第19話 暖炉のそばで
ノルベルトがこの村に滞在して、二ヶ月あまりになった。
リュトムスでは初雪を観測した。
村の農作業は一段落した。村人は家の中で冬支度をしている。
秋の総決算のムードと違って、冬はまったり空気が流れる。俺はリュトムスで過ごす冬が好きだった。
冬支度も魔物対策も収穫祭も重なったから、最近はいつもよりバタバタした。
さすがに疲れた。今日は半分お休みという気分。
いつもの居住空間で、暖炉に火をくべた。
その側で椅子に座り、編み物を編む。教会に人が来たらすぐ気づけるようにしている。
ただ、今日は恐らく誰も来ないだろう。
薪がパチパチと爆ぜる以外は音はない。
手元の細かな作業に集中していると、いつものせわしなさを忘れられた。
「アベル、いま戻った」
クラウスの所に顔を出していたノルベルトが戻ってきた。
俺は立ち上がり、「おかえりなさい」と、彼を部屋に入れる。
ノルベルトの黒髪には雪がちらりと積もっていた。コートにもかかり、寒そうだ。
雪を払ってコートを預かる。触れた手はすっかり冷えていた。
急いで暖炉の側に向かわせ、身体を温めさせる。
「寒かったでしょう」
「ああ。リュトムスは寒いな」
「王都より雪が早いですからね」
沸いたばかりのお湯で紅茶を淹れると、ノルベルトは柔らかく微笑んだ。
紅茶の香りが部屋を包む。
「アベルは何をしていたんだ?」
「編み物ですよ。ほら」
「うまいな。手袋か。……サイズが大きくないか?」
「あなたのですよ、ノルベルト」
「俺の?」
先ほど編み上がったばかりの手袋を手渡す。鮮やかな青の毛糸で作った。保温性がある温かいものだ。
ノルベルトは着の身着のままでこの村に来たから、手袋などの防寒着を持っていなかった。
「リュトムスの冬は厳しいですから」
「……あ、あり、がとう」
ノルベルトはそっと手袋を見つめた。
冷えた手にはちょうどいいだろう。「つけてみてください、サイズを見たいです」と促すと、ノルベルトはおずおずと手袋に手を通す。
やや大きめに作ったつもりだが、サイズはぴったりだった。
「青か。いい色をしているな」
「あなたの瞳の色です。美しいでしょう。ちょうど倉庫にあったので」
ノルベルトは口元をおさえ、「うん」とだけ返した。顔が赤くなっている。外に出ていたからだろうか。とりあえず喜んでくれたようでよかった。
近くに転がる毛糸に目をやる。赤や緑、青、白、黒。リュトムスでは羊を多く飼っているから、毛糸には困らない。
「マフラーも作りますね。他にも必要なものがあれば言ってください」
「……アベルが編んでくれるのか」
「ええ。編み物は得意です」
微笑むと、ノルベルトははにかんで「楽しみにしている」と呟いた。
赤い毛糸を手に取り、編み棒で編んでいく。
この村に来るまで編み物をしたことはなかったが、何度か繰り返すうちにできるようになった。今では村でも指折りの編み師だ。
ノルベルトは俺の手つきをじっと眺めていた。珍しいのだろう。
興味深そうに見つめる瞳が子どものようで微笑ましかった。
「編んでみますか?」
「……俺にできるだろうか」
「教えますよ。慣れれば簡単ですし」
予備の編み棒を手渡し、ノルベルトのすぐ隣に移動した。マフラーなら比較的簡単だろう。
何度か手元を見せてやり、実際に一緒に棒を動かして、手順を身につけさせる。
ぎこちない動きだった。最初に火打ち石の使い方を教えた時を思い出した。
「難しい、な」
「ふふ。慣れですよ。練習あるのみです」
「……頑張る」
「ノルベルトならできますよ。もう火打ち石だって打てるじゃないですか」
「恥ずかしいな、忘れてくれ」
何度か繰り返すうちに、下手ではあるが動きが掴めてきたらしい。俺の手助けも要らないだろう。そっと手を離し、隣で俺もマフラーを編み始めた。
視界の端で大きな身体が試行錯誤している様が可愛らしかった。
暖炉の火が温かくて、穏やかな息づかいがした。
「………ん」
しばらく無言だったノルベルトが唸り出した。ちらりと視線を向けると、マフラーは少しガタついていた。
ノルベルトは大きな手をわちゃわちゃと動かし、でも結局あまり効果はなかったみたいだ。ガタついた箇所はそのまま、ちょっとずつ歪んでいく。
「……やり直したほうがいいだろうか」
ノルベルトはしゅん、としながら呟く。
俺はその様子を微笑ましく思った。
やり直した方が綺麗にはなるけど。
……こうして頑張った時間を残したい気持ちもわかるから。
「貸してください」
ノルベルトはしぶしぶ俺にそのマフラーを手渡した。
俺はそれをそっと自分の首に巻いてみる。巻くというほど長さはないけれど。柔らかい生地が肌に触れた。
「ほら、巻いたらわかんないでしょ」
「……そう、か」
「そうですよ。初めてにしては上出来です」
柔らかい笑みで微笑むと、ノルベルトは頬を赤くして頷いた。
「それ、できたら私にくださいね」
「……こんなので、いいのか」
「ええ」
俺はノルベルトに編みかけのマフラーを手渡す。
「あなたが編んだ、最初のマフラーですから。それだけで嬉しいです」
渡す時にそっと右手が触れた。
暖かくて、安心する手だった。
ノルベルトは照れたようにはにかんだ。
「……できるだけ上手く作る」
「ふふ、楽しみにしてますね」
「……手作りのものをプレゼントするのは初めてだ」
隣でさりげなくリカバーできるようにアドバイスをした。これくらいなら全然問題ない。ちょっと不恰好なだけだ。
ノルベルトは意気込んで編み進める。
その横顔は、熱心で。
俺のために頑張ってくれているのだと思うと、それだけで心臓が高鳴った。
別に、見栄えなんてどうでもいい。
そのがたついた箇所だって微笑ましいのだから。
今年の冬はいつもより少し、暖かく過ごせそうだ。
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