎む人間が無数にいた。公爵家出身だというのも鼻についたらしい。
上の位の人間にはイヤミを言われ、俺に追い越された人間には嫉妬の目を向けられ、俺のことを知らない人間には無垢な憧れを向けられる。そんな息苦しい毎日だった。
出世してからは、剣術より日々の付き合いや会食での振る舞いが重視されるようになった。
……これでは、何のために騎士になったのかわからない。
俺はひとを守ることこそが騎士の務めだと考えている。
だから、俺は。王都に戻ることに意義を感じない。
この村で、アベルを。この村の人たちを守ることの方が大切だった。
教会への道を歩く。
雪のせいで地面がぬかるみ、少し足が取られた。
転ばないように注意して、ゆっくり足を進める。
少しだけ、気になっていることがあった。
アベルが体調を崩した日。倉庫の奥でうずくまっていた時。
一瞬だけランプに照らされたアベルの瞳は、赤かった気がする。
…………まさか。
脳裏によぎった馬鹿げた考えを一蹴する。
赤い瞳を持つのは魔物だけだ。
見間違いだろう。部屋に戻ってきたときの瞳は緑だった。
ランプの炎が赤かったからそう見えただけだ。
……と、頭では理解しているのだけれど。
なぜだかあの赤い光が、頭の奥底に焼き付いて、離れなかった。
次回、新章突入。物語はクライマックスへ……!
(そしてこの物語は、いろいろありますがハピエンですので安心してね!!!!)
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