第30話 プロポーズみたいですね
体調は元通りになり、徐々に教会業務を再開した。村人たちには「お大事に」という言葉をかけられた。
もう熱は下がったというのに、ノルベルトは俺の側を離れようとしなかった。
俺が倒れないかを監視し、ちょっとでもふらつくとすぐに支える。
今までは俺が食事の準備をしていたのだけど、ノルベルトが代わりに行うようになったし。お風呂に入った後の俺の髪を乾かそうともするし。
挙げ句の果てには、毎晩おでこに手を当てて熱を測るようにもなった。
……なんだか、過保護になった。もう一人で動けるのに。
暖炉の前で椅子に座り、ぼーっと考えていた。
今日の教会業務は終わりだ。
「アベル……少し、いいか」
「どうしました?」
ノルベルトが声をかけ、俺のそばにちょこんと座る。
大型犬を手懐けたな。気づかれないようにちょっと笑った。
「俺に薬草を教えてほしい」
……薬草? 怪我でもしたのかな。
「どうしたのですか?」と尋ねる。
上手く言葉が思い浮かばないのか、ノルベルトは難しそうな顔で黙ってしまった。
「……わかりました。じゃあ、よく使うのだけ教えましょうか」
見かねて微笑みかけると、ノルベルトは嬉しそうに顔を上げた。
倉庫から数種類のよく使う薬草を持ってきた。テーブルに並べると、ノルベルトは興味深そうに覗き込む。
俺はそのうちのひとつを指さす。緑が深い、尖った葉の薬草だ。
「これはヒルフェリーフ。身体を温める作用があります。風邪の初期症状に効きます」
「この間アベルが食べたと言っていたものか?」
「ええ。比較的どこでも採れますし、困ったらこれを食べておけばいいでしょう」
次に、オレンジ色の花を指して説明を続ける。
「これはオープストの花。茎を切ると白い液体が出てきて、ワセリンや油と混ぜると軟膏になります」
ノルベルトがこの村に来たときに使ったものだ。
滅多に使わない軟膏を一気に消費したから、急いで追加で作った記憶がある。
そして、白い花の「ウィーゲンリート」、乾燥した茶色い種の「クラングの実」を教える。ウィーゲンリートは心を落ち着かせる作用があって、眠れないときなどに飲む。クラングの実はすりつぶすと胃腸薬になる。これらは村の近くでも採れるし、比較的扱いやすい。
「とりあえずこの辺りを知っていれば問題ないかと」
「……ありがとう」
「あとは、これが薬草についての本です。気になったら参考にしてください」
ノルベルトは興味深そうに本を開いた。
幅五センチくらいの分厚い本で、文字も細かい。俺がこの村に来てから大変助かっている、薬草専門の医学書だ。
「アベルは、ずっと医学の勉強をしてきたのか?」
「いえ。薬草はこの村に来てから学びました。リュトムスに医師はいませんでしたからね。……みなさん、助けを求めにくるでしょう。でも、私にできることって少なくて。必死にこの本をめくりましたよ」
思い返して、クスクスと笑った。
まだ俺が聖職者に擬態してすぐの頃。
『神様助けて』と訪れる不眠症の人。『血が止まらない』と助けを求める人。民間療法では限りがあるし、信憑性もなかった。
あのころは大変だったなぁ、と、懐かしくなってくる。おかげで今では大体の薬草が分かるようになった。
「アベルは努力家だな」
「まさか。職務を果たしてきただけですよ」
「……俺は」
その後、沈黙が続いた。視線をちらりと向ける。
ノルベルトは拳を丸めていた。しばらくのち、ぽつぽつと語り出した。
「この間、アベルが体調を崩しただろう」
「……ええ」
「その時、感じたんだ。俺が、もっと……。例えば、薬草について詳しかったら、もっとアベルの力になれたんじゃないかって」
「そんな。ノルベルトは力になってくれてますよ」
「そうじゃない。そうじゃないんだ」
やや切羽詰まった声になった。
「俺は、あなたに頼られる存在になりたい」
「……十分、頼っていますよ」
「ちがう……。違うんだ。もっと……」
顔を上げた。真剣な瞳で俺を見つめる。
「もう、あなたを、ひとりにしたくない。あなたを一番近くで支えていきたい」
青い瞳がきらりと輝いていた。
熱がこもった、真に迫った声に、
心臓が、跳ねた。
「……なんだか、プロポーズみたいですね」
その熱量に圧倒され、少しだけ顔を逸らしてしまった。
さっきから脈が激しく打っている。うるさいくらい。
まさかね、と思いながらふざけて笑いかけるも、ノルベルトはじっと何かを考え込んでいた。
「ノルベルト?」
「……そうか」
「な、なんです?」
「プロポーズ、か……」
ノルベルトは俺の手を、勢いよく握り込んだ。
「プロポーズと捉えてもらってかまわない。俺はあなたの一番近くで、一生掛けてあなたを支えたい」
「え、な、何を言ってるんですか。だって、結婚って、愛し合うもの同士で……」
「俺は、あなたを愛してる」
即答。
俺の言葉に被さるくらいの勢いだった。
……ノルベルトが、俺のことを、愛してる。
なんで。どこが。こんな俺の。
そんな疑問がぐるぐる回って、嬉しいと困惑がぐちゃぐちゃに混ざった。
握られた手が熱くて、汗ばんでしまった気がして、妙にそれが気になった。
嫌われたらどうしよう、いや、好きって言われたんだけど。でも、幻滅されたくない。
目が回るような感情の乱高下に、いっぱいいっぱいになっていた。
ノルベルトが、ややばつが悪そうに視線を下ろす。
「……アベルが、俺をそういった目で見ていないことは知ってる」
「あ、あの、」
「けれど、あなたを想うことだけは許してほしい」
切ない表情で笑った。諦めを含んだ表情だった。
俺は唾を飲み込んだ。そして、ゆっくりと息を吐く。
心臓はうるさいままだし。心なしか握ってる手が震えてる。動揺は収まらない。
もう、わかんない。
ノルベルトがこの村に来てから、俺は知らない感情に振り回されてばかりだ。
ダメだって分かってる。本当の姿を知られたら幻滅されるに決まってる。
魔物と人間が交わるなんて許されるわけがない。
……わかってるんだ。
でも、このどうしようもない胸の高鳴りが、
ぐちゃぐちゃに混ざった期待が、
そばにいてほしいと願うこの感情が。
………俺を弱くさせる。
ノルベルトだけなんだ。
キスだってダンスだって、もう、彼以外に身体を預けられそうにない。
高鳴る鼓動も、熱くなる体温も、ほっとする感覚も。
ーーそうか、これが。
「私も、ノルベルトが好きです」
……俺は、思ったよりこの男を、愛していたらしい。
次回より、恋人編スタート☆
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