第14話 騎士と魔物
祭りが終わってしばらく経ち、村では冬支度の準備が進められていた。
リュトムスでは十月中旬から一気に気温が下がる。
ノルベルトの怪我は完全に治ったようだ。ピンピンしてたから忘れてたが。
一週間後くらいにはここを経つかもしれない。
この期を逃すと天気が崩れるから、そろそろ出立の相談をしないと。
とは思いつつ、なぜだか後ろ倒しにしてしまった。
あまり考えたくないのもあった。
ノルベルトとともに教会で仕事をしていたところ、農夫のユーベルが相談に来た。
「神父様、気になっていることがありまして……」
眉根を下げて不安げな表情をしている。
俺は教会の椅子にユーベルを座らせて話を聞いた。
「どうされました、ユーベル」
「あの……村の作物が一部食い荒らされているみたいなんです」
「ネズミですか?」
「いや、もっと大きな……かといって犬でもないような。これが落ちてまして。神父様、ご存じですか?」
ユーベルが取り出したのは、銀と黒が混ざった動物の毛だった。
おそらくグレッチャーのものだろう。ツヴィンガーの森近くに生息する魔物だ。オオカミタイプで牙が鋭い。多くは氷の魔法を使う。
ただ、グレッチャーは襲いでもしない限りこちらに攻撃を向けるようなタイプじゃなかったはずだけれど。
……食料を探しているんだろうか、森で何かあったのか。
「どちらに落ちていたのですか?」
「農園の北東です」
「ということは、近くには羊たちもいますね。家畜が襲われたら被害が大きくなる」
「そうなんです。今のところはみんな無事なようですが……」
「不安ですよね。どうしようかな……」
頭の中でうーんと策を巡らした。魔物避けの方法はいくつかあるけど。
ユーベルは不安げに「大丈夫でしょうか……」と零した。
あ、やばい。つい考え込んでしまった。
安心させるためににっこりと笑顔を作る。
「大丈夫ですよ、ユーベル。なんとかしましょう。また何かあれば相談に来てください」
「獣の被害があったのか?」
ユーベルが帰った後、ノルベルトが声をかけてきた。
相談するときには近くにいなかったが、声が聞こえていたのだろう。作物の被害と聞いて心配したに違いない。
「獣ではなく、グレッチャーだと思われます。毛色が特徴的でしたからね」
「グレッチャー……魔物か」
「はい。生息域にも近いので移動しているのかも」
「俺が討伐に行こうか?」
ノルベルトは当然のように提案する。
俺は息を詰まらせてしまった。
「……いえ、大丈夫、ですよ」
ノルベルトは騎士だから、魔物は討伐対象だ。被害があるとなれば尚更。
この提案は善意からだと分かっているのだけれど。
……今になって、自分はノルベルトの敵なのだと感じてしまう。
「被害も出ているのだろう。魔法を使う生き物は危険だ。この村に何かあったらーーー」
「ここ数年、被害はなかったのです。グレッチャーにも何か……事情があるのかもしれない」
カソックの裾を握り締めた。厚い服に皺ができる。
ノルベルトが魔物を傷つけるところを見たくなかった。
……なんて、結局は俺のワガママなんだけど。
「魔物に事情?」
「例えば生息域で何かあったとか。彼らだって、何も考えなしに人間に被害をもたらすわけではない、と思うのです」
「何故そう思う」
「……さあ、勘、ですよ。でも……」
ーーーやめて、たすけて、ころさないで
過去の記憶がふっと蘇る。
土と、血と、叫び。必死で逃げた記憶。
騎士の怒号は、まだ耳に残っていた。
「……魔物だって、生きてるんです」
ぎり、と歯を食いしばる。
過去の記憶に必死に蓋をした。
「ノルベルトに殺生をしてほしくありません」
次にその刃が向くのは、自分かもしれない。
ノルベルトは、真剣な顔で俺の言葉を聞いていた。
「……わかった」
「融通の利かない聖職者ですみません」
「いや、アベルらしい。あなたは皆に優しいから」
「優しいとかじゃ、ないですよ」
俺は不器用に笑った。
こういうとき、神父でよかったと感じる。
綺麗事を言っても信じてもらえるから。
「では、どうしようか。殺さないまま魔物を避けるには」
「魔物避けの方法はいくつかあります。お香を焚いたり、大きな音を出したり。こちらのテリトリーだと分かれば、彼らも近寄ってこないでしょう」
「わかった。俺も見回りに参加しよう。他にもできることがあれば言ってくれ」
「……頼もしい、ですね」
俺は笑顔を向けた。
けど、いつもよりぎこちない笑顔になった気がする。
「安心してくれ。俺がこの村を守ろう」
ノルベルトは優しく微笑んだ。
その姿は理想の騎士そのもので。
村や俺のことを真剣に考えてくれているのがわかる。
優しい、からこそ。
(………俺の正体を知ったら。…………ノルベルトは、きっと、俺を"討伐"するんだろうな)
胸の奥が、ちくりと何かに刺された気がした。
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