第13話 収穫祭:宴の後 ただのお祭りテンションですから!
ダンスが終わると、祭りはお開きになる。
(ーーーやばい、かお、あつい)
こんなの初めてだ。
足元がおぼつかない。まだダンスの余韻が残っている。浮遊感が消えなくて気持ちもふわふわしている。
手をパタパタして熱を冷ます。
いや、初めてのダンスのせいだし。慣れないことをしたからだし。
家に帰っていく村人たちを見送る。今夜は祭りの火だけ消して、あとは明日片付けるのだ。
不思議とノルベルトの顔が見られなかった。すぐ近くに立っているのに。
「アベル」
「な、なんです?」
「……ダンスは、どうだった」
太鼓や笛の音が消えた村は静かだ。楽しそうな声も家に消えていく。
うるさい心臓の音が聞こえてしまわないか不安になった。
もっとうるさくしてくれよ、俺のためにもさ。
「……楽しかったですよ」
「ならいいんだが」
「はじめて”踊る"ってことができた気がします」
ぽつりと呟くと、ノルベルトは「そうか」と噛み締めるように返した。
おずおずと視線をあげると、満足そうな表情をしていた。
「顔が赤いが大丈夫か」
「あ、あー……お酒飲んじゃったからですかね」
「一口で?」
「うっさいですね。そういうことにしといてください」
「そうか」
「もう! 私たちも帰りますよ。明日は片付けとかで忙しいですからね!」
これ以上ふたりでいると何かが零れてしまいそうだった。俺はノルベルトの服を掴んで、早足で教会へ戻っていった。
翌朝。
あんまり寝れなかった。
ベッドに入っても右手の感触を思い出してしまった。
もんどりを打ちながらごろごろ転がっていたら朝日が昇っていた。完全に寝不足だ。
ふたりでテーブルに着き、朝食を食べる。
「アベル、昨日はあまり眠れなかったのか?」
「……ええ。まあ、祭りの疲れ、ですかね」
ちょっとぼかして言う。本当のことを言えるわけがなかった。
ノルベルトの顔をチラリと伺うと、嬉しそうに微笑んでいた。
よほど祭りが楽しかったらしい。こっちは全然寝れなかったってのに。
「ノルベルトはよく眠れたみたいですね」
「いや……、実はあまり眠れてない。まだハイになってるみたいだ。昨日は楽しかったな」
「……それは、何よりです」
精一杯の強がりを言って場を流した。
ノルベルトみたいな王都の輝かしい人間にとってはダンスなんて普通の楽しいイベントかもしれないけど、俺は思い出すだけでも一杯一杯なんだよ。
と、ちょっと八つ当たりしそうになるのをこらえた。
ふと奥の皿に手を伸ばそうとして、近くのコップを倒してしまった。水がばしゃりと零れた。
近くの布巾をとろうとすると、ノルベルトの手が当たった。
「……あ」
「すまない」
ノルベルトは右手を引っ込めた。
俺はそのまま布巾を掴む。何でもないフリをしてテーブルの水を拭いた。
……ふと、右手に触れた熱が、昨日の熱を思い出させてしまった。
「きょ、今日は後片付けが中心ですから! 体力勝負ですからね! がんばってください!」
手をぎゅっとして、俺は叫んだ。いつもの調子に戻さなければ。
ノルベルトは俺を見て、少しだけ首を傾げていた。
ーーー朝日が眩しい。白いなぁ、光。空も青い。
なんて、いつもより頭が回ってないのがまるわかりだ。
今日は祭りの後片付けが中心だ。
広場の祭壇を片付ける。細かな小物を箱にしまっていく。村人たちもわらわらと出てきて、手を貸してくれる。
「ノルベルト、これを教会へ。扉の近くに置いといてください」
「わかった」
「そのあとはこれをクラウスのところへ。ちょっと緩くなってるので直してほしいとお伝えください」
「………わかった」
ノルベルトをあちこちに使いに行かせる。力持ちって助かる。
というのもあるが、今日はあんまり顔が見れなかったので、いつも以上にこき使った。
めっちゃごめん。ただ今はそっとしておいてほしい。
なんか、ずっと心が落ち着かない。ひとりで黙々と作業をしているときは気が楽だった。
「神父様! 昨日は楽しかったですわ」
「あらゾフィー、よかったです。アップルパイ美味しかったですよ」
