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第27話 私とディープキスしてくれませんか?

事の発端は数時間前にさかのぼる。

俺はフローラの結婚準備のため、またカローラ宅で打ち合わせをしていた。ノルベルトはクラウスの所へ用事があって、ひとりだった。


段取りはほぼ決定し、結婚衣装の準備も順調。春には盛大な式が行われるだろう。

年内に一通り落ち着きそうで安心した。



カローラ宅を出ようとしたところ、またフローラにつかまった。目がギラリと輝いている。

若干嫌な予感がするも、しぶしぶ足を止める。カローラはまた気を利かせて席を外した。


「アベル様、アベル様。あのね、聞いて!」

「……なんでしょう」

「ポールとキスしたの! 私、緊張したけど、できたの!」

「へえ! それはよかったですね。安心しました」


先日の騒動から一転、うまくいったようだ。よかった。キスの仕方で悩んでいたのが遠い過去のようだ。

けれどフローラはまた頬を染めて、若干涙目になっている。


「で、でもね……私、その……。その、先の、キスが、へたで……」

「? その先?」

「えっと……ポールはディープキスって言ってた」


ディープキス……。

昔、魔物の村にいるときに聞いたことはあるな。

人づてに聞いたことしかないから、具体的なイメージはつかなかった。


「ディープキス」

「うん……。ポールもね、私以外とやったことはないんだって。だから、こう……やってみても、これでいいのかなって感じになって」

「しなきゃいいんじゃないですか?」

「え、で、でも……したいじゃない?」

「……うーん」


性行為なら医学の書に書いてあるから、なんとなく分かるのだけれど。

……ノルベルトは知っているのだろうか。

キスの仕方は知っていたし、聞いてみてもよさそうだ。


「まあ、ちょっと調べてみますが。あまり期待しないでください」

「ありがとう、アベル様! こんな話、ママにもできないし……」

「大丈夫ですよ。またいつでも相談してくださいね」


不安にさせないように、にっこりと笑う。

内心は自分が不安でいっぱいだったのだけれど。







「……ということです」

「なるほど、わかった。わかったんだが、一旦頭の中を整理させてくれ」

「……? はい」


夕食を囲みながらノルベルトに経緯を説明した。

ディープキスについて教えてほしい、と言った瞬間ノルベルトの表情がスッと抜け落ちた。少し怖かった。

それからずっとノルベルトは遠い目をしながら手首の紐をバチバチとしている。何やってるんだろう。


「ディープキス、だな」

「ええ。やり方わかりますか?」

「……まあ、そう……だな。うん。わかる、し……でき、る」

「まあ! 頼りになります。どうやってやるんですか?」


前のめりになって聞くと、ノルベルトは一瞬身を引いた。テーブルの上の皿ががたり、と音を立てる。

慌てて体勢を戻すと、ノルベルトは視線を泳がせて語り出した。


「舌を絡ませて、深く……その……交わらせるんだ」

「ああ、なるほど。性行為の一種ですか?」

「!? い、いや……そ、そこまでいかないのもある。いや、続く場合もあるけど。場合による、というか……」

「? よく分からないですね」


唇を触れさせるだけでなく、口を開けて行うキスだろう。

粘膜接触だから性行為の前戯かと思ったのだが。軽いものはそうでもないのかな。

頭の中でイメージしてみるも、どんな感じになるかはふんわりとしか分からなかった。


「夜、とか。ベッドの上、とか。これから、というときは、……まあ、前戯の一種だろう。が、必ずしもそう続くわけでなくて……」

「ふーん」


わかんないことを考えてもしょうがないか。

俺は手元のパンをもぐもぐと咀嚼した。


「じゃあ、今日のキスの練習はディープキスにしてください」

「は、はあ!?」

「……あ、い、嫌でしたかね、ごめんなさい。軽いのなら普通のキスの延長線上かなと思ったのですが……ご迷惑なら」

「違う違う、そうじゃない、そうじゃないんだが、えー……」

「無理しないでいいですよ。他に……」

「やる、やる! 俺がやるから!」


ノルベルトは真っ赤な顔をして俺を引き留める。

前にもあったなぁ、と、どこか他人事のように考えていた。






夜、風呂に入った後。いつも寝る前に俺たちはキスの練習をしていた。

もう”練習”というのも変な気がしているが、「キスをしていた」というと、何か別の、厄介なニュアンスが含まれる気がするから。

