第18話 月光の下
グレッチャーとの戦いから数日が経った。
あれからグレッチャーの目撃証言はない。被害もなさそうなので、ノルベルトの退治はそれなりに功を奏したのだろう。
アーマイゼの花は、騒動に紛れて採取し忘れてしまった。お香を作ろうとした段階で気づき、「あー…」と落ち込む。
また採取に行かなければ。つい先日襲われたばかりだから不安もよぎる。
ノルベルトに相談をすると、「ついていこう」と即答で返事が来た。
雨がやみ、月明りが十分な日を待って、俺とノルベルトは外に出た。
ランプは直したばかりで調子がいい。むしろ明るくなったみたいだ。月明りもあたりを白く照らしている。
先日より気温はぐっと下がり、少し肌寒い。上着を羽織っても冷気を感じられる。やっぱりそろそろ冬だなぁ。
アーマイゼの群生地につくと、小さな白い花が月光に反射していた。
シルクのビロードを歩いているようだ。雨粒に濡れ、光が乱反射する。幻想的な景色に息を呑んだ。
……以前は、こんなに美しいとは感じなかったのだけれど。
「綺麗だな」
「ええ。……こんなに、綺麗でしたっけ」
「あのときは必死だったから仕方がない」
ノルベルトは柔らかく笑っていた。
今日は満月だ。前は半月だったから光も半分だったのかもしれない。
あのときに採取していたらこの景色に気づけなかっただろう。
ノルベルトの腰にささっている木刀にちらりと視線を向けた。あんなのあったっけ。
教会を出る時、ノルベルトは木刀について何も言わなかった。
気になって尋ねてみると、ノルベルトはぽつりと「クラウスに作ってもらった」とこぼした。
「まあ、クラウスが」
「これなら魔物を追い返せる。使いやすくていい」
「……そう、ですか」
いつの間にそんな。
ちらりとノルベルトの顔を伺うと、少し照れたように口をつぐんでいた。
その表情に、なぜだか心臓がきゅっとした。体がむず痒くなって、ノルベルトの顔が見られなくなった。
……うれしい、はずかしい、
急いで顔を背けて、「採取しましょうか!」と場違いに明るい声を出す。このままだと口から心臓が出てしまいそうだったから。
しゃがみこんで、花を摘む。ちょっと多めに摘んでおこう。村中を囲むお香にするにはそれなりに量が必要だ。
持ってきた麻袋に詰めていく。爽やかないい香りがした。ノルベルトにも手伝ってもらい、袋はいっぱいになった。
「これだけあればいいですかね」
「ああ。足りなかったらまた来ればいい」
「ふふ。また来たいですね。こんなに綺麗な景色なんですもの」
振り返って微笑みかけると、ノルベルトはごくりと唾を飲み込んだ。
「アベル、あの」
「どうしました?」
「……俺、を……この村においてくれないだろうか」
真剣な瞳で俺を見つめる。
突然の願いに、俺は一瞬固まってしまった。
「村の被害が心配だ。このままでは心残りになる」
「……そう、ですか」
「せめて冬を越すまでは、どうか。あなたの側で守らせてほしい」
ノルベルトの声は必死さを含んでいた。
「……ありがとうございます。頼りになります」
俺は不器用に笑った。
……正直、少し、迷った、けど。
でも。俺がちゃんと上手くやれば。バレないようにがんばれば。大丈夫だろうって。
俺ももう少しだけ、ノルベルトと一緒にいたかったし。
ノルベルトはほっと安心したように息を吐いた。その表情が妙にかわいらしかった。
断られると思っていたのかな。
……まあ、確かに、少し前に頼まれていたら、断っていただろう。
麻袋を置いて、ノルベルトは俺の手を取った。
もう何度か握ったことのある手だ。
何だろう。彼の顔を見上げる。
ノルベルトは真剣な表情で俺を見つめていた。
「俺は魔物を殺さない。この村に被害も起こさせない。あなたが、この村やすべての命を尊重していることを知っている。俺はその、あなたの気持ちも守ろう」
ノルベルトの青い瞳が力強く輝いていた。
風が吹いて、髪が揺れた。
「だから、俺を頼ってほしい」
俺は、その瞳から目が離せなかった。
ーーーなんで、そんなこと、いうんだよ
俺が何者か、知らないくせに
俺のことなんか、何も知らないくせに
けど。
体の内側から温かいものがあふれて、こみあげて、涙となって表れた。
手が震えて、温かくて、耳が熱くなった。
頬も熱くなって、唇を噛みしめるしかできなかった。
この男は、どうしてこんなにも、俺を揺らがせてしまうのだろう。
次回より、新・同居ライフ開始。
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