表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

21/54

第21話 憧れの結婚式

リュトムスでは雪が舞うようになった。

まだ積もってはいないが、あと数日で白銀の世界になるだろう。


今日はカローラの家へ向かい、フローラの結婚式について相談する予定だ。

ノルベルトを連れ、雪が舞う中を歩いた。

大きめの傘に一緒に入る。微妙に肩が触れる距離だ。もうこの距離にも慣れ、むしろいないほうが違和感があった。

ブーツはしゃりしゃりと霜を踏む感触がする。

頬に冷気が突き刺さる。乾燥してピリピリと痛い。




「リュトムスではどんな結婚式をするんだ」

「そうですね……。王都や、ほかの街とは少し変わっていると思いますよ」


俺は躊躇いがちに口を開いた。


「教会の、"真実の鏡"の前でふたりは愛を誓います。そして、指輪を交換し、キスをする。そのあとは村中でお祝いです」


”真実の鏡”とは、その名の通り、映すものの真の姿を捉える巨大な鏡だ。

ひとたび姿を映し出されれば偽りの姿は真実に戻る。

つまり、”変化”の魔法が解けるのだ。


「"真実の鏡"? 珍しいな」

「……鏡の前で嘘はつけなくなる。愛を誓うのにうってつけでしょう」


上辺の笑顔で微笑むと、ノルベルトは納得した。


「面白いな。嘘がつけないーーか。結婚式にぴったりだ」

「でしょう。あ、神具なので絶対触らないでくださいね」

「わかった」


ノルベルトは素直に頷く。

俺はほっと胸を撫で下ろした。



俺は村の結婚式に最も神経を使っていた。

巨大な鏡の前に立たないようにする。

それだけだが、一度でも映ってしまえば正体がばれてしまう。


幸い式を取り仕切る聖職者であるから、鏡の後ろで村人を見下ろす立場にいられる。

鏡は愛を誓う瞬間まで布で覆っている。鏡を使う時間を最小限にとどめることで、今までは上手くやってきた。

……今回も気を抜かないようにしなければ。

特に、この村の結婚式に慣れていないノルベルトがいるなら、尚更。



「それにしても、なぜ"真実の鏡"なんだ? 効果を発するのは姿を擬態する魔物くらいだろう」



ノルベルトの疑問に、一瞬息ができなくなった。


「……さあ。詳しいことは、ご老人たちも知らないみたいで。伝記にも理由は書かれておりませんでした」

「そんなに昔からなのか」

「人里離れた村ですからね。ひとと魔物の距離も近かったんでしょう」


俺はぼかして説明した。

もしかしたら、俺のような存在が姿を偽って村に入り込んだことがあるのかもしれない、と推測している。


「結婚は愛を誓い家族になることですから。……大切な誓いに、異分子を入れたくなかったのかもしれません」


そう告げて、自嘲した。

異分子……そう、まさに俺だ。平和な村に入り込む、魔物。

姿を偽っている限り、俺は誰かと一緒に生きていくことなどできない。




「アベルは」

「はい?」

「……アベルは、結婚しようと、思ったことはないのか」


その質問を受けて、俺は笑顔が少し強張った。

しゃり、と、霜を踏む感触がする。視線を落とす。

道にはサイズの違う靴の足跡が並んでいた。


「……ありません」


というよりは、できない、が正確な答えだが。

きっとそう答えたら心配させてしまうから。



「でも、憧れはあります。式を見ていると。指輪を交換するときの表情はやっぱり幸せそうなんですよね」

「そうか」

「まあ、でも……。私は、別に。みなさんが幸せそうに暮らしているなら、それで」


ノルベルトは静かに、俺に視線を向けていた。





「指輪の交換は、……羨ましい、よな」


ノルベルトがぽつりとこぼす。

俺はちらりと横顔を見上げた。


「昔……子供の頃。王都で親戚の結婚式に出席した。豪華で綺麗だった。金持ち連中のじゃらじゃらしたドレスは少し苦手だったが……。あの、指輪を交換する姿は、いまでも覚えている」

「あら、素敵ですね」

「いつか………俺も、贈れるように、したい」


ノルベルトはやや照れたように呟いた。

その横顔は、具体的な誰かを脳裏に描いているようで。

……胸が、ずきりと痛んだ。



「……いいですね」

「この村では、指輪はどういったものを贈るんだ?」


ノルベルトはこの村の結婚式に興味があるようだ。

俺は調子を戻すように微笑んだ。


「リュトムスでは宝石が貴重ですので、代々家に伝わる宝石を加工して指輪にします。新郎が指輪を用意して、新婦に贈りますよ」

「……そうか」

「王都とは違うかもしれませんね。まあ、誰かさんに贈る指輪の参考になれば幸いです」

「なっ、なん……!」


くすくすと笑うと、ノルベルトは照れたようにあわあわとした。

やっぱ、誰かいるんだな。具体的に、贈りたいひとが。


「……いいなぁ」


小さく呟いた声は、雪に消え入った。どこにも届いてないだろう。

うらやましいな、とか、少しだけ、思う。

俺が決して手に入れられないものだから。


「アベル」

「なんです?」

「……いや」

「なんですか、気になりますよ」


俺が笑顔を向けると、ノルベルトは何かをじっと考えているようだった。

けれど、そのまま「なんでもない」と、呟いた。

ブクマ&評価、ポチッとよろしくお願いします~!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