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第10話 収穫祭:準備 彼とダンスすることになりました

ノルベルトがこの村に来てから、一週間あまりが経った。


正体がバレるかどうか、ヒヤヒヤする瞬間は今のところない。ノルベルトはほどよい距離感を保ってくれるし、仕事の人手が増えたことは助かった。

掃除や洗濯も不器用ではあるが許容範囲だ。

「こうしてほしい」と頼めば頑張って反映しようとしてくれるし。


ノルベルトが騎士じゃなかったらいい友達になれたかもしれないなーーーなんて考えが浮かぶ。





村人の相談、子どもたちの教育、フローラの結婚準備。

やることは多く、忙しさは輪をかけて増していく。

そんな中、今一番のイベントは週末に控えた『収穫祭』だった。


「ノルベルト、これらの箱をクラウスの所に運んでくれますか」

「ああ、分かった。これは?」

「リンゴ酒です。来週の収穫祭で振る舞います」

「収穫祭?」

「ええ。リュトムスでは毎年十月に豊作を神に感謝するお祭りがあります。といっても、お祈りして食べて飲んでどんちゃん騒ぎするような日ですね」


ノルベルトは「楽しそうだな」とはにかんだ。

王都ではそのようなお祭りはないのだろうか。

たしかに貴族は豊作とかあんまり気にしないのかもしれない。

……収穫祭はリュトムスの楽しい思い出にしてほしいな、と、柄にもなく考えてしまった。

自分がその祭りを取り仕切る立場だからというのもあるし。教会の手伝いをしてくれるノルベルトに報いたいのもあるし。


「楽しいですよ。ぜひ、ノルベルトも参加してください」






俺は村人の家で、婦人たちと収穫祭で使う衣装を作っていた。ノルベルトはおつかいに行かせているからここにはいない。

子どもたちは花冠を、婦人たちは針を使ってドレスに飾りをつける。俺もその輪に混ざり、針を片手に刺繍をしていた。


「ノルベルト様は、今日はどちらへ?」

「今日はクラウスの所へ使いに行かせてますよ」

「あら、そうなの。残念ね。イケメンがいると楽しいのに」


婦人たちは楽しそうに笑いながら作業をする。

ノルベルトのことがお気に入りらしく、俺を手伝うノルベルトを気にかけてくれる。

当の本人はどう返事をしていいのか分からないようで「……ああ」しか返せないようだけれど。

そんな不器用な性格も彼のキャラと受け入れられ、婦人たちはよく彼のことを話題にしていた。


「神父様はノルベルト様のことをどう思っていらっしゃるの?」

「よく働いてくれますよ。こうして皆さんとお話しする時間ができて助かってます」

「もう! そういうことじゃなくて。素敵だなぁとか格好いいなぁとか」

「……? 素敵だし格好いいんじゃないですか」


そう返すと、婦人たちは「そうじゃないのよ!」とぷんぷんとした。どういう意味だろう。

「この調子じゃノルベルト様も大変ね」とか、「神父様は仕事人間だから」と話している。ひそひそ声でも聞こえてるんだが。あまり重要そうではないのでそのまま聞き流した。


「ノルベルト様って王都の出身なのかしらね?」

「そうなんじゃないですか?」

「王都ってことはやっぱり上流階級との繋がりがあるのよね。社交界とか行くのかしら」

「さあ……? ありそうではありますよね」

「そうだわ!」


婦人の一人、ゾフィーがぱっと目を輝かせる。


「神父様! 今年はぜひノルベルト様とダンスを踊るといいわ!」

「……えっ」


ダンス……。

収穫祭で行われる一大イベントと言ってもいい。

夜、ある程度みんなに酒が回った頃に始まるイベントだ。


……俺はダンスが苦手だ。生まれてこの方リズム感というものを感じたことがない。手と足が一緒に出ちゃってうまくできない。

俺はダンスをそれとなく避けていた。「酔っ払いの介抱をしなければ!」とか適当に言い訳をして。

数年も繰り返せば、俺が「ダンスが苦手」というのはみんな薄々気づいたようだった。


「……なぜノルベルトと?」

「そんなの! 王都出身ならきっと社交ダンスが踊れるにちがいないわ。あんなに格好いいんだもの」

「関係ありますかね……」

「社交ダンスなら一対一ですし、きっと上手にリードしてくれるわ。神父様でも踊れるはずよ!」


ゾフィーの叫びに、婦人たちは目を輝かせて「それはいいわね!」と賛成する。

待て、待ってくれ。何の流れだ。

俺は踊りたくない。ノルベルトと、っていうかダンス自体したくない。社交ダンスなんて見たこともないし。