カトラリーの数を数えていたところ、ゾフィーがにこにこ笑顔で話しかけてきた。
お祭りで使ったカトラリー類は婦人たちが持ち回りで洗ったりする。今年はゾフィーの担当だ。
「社交ダンス、素敵でしたわ。やはりノルベルト様は王都の騎士様ですのね。もう、おふたりの周りだけ空気が違いましたわ」
「あ、そ、そうですか……?」
「本当に素敵で、ロマンチックで、美しくて……花が咲いたようでしたわ。やはり、私の見立ては間違ってなかった。ノルベルト様にお願いしてよかったわ」
「そ、そうですか……」
ゾフィーは勢いよく語りかける。
下手なダンスを見せなくてよかったという安心感もあるが、それよりも恥ずかしさが勝った。
「本当にお似合いでしたのよ、昨夜のおふたりは。こんなに美しいラブストーリーが目の前で見られるなんて、思いもしなかったんですの」
「………はい?」
拳を握りしめてゾフィーは語る。
ラブストーリー? 聞き捨てならないんだが。
「あの……私たち男同士ですよ」
「何をおっしゃってるんですの! そんなの些細な問題ですわ!」
「いや、あのですね、そうでなくて……」
「魂が惹かれ合うのに、性別も何も関係ありませんわ!」
ゾフィーは大声で叫ぶ。広場に声が響いた。
漫画なら"ドン!"という効果音がついただろう。
「だから、神父さまもお心のままに行動してくださいまし!」
「…………ハイ………。ワカリマシタ………」
圧が強すぎて、カタコトの言葉で返すしかできなかった。
ゾフィーは「ならよかったですわ」と、笑顔で去った。
俺はほっと息を吐く。嵐が過ぎ去ったようだ。
安寧とともに何かを犠牲にしてしまった気がするが、仕方ない。イエスって言わないと話が終わらなそうだったし。
「……アベル」
俺は肩をびくりとして振り返る。
ノルベルトが照れたような顔で立っていた。
………聞かれてたな、ゾフィーの話。声デカかったもんな。
「今の話……」
「えーっと、あはは! 面白いですよね! まさか私たちがそんな関係になるわけないですのにね!」
「……ああ」
「ゾフィーは思い込みが激しいタイプですから気にしないでくださいね!」
俺は叫んだ。もう、必死に。
この流れはよくない。勘違いが輪をかけて広まっていく。そんなん、もう、恥ずかしいどころじゃない。
「そうか……」
ノルベルトはしゅんとした様子だった。尻尾と耳が垂れてるみたいな。
なんだよ、この誤解解かないと困るのはノルベルトも一緒だろ。なんで味方してくれないんだよ。
「……た、楽しかったですけどね、ダンス! ただ、村人たちに変な勘違いされると、ホラ……」
「別に構わない」
ノルベルトはきっぱりと告げる。
おい、なんでだよ。キリッ!じゃないんだよ。
否定しろ、否定。変な信憑性出ちゃうだろ。
「俺も、恋愛に性別は関係ないと思っている」
………。
知 ら ね え よ!!!!
俺は、はぁーーー、と深いため息をついた。
なんか、すごく、……………うん、疲れた。昨日から。
「アベルは?」
「………私も、性別は気にしない派ですが」
「そうか!」
「それとこれとは話が別です!!」
俺は足元にあった重い箱をノルベルトに押し付けた。
「この話は終わり! まだ仕事はたくさんあるんですからね! それ、教会に運んでください!」
そう叫んで、ぷいっと顔をそらした。
そう! 片付けはまだまだ終わってない!
こんな無駄話してるヒマなんかないんだから!
別に、ノルベルトの顔が見られないとかじゃないし!
ノルベルトはしぶしぶ箱を教会に運んでいった。
ちらり、気づかれないようにその背中を見やる。
……思ったより逞ましい身体だったな、とか。昨日の手は熱かったな、とか。
ふと、脳裏に蘇るけど。
………………。
いや、ゾフィーの話を真に受けんなよ、俺。
ラブストーリーなんてあるわけないだろ、マジで。
(あーあ! お祭りテンションって怖いな、ホント!)
次回、新章突入。
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