だってキスって恋人や夫婦で行う行為だろうし。俺とノルベルトはただの同居人なわけだし。


今日もその延長線上だと思った。

レベル1が終わったから次はレベル2か、くらいの軽い気持ちでいた。

……ノルベルトがベッドに来るまでは。




ぎしり、と木のフレームが音を立てる。

暖炉の火が部屋を照らして、初めてキスをした日を思い出した。

ノルベルトがいつもより険しい表情をしているから、なぜだか俺もつられて緊張してきた。


「キスだけだ。舌をいれるだけだから。その先は絶対しない」

「……? はい。分かってますよ」

「自分に言い聞かせてるんだ」


ノルベルトが手元のゴムをせわしなく弾いている。

今日、帰ってからずっといじってるな。

もう手首は赤くなっている。見ていてちょっと痛々しい。


「それ、外したらどうですか? 痛いでしょう」

「……気にしないでくれ。必要なんだ」

「はあ……」


よくわからん。

王都の人の趣味なのだろうか。まあいいけど。

ノルベルトは意を決したのか、いつものように俺に向き直った。ぎらりと瞳が燃えるように輝いて、若干呼吸も荒い。

……いつもより、ちょっと怖かった。


でも、ノルベルトなら大丈夫だ。

普通のキスだって、最初は緊張したけどすぐに慣れたし。



目を伏せて、顔を上げる。

キスをする時は、ノルベルトが頬にそっと右手を添えて唇を重ねてくる。

今日も、それで唇が触れてーーー



生ぬるい、液体を含んだものが口に入ってきた。

一瞬びっくりして身を引いてしまった。

初めての感触だった。


ノルベルトが左腕を俺の背に回した。

抵抗しようにも立派な体躯の身体が近くて、動けなかった。潰されるようで、逃げられないようで。

こんなに力強かったんだって、初めて知った。


「……っん、ふ、ぁ……っ」


舌が絡んで、口の中で動きまわる。

吐息が熱い、抱きすくめられている体温も熱い。唾液が口の端から垂れた。息が苦しい。

……いつものキス、じゃない。


ノルベルトの服をきゅっと握る。

ノルベルトは一瞬だけ舌を引いて、掠れた声で囁いた。


「鼻で息をするんだ」

「……え」

「ほら」

「……んっ、ぁ……っ」


またキスが始まる。

舌が絡み合って、ぬちゃ、ぬちゃ、と、粘着質の音が静かに響いた。

……鼻で息をする。

そう考えてもうまくできない。

歯列をなぞる舌に翻弄されて、心はぐちゃぐちゃになっていた。



(やばい。なんだ、これ。こんなの、こんなのーーーーー)



一瞬、ノルベルトの言葉が脳裏に蘇る。

『夜とかベッドの上とか。そういうときは、前戯の一種だろう』

……まさに今だ。夜、ベッドの上。


そう気づくと、体中の体温が、ぶわっと、沸騰するように熱くなった。

もしかして、これは……性行為の、前戯なのだろうか。


なんだか、身体から込み上げるこのゾクゾクが、いわゆる”快楽”と呼ばれるものなんじゃないかと思えてくる。

快楽? まさか、そんな。でも、ほかになんとも形容できない。

全身がむず痒くて、震えて、力が抜けるような、初めての感覚でーーー



ノルベルトはそっと唇を離した。

俺は胸元に力なく倒れ込む。

彼の心臓はうるさいくらいに脈打っていた。

ちらりと見上げると、いつもの優しい瞳というよりは、肉食獣のようなぎらりとした瞳だった。なのに、恐怖より先に感じたのは、期待のような高鳴りだった。


「……これがディープキスだ」

「ありがとう、ございます」


熱くなった体温が下がる様子はない。

目を伏せて、呼吸を整える。ノルベルトの匂いがする。少しだけ落ち着いた。


「あとで、わかんないことあったら聞いてもいいですか。今は、ちょっと……何も考えられなくて」

「……ああ」


ノルベルトは俺の背中に手を回し、そっと髪を撫でた。

手つきが優しくて、胸の奥がぎゅっと痛んだ。




しばらくノルベルトの胸の中で呼吸を整えていると、彼の俺の頭を撫でる手つきが少し固くなって。

そのまま抱え込むように、強く抱きしめられた。


「他のやつに頼むなよ。……危険だから」

「………頼みませんよ」


俺は弱々しく笑った。

頼めるわけない。こんなの。

こんな、恥ずかしくて、無防備になる行為。



「あなた以外とは、できないと思います」



ノルベルトは一瞬息を呑んで、そのまま、腕の力を強めた。

俺は胸元に顔を埋める。

ノルベルトの心臓は、うるさいくらいに、鳴っていた。

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