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第17話 騎士の矜持 SIDE:ノルベルト・ベルンシュタイン

朝、目が覚める度に。

生きていてよかったと感じる。


懺悔室は寒い。石造りの床に敷いた布団は硬く、起きると身体がぎしりと痛んだ。

王都にある俺の家にはそれなりに高級なベッドがあった。けれど。

それらを差し引いても、俺はこの村が好きだった。


声をかけてくれる村人たち。

たまにクラウスみたいにケンカしてしまう奴はいるけれど、むしろ直球に話しかけてくれるのは楽だった。アベルのことを好きなのは嫌だが。




アベルは昨夜、グレッチャーに襲われそうになった。

魔物が襲いかかった瞬間は頭が真っ白になった。

アベルが怪我をしてしまったらとか、死んでしまったらとか、一瞬でも考えてしまうと居てもたってもいられなかった。

剣を抜いた瞬間、本当はグレッチャーを殺すつもりだった。あのサイズなら殺す方が早い。



『やめて、たすけて、ころさないで』



アベルは、明らかに俺を見て叫んでいた。

グレッチャーに襲われてパニックになっていたのではない。俺だ。俺の何かが、アベルのパニックを引き起こした。

アベルの様子はおかしかった。視線は定まらず、過呼吸を起こし、汗が止まらなかった。


もしかしたら、アベルは剣にトラウマがあるのかもしれない。

剣を扱う魔物はいるし、それにーーーー


襲うのは、魔物だけとは限らない。







アベルに見送られて、小雨の降る道を歩いた。

壊れたランプとアベルからの差し入れ。そして、俺の剣。右手には傘を持っている。思ったより荷物が増えてしまった。


クラウスの家は工房を兼ねていて村の外れにある。

何か作業を始めているのだろう。煙突からは煙が立ち上っていた。職人の朝は早いようだ。


「クラウス、頼みがある」

「んだよ、オメーかよ」


声をかけると、苛立った様子のクラウスが顔を出した。これは彼の通常運転だ。

顔に煤をつけているから、今日は火を使った作業をしているのかもしれない。


「ランプを壊してしまった。直してほしい」

「チッ、見せてみ……はあっ!? どうしたらこんな壊れ方すんだよ! ボロボロじゃねーか!」

「すまない。間違えて投げてしまった」

「な……、はあー…………。いや分かるだろ普通……」


クラウスは呆れたようにため息をついた。そして割れたランプを見聞し、「いけっかなぁ」と呟く。


「まあ……ガラス使うからちょっと時間かかるぜ」

「ありがとう。これはアベルからだ」

「おまっ……! あるなら早く渡せよ。もっと早く直してやるからさ」


現金な奴め。と思いつつ、嬉しそうなクラウスを見ると差し入れは効果的なのだなと感じる。アベルの気遣いは細やかだ。ひとの心をよく分かっている。

お菓子はジンジャークッキーらしい。クラウスは俺に見せつけて、どや顔をした。

俺はまだそれを食べたことがない。羨ましい。


「これはアベル様からの感謝の証なワケ。わかる? 俺が超特別ってコト! お前と違ってな!」

「あと、俺からの依頼があるのだが」

「はあー? お前がー?」


クラウスの言葉を遮って、俺は自分の剣を差し出した。

クラウスは首を傾げる。近くの台に差し入れのクッキーと壊れたランプを置いた。


「なんだよ」

「これと同じ長さの木刀を作ってほしい」

「……木刀? なんで。剣じゃダメなのか」

「ダメだ」


クラウスは俺の剣を手に取り、その瞬間「重ッ!」と叫んだ。

たしかに俺の剣は重量がある。騎士でもない限りは振り回せないだろう。

ベルンシュタイン家に代々伝わる剣で、持ち手には無駄に多い宝石の装飾が施されている。切れ味は抜群。扱いに慣れは必要だが、かなりの名刀だ。



「なんで必要なの。用途がわかんねーと作りづらい」


クラウスは剣を握ってぷんぷんと怒った。

俺は、あー、と言葉を探しながら話す。ひとに説明するのは苦手だ。


「昨日、近くに魔物が出た。獣タイプだ。退治するのに使う。でも、できるだけ殺したくない」

「ふーん」

「この剣を使うと殺してしまう。殴って追い返せるくらいの強度があるといい」

「……わかったよ」


はあ、とクラウスはため息をつく。頭をガシガシと掻いて、「アベル様でしょ」と呟いた。


「あのお方は優しいから、魔物も殺さないんだ」

「……そうだな」

「俺としちゃぁ、被害があんのになって気持ちもあるけど。でも、確かに死体の処理とかすんのアベル様だし。村で魔物を退治した後、あのひと、いつも隠れて泣いてるし。俺も血とか嫌いだし。追い返して解決すんならそれが一番だと思うし……」


クラウスは俺の剣をじっと眺めた。

長さと重さを見聞しているんだろう。先ほどと違った、職人の瞳をしている。


「ま、わかった。できたら持ってくわ」

「ありがとう。俺からの差し入れがなくて申し訳ない」

「俺が木刀持ってくときまでに用意しておくんだよバーーーカ!! 礼儀だろ礼儀!!!」

「……わかった」







その日の夕方、教会にクラウスが顔を出した。アベルは村人の相談にのっていた。

俺はこっそり席を立ち、クラウスを迎える。


「ん!」

「ん?」

「ランプだよ。もう投げんなよな」


クラウスは修理したてのランプをぐいっと差し出した。パッと見たところ新品のようだった。

おお、すごいな。まじまじと眺めていると、クラウスはどや顔をしていた。


「ありがとう。早いな」

「へへん。まあ俺は天才技術者だからな?」

「さすがだ。アベルが頼るのも分かる」

「……ふん」


クラウスはやや唇を尖らせる。

そして、もうひとつの荷物を俺に手渡した。

包みを広げると、漆が塗られた立派な木刀があった。


「……早いな。今朝頼んだばかりなのに」

「樫の木を削りだした。まあまあ重みがあるだろ。これなら固いし、魔物をぶん殴っても壊れない」

「さすがだな」


試しに一振りしてみると、びゅん、と空を切る音がした。握り心地もいい。俺の剣を振るのに似た感覚で扱えそうだ。

感心していると、クラウスはためらいがちに口を開いた。


「俺たちは、あんたほど剣を使えないから。多分殺さないで追い出すってことはできないと思う」

「ああ」

「だからその……すっげームカつくけど。俺としてはホントにムカつくんだけど。お前のこと認めたとかじゃ全然ないんだけど」

「なんだ」


クラウスは眉根を寄せて、うなる。

そして、まっすぐに俺の目を見て言った。


「アベル様のことを守ってほしい。魔物を殺さないって気持ちも込みで」


俺は木刀を強く握り込む。クラウスの瞳をじっと見つめ返した。


「ああ」


最初からそのつもりだ。と、思っていたけれど。

改めて言葉にされると、覚悟が決まった。

騎士としての矜持が蘇る。

対象を”守る”とは、肉体を守ることのみを意味しない。身も心も守ってこそ騎士だろう。



「任せろ。俺がアベルを守る」



クラウスはしばらく黙り、そして「ふん!」と顔を背けた。


「別に! アベル様のためにやったんだし!? 俺はお前のこと認めたわけじゃねーからな! せいぜいこき使われてろ! バーカ!」

と叫んで、勢いよく走り出してしまった。


……木刀のお礼について渡し忘れてしまった。次会ったとき、渡そう。


手にした重みが、自分に力を与えてくれた。

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