第11話 収穫祭:練習 イヤだったはずなんですけど
「左足、右足。ワンツースリー。ワンツースリー」
「は、はい…」
「ゆっくり、そう。左から円を描いて、そう、……っ!」
「あっ、す、すみません! 痛かったですよね!」
「………痛くない」
俺たちは社交ダンスの練習をしていた。
まずは簡単なステップから、ということで、ノルベルトの肩に手を当て、基本動作を教えてもらっている。
が、思いっきり足を踏んでしまい、ノルベルトは顔を顰めていた。
これまでも何度もノルベルトの足を踏んでいた。「ゴメンナサイ……」と小声で呟く。申し訳なさで一杯だ。
運動神経が低レベルなヤツはどうしても頭と身体の動きが一致しない。単純なステップを何度も何度も繰り返して、やっと常人のレベル1にたどり着ける。
が、俺にとってはそのレベル1すらまだまだ遠かった。
「今日はここまでにしようか」
「すみません、本当……。ノルベルト、足痛かったでしょう」
「これくらい平気だ」
ノルベルトはそう言ってくれるが、俺はうなだれた頭を上げることができなかった。恥ずかしいし、いたたまれない。
「こんな練習に付き合わせてしまってすみません」
「そんなことない」
ちらりと視線をあげると、ノルベルトはやや頬を赤らめて呟いた。
「むしろ役得だと思っている」
……?
よくわからなくて、「ならいいんですけど」とだけ返した。
待ちに待った収穫祭は明日に迫っている。
今日もまた、準備で忙しかった。
ノルベルトを連れ、クラウスのところへ足を運ぶ。
今日は光を集める神具を調整してもらう。祭りで使う道具は長年使っていると微妙に調子がずれてくるのだ。
クラウスはいつもツンツンした猫のようだが、表情は読みやすく可愛らしい性格をしている。
「アベル様はすぐ壊すからな! 俺が直してやらないとダメなんだから!」と言いながら、いつも嬉しそうな足取りで工房へ向かう。物作りが好きなんだろう、根っからの職人気質だ。
「おらよ! これで明日の儀式もいけるだろ!」
「まあ! さすがです、クラウス。早くて正確! バッチリ!」
「だろだろ? やっぱアベル様は俺がいないとダメだな-」
「そうですねー」
クラウスは神具の調整を終え、俺に手渡した。
明日の儀式ではレンズを組み合わせた神具を使って太陽の光を集める。
その熱で火をともし、太陽神・プリマの力をいただくのだ。神具の調子が悪いとなかなか火もつかない。
村に一流の職人がいてよかった。このときばかりは神にお礼を言いたくなる。儀式のスムーズさって聖職者の信頼に直結するし。
クラウスは、口には出さないが、褒めてほしいとばかりの表情を俺に向ける。
「ありがとうございます、クラウスのおかげですよ」と笑いかけると、何かを噛み締めるように喜んでいた。
「……アベル、そろそろ出なくていいのか」
「あ、そうですね」
背後に立っていたノルベルトが声をかける。つい話し込んでしまった。
クラウスはノルベルトに視線を向け、ふん、と鼻で笑った。ノルベルトは眉根を寄せる。
なんとなくやんちゃな子ども同士のじゃれ合いのように感じた。村に来たばかりのノルベルトと仲良くしてくれているのかもしれない。
「じゃあ私たちはこれで……、いっ」
方向転換をしようとすると、腰にぴきっと痛みが走った。
……社交ダンスの練習のせいだろうか。筋肉痛が治らない。
慣れないことはすべきじゃないな、やっぱり。
普通にしてれば痛くないのだが、たまにこうして痛みが走る。
「アベル様? どうしたんすか?」
「いや、ちょっと……腰が」
「……………腰?」
「ちょっとここのところ慣れない体勢をしてしまって……」
「………………………は?」
クラウスは見たこともないような表情になった。怒りとか嫉妬とか困惑とか。
心配してくれているのだろうか、ただの筋肉痛なのに。
大丈夫ですよ、と口を開こうとした瞬間、背後にいたノルベルトが俺の腰を支えた。
「すまないな、昨夜は無理をさせてしまったみたいだ」
クラウスは目を見開いた。
「いや、全然。ノルベルトのせいじゃないですから」
「ちょちょちょちょ!!! ちょっと待ってアベル様……!?」
「なんです?」
「さ、昨夜って……??? え!!??? こ、腰って……な、なにを………」
クラウスは言葉が上手く続かないのか、口をパクパクとしていた。
俺はうーん、と頭を動かす。
社交ダンスの練習をしていたのがバレるとちょっと恥ずかしい。
それに、もし俺がダンスを克服しようとしてるのが村に広まったら、気のいい村人たちは俺と踊りたがるだろう。面倒だな、それは。
ここはひとまず。
「秘密です」
「はあああああ!!!???」
クラウスは叫んだ。木々に止まっていた鳥が飛んでいくくらいの勢いで。
何がそんなに驚くことなんだろう。クラウスは呆然としていた。
チラリと俺の背後に目をやると、ノルベルトはふふん、と、得意げな顔をしていた。
夜。
夕食を終えて、俺たちは社交ダンスの練習をしている。
数日の練習の成果か、やっと俺もふつうのステップができるようになった。
ノルベルトの肩に手を置き、ワンツースリーのリズムで足を動かす。
次の動きはコレで、と考えていると頭がいっぱいになるけど、何も考えないとそれなりに動けるようになった。
しばらく練習を続けているとノルベルトが動きを止めた。俺の腰に手を添えたまま、心配そうな視線を向ける。
「連日の練習で疲れただろう。今日はゆっくり休むといい」
「そうします。ちょっとはマシな動きができるようになったと思いたいです」
「最初に比べたらずっと上手くなった」
「いや……でもまだまだ下手ですよ……」
自分の動きがぎこちないのはわかっている。明日のことを考えると不安になった。
でも、気取られたくない。ノルベルトには親切に教えてもらったのだし。俺は微笑みを浮かべてお礼を言った。
「ノルベルトのおかげで乗り切れそうですよ」
「それはよかった」
収穫祭は明日。
ダンスの練習は今日で最後だ。
「……今日で、練習は、終わりだな」
ノルベルトが俺の腰に手を添えたまま呟いた。
「そうですね」
「……また、来年も……。いや、」
ふと視線を上げると、ノルベルトは眉根を寄せていた。青い瞳の奥に、強い想いを隠しているようだった。
「明日、アベルと踊れるのを楽しみにしている」
そう言うと、そっと俺の腰から手を離した。
「……私も、楽しみにしていますよ」
微笑んだつもりなのに、あんまりうまく笑えなかった。
……変なの。
こんなの、ただのお世辞なのに。
ダンスの練習なんて、イヤだったはずなのに。
もう練習がなくなることを考えると、なぜだか、胸の奥がきゅっとした。
次回、とうとうダンス本番&恋の予感〜!?
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