第2話 天使が眠っていた。SIDE:ノルベルト・ベルンシュタイン
目を覚ますと、天使が眠っていた。
いや、正確には天使ではない。天使のような、というのが適切な表現だろう。
ベッドにもたれて眠るのは、美しい顔をした男だった。カソックを着ているから神父なのだろう。
金髪が朝日に反射して輝いている。伏せられた睫毛が影を作り、不思議と引き込まれる魅力があった。
見渡すと知らない部屋だった。
石造りの壁は年季が入っており、家具も古い。壁に沿って置かれる棚にはたくさんの本や雑貨が詰め込まれている。
ベッドサイドチェストには、水が入った桶やタオル、薬が置かれていた。
(………俺を助けてくれたのか)
窓の外から鳥のさえずりがかすかに聞こえる。
王都の朝はいつも喧騒と蹄の音で始まっていたが、ここはあそことは違う、穏やかな空気が流れている。
もしかして、ここは違う国なのだろうか。俺は今どこにいるんだろう。
身体を動かすと傷がじくりと痛んだ。昨日の戦いが脳裏に蘇り、全身が強ばる。
ツヴィンガーの森に入って、魔物と対峙して、それでーーーー。
頭を振って嫌な記憶を追い出す。あまり考えたくなかった。
部屋の隅には俺の甲冑と剣が置かれている。どれもボロボロだ。
俺の身体に視線をやると、やはり傷だらけだった。よく生きているな。自分でも感心する。
眠っている神父に目を向ける。辛い体勢なのか、時折顔をしかめて唸っている。
ベッドは一つだけのようだ。俺が寝てしまったから神父の眠る場所がなかったのだろう。
よく見ると目の下にはクマができている。遅くまで俺を看病してくれたのかもしれない。
彼の顔を見ていると、不思議と心が安らいでいった。
不意に涙が溢れそうになって必死でこらえた。
騎士たるもの、涙など見せてはいけない。
そう教わってきたはずなのに。今までだって、泣いたことなどなかったのに。
昨日は怖い経験をした。この空間に安心した。眠る神父が美しかった。
無数の言い訳が浮かんでくる。
(……だめだ、心が緩んでいる。自分を律しなければ。俺はクヴァドラート騎士団の名を背負っているのに)
必死に深呼吸を繰り返して、心を静める。
(王都に、帰りたくない)
(……ここにいたい)
久しぶりに安心できる空間だったから、だろうか。
無意識の願望が浮かんでくる。
呼吸が落ち着くと、自分の中にずるい考えが浮かぶのが分かった。
(……もう少しだけ、この村にいられないだろうか)
この傷はおそらく一週間程度で治る。ここがどこだかは分からないが、馬車を呼ぶことだってできるかもしれない。
そうなったら、きっと、もうここに来ることはない。
……この神父に会うことも、きっとない、だろう。
ごめんなさい、神様。
今だけ、少し、わがままを言っても、いいだろうか。
迷惑かもしれないけど、でも、でも、もう少しだけ。
俺は眠っている神父の肩を揺すった。
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