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第28話 体調崩しちゃいました

ディープキスをしてから、不思議とノルベルトを見ると胸がどきどきするようになった。

キスする時以外にも、手が触れる時とか。

地味にテンパってしまって、普通に接しようとするのが大変だった。

……毎晩のキスの練習も、体がガチガチになってしまったし。


そのせいか、ノルベルトは普通のキスだけで済ませるようになった。それがホッともしたけれど、内心どこか、寂しくもあって。


フローラには「ポールと練習しなさい」とだけ言っておいた。ポールはああ見えて器用な子だからうまくやるだろう。






年の瀬が近づく。

村はのんびりモードから、ややせわしなくなった。

家の修繕や大掃除などで各家庭がバタバタし始める。比例して村人の相談も増えてきた。

毎年十二月中旬から下旬は雪の中を走り回っていた。今年も例外ではなく、忙しい日が続いている。



……だから、俺は毎年十二月の下旬、必ず体調を崩す。


(今年も、きたかぁ……)


歩いているときに感じるふわっとした浮遊感。頭がぽーっとして、がんがん痛む。熱が出る前兆だ。

一年に一日か二日くらい、ガーッと熱が上がって動けなくなる日がくる。寒さと疲労からの体調不良だ。

額に手を当てる。これから上がりそうだ。

……もうダルくなってきた。



今は各家庭の相談事を聞いた帰り道。教会へ戻るところだった。ノルベルトは別の所に使いに行かせていた。

雪の中、ふらつきながら歩く。

寒いのか暑いのかももうわかんない。早く戻んなきゃ。


(……ノルベルト、どうしようかな)


今年は同居人がいる。

移る病気ではないが、寝込んでいる奴の側になんかいたくないだろう。

……という気遣いが三割。


残りの七割は、体調が悪いときはできるだけ”変化”の魔法を解きたいという本音。

”変化”の魔法は常に一定の魔力を消費する。一日に一回魔力を補充する薬を飲めば全然間に合うくらいなのだが、体調が悪いと薬を飲むのもしんどい。

例年は教会業務は停止して、移る病気だからと村人を遠ざけていた。部屋の中では毛布を被ってやりすごす。


……だから、ノルベルトが家の中にいられると困る。

彼のことだから世話を焼きたがるだろうし。




足に力を入れ、ゆっくりと歩く。もうふらふらだ。

やっと見えた教会の扉に手を掛け、精一杯の元気なフリをした。


「ノルベルト。ただいま戻りました」

「アベル、おかえり。………どうした?」


自室の扉を開けると、ノルベルトが椅子に座って待っていた。俺を見かけると勢いよく立ち上がり、コートに積もった雪を払う。

部屋は寒いくらいだった。いや、俺の体温が上がってるのか。暖炉はついているし。

霞む視界を閉じないように集中して、にっこりと笑う。


「ちょっと体調崩したみたいで」

「大丈夫か!? すぐに休んで……」

「大丈夫です。でも、移るんで近寄らないで。今日はクラウスの所に泊まってください」


クラウスには何も言ってないが、ふたりは仲がよさそうだから大丈夫だろう。

コートを脱ぐと、視界が歪んだ。

ノルベルトがふらついた俺の身体を支える。おかげで倒れずに済んだ。

……見上げると、心配そうに俺を覗き込んでいた。


「嫌だ。俺が看病する」

「結構です。大丈夫。移したくないんです」

「安心しろ、俺は頑丈だ。アベルを一人にしておけない」

「迷惑なんです。ひとりにさせてください」


わざと強い口調で言葉を遮る。

ノルベルトは一瞬息を呑んだ。俺がきっぱりと拒絶を口にするのは珍しいだろう。


ノルベルトの手を離して、立ち上がる。足に力を込める。

大丈夫。いつも一人で過ごしてきただろ。

魔物の俺が、人間を頼れるわけがない。


「急なお願いですみません。でも、お願いです。今日だけでいいです。外に行ってください」


切羽詰まった様子が伝わったのか、ノルベルトは悲痛な表情を浮かべながらも、小さく頷いた。






ーーーーつらい。

熱が上がっている。もう吐き気すらしてきた。


ノルベルトはクラウスの家に向かった。いま、俺は一人で部屋にいる。

スープを温め、胃に流し込む。味はよく分からない。パンは食べられる気がしない。

軽く食事を済ませて、風呂に入った。

”変化”の魔法を解いて、ほっと息を吐く。


(……今日は、早く寝よう)


寝支度を整えて、倉庫へ向かった。身体を温める薬草があったはず。気休めだけど。

……念のため魔力を補充する薬も飲んでおこう。




倉庫の鍵を開けて、奥の方に足を踏み入れる。

レンガ造りで窓はない。常に閉め切っているから、じめじめと寒い。息苦しい。

手元のランプだけが唯一の明かりだ。ほのかな光が心細かった。

奥に保管している薬草をかじった。苦いなぁ。ホントに気休めだ。魔力を補充する薬も一気飲みする。まずい。嫌いな味だ。


力が抜けて、その場にずるずると座り込んだ。

……疲れた。


頭の角に触れる。

固い感触がして、やっぱり俺は魔物なんだと気づく。

こんなものがついてなかったら、こんなに苦労してないのに。


今の俺は”魔物”の姿をしている。

頭には赤褐色の角が二本生えているし、瞳は魔物らしく赤く光っている。お尻からは尻尾も生えている。

人間たちが蔑む”インキュバス”だ。


手にしていた大きめのブランケットを頭から被る。小さなランプの光も遠くなった。

寒い。暗い。寂しい。頭いたい。動きたくない。

………助けて。



ノルベルトに会いたくなった。

こんな姿で会ったら、嫌われるどころか、殺されるかもしれないのに。


ブランケットを握る。呼吸が荒くなる。

本格的に頭がぐらぐらしてきた。

早くベッドに戻らなきゃ。早く治さなきゃ。

涙がぼろぼろ零れた。音のない空間に、俺の嗚咽だけが響いていた。

治そうと意識するほどに孤独が浮き彫りになる。暗闇に沈んでいくような感覚になる。


『誰もお前を愛さない。嘘つきの、裏切り者が』


内なる声が、耳元で囁く。

わかってる。わかってるんだ。本当は、俺はーーー





「アベル?」


扉の向こうから、一筋の光が差し込んできた。

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