「面白そうだな」


背後から低い声が聞こえた。ひぇっ、と肩をふるわせる。

振り返るとノルベルトが立っていた。手にはクラウスの所から持ってきたであろう荷物があった。


「収穫祭ではダンスをするのか」

「そうなの! ノルベルト様もぜひ参加してくださいな」

「踊りは何でもいいのか?」

「ええ! 神父様と踊ってあげて!」


おいおいおいおい、話が進んでいくんだが。

俺が止める間もなく、ノルベルトは珍しく輝かしい笑顔を婦人たちに向けた。婦人たちは胸を押さえていた。


「ま、ってください、ノルベルト。私はダンスなど……」

「大丈夫だ。俺は踊れる」

「私が踊れないんですよ!」

「心配するな。簡単だ」


ノルベルトは自信満々に言い切る。瞳はこれ以上になく楽しそうだ。

運動神経いいやつはこれだから……。ホンモノの運動苦手生物に遭ったことないんだろう。

……まあ、こんなにワクワクしているノルベルトと、婦人たちの応援を聞いてしまっては、断ることなどできなかった。


「………………わかりました。じゃあ、…………ダンスを教えてくれますか」


渋々、躊躇いながら零すと、その場は婦人たちの黄色い叫びで包まれた。






今日の仕事を終え、ノルベルトとともに家に戻る。

俺はずっと「ダンス」の文字が頭から離れなくて、何をするにも気が重くなってしまった。

やりたくない、けどやらなきゃいけない、けどすぐには解消できない……。そんな激重タスクが脳の主要なところにずっと居座っている。


「アベルは、社交ダンスの経験はないのか」


夕食のパンをちぎりながら、ノルベルトはたずねた。

俺はもっさもさのパンを口に入れたところだった。口の中の水分が急に奪われていく。


「ないです」

「王都から派遣されてきたんだろう?」

「あいにく上流階級の出身ではありませんので」


誤魔化してパンを飲み込む。

王都の聖職者といえばほとんど上流階級出身だが、地方に派遣されるのはそうでもない出身の人間が多いらしい。リュトムスという辺境にくるのは下っ端も下っ端だ……という設定にしている。

ノルベルトは信じたようで「そうか」とだけ返して食事を続けた。


「ノルベルトは社交ダンスの経験が?」

「ああ。幼少の頃にたたき込まれた。そんなに難しくない。ステップを覚え、流れに身を任せるだけだ」

「それはデキる人のアドバイスなんですよねぇ……」


語尾が弱くなってくる。

うう、苦手だ、と歯を食いしばっていると、ノルベルトはふふっと吹き出した。


「アベルが顔をしかめるのは初めて見た。そんなに苦手なのだな」

「ええ……。身体を動かすのは苦手です」

「意外だった。あなたはなんでも一人でできるようだから」

「ものを作ったり、手先を動かすのは得意なんですけどね。身体を動かすのはあんまり得意じゃないです。ダンスは特に……」

「はは、可愛らしいな」

「ノルベルトは逆ですよね。身体を動かすのは得意でしょう。手先は不器用ですが」


可愛いと笑われたことに少し腹を立て、強気な声で返す。

ノルベルトは目を丸くしていた。鳩が豆鉄砲を食ったような。

「よく見ているな」と、小さく呟き、パンを千切る。大きな手ではパンを千切りづらいのか、手元でわちゃわちゃと動かしている。


「一緒にいれば分かりますよ」


ぽつりとこぼして、どことなく変な気分になった。

そんなに長くいるわけでもないのに、こんなに彼のことを見ていたのか。

まあ、敵なら、見るか。うん。別に変じゃないな。

………。変じゃない、よな?




ノルベルトにちらりと視線を向ける。

嬉しそうな瞳で俺を見つめていた。

……敵なのに、なあ。

人生初の社交ダンスを騎士とすることになるとは。

まあ、それより。今は村人の前で変なダンスをしないことの方が大事だ。

俺は意を決して口を開く。


「このあと、教えてくれますか。ダンス」

「! ああ、任せろ」

「……あの、……私、………ホントに、苦手で」


俺は「うう」と言い淀んだ。唇を噛む。

恥ずかしくて顔が熱い。今、涙目かもしれない。

自分の弱点を敵に晒すなんて。


「や、優しくしてください……」


そう呟くと、ノルベルトは手元のコップをがしゃん、と落としていた。なぜか顔は真っ赤だった。

次回、アベルが恋に落ちる…?カモ……!!

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