称号
翌日、俺はまた学校の帰りにホームセンターに寄って南京錠を購入した。
しかし、残念ながら2つしかその在庫が無かった。
田舎だし、南京錠が大量に必要になる事なんて無いだろうから、あんまり在庫を抱えたくないんだろうな。
在庫補充は1ヵ月後ぐらいになるらしく、取り寄せても在庫補充の時にしか来ないとの事。
まぁあの禍々しい扉は開ける事なんて無いと思うし、あれだけロープで雁字搦めにしておけばいいだろ。
帰って来てウォークインクローゼットに入り、ふと、昨日召喚された3つ目の扉を開けて無かったなと思い至った。
1つ目の扉と2つ目の扉はそれぞれ別の場所に繋がっていた事から、恐らく3つ目の扉もまた違った場所へと繋がっていると思われる。
今度こそ人がいる場所に繋がってしまうかも知れないという心配はあるが、確認はしておきたいところだ。
俺は3つ目の扉のロープを解いてから、慎重に扉を手前に引いた。
しかし、開かない……。
スライドしても開かない。
押せって事か?
ゆっくりと扉を押し込んで行くと、扉が徐々に開いて行った。
結局3つの扉は、それぞれで開き方が違っていた訳だが。
何か意味があるんだろうか?
などと考えながら扉を開けて行ったら、肘が扉を通過した辺りで——
『“渡り”を確認しました。あなたには“闇の勇者”の称号が付与されました。それに伴い、“闇の力”スキルを取得しました』
どこからともなく、綺麗な声が聞こえて来た。
いや、聞こえたというよりは、頭の中で響いた感じだったな。
「闇の勇者……?」
俺が呟くも、それに対しての返答は何も無かった。
説明とか無いの?
かなり重要そうなキーワードが聞こえたけど?
『渡り』というのも気になるが、どちらかと言えば『称号』の方が気になる。
闇……闇の勇者かぁ……。
何か封印された記憶を呼び起こしそうだったので、俺は一旦考えるのを止めた。
闇の力ってのがもの凄く気になるけど今は置いといて、俺は扉の向こうの景色をよく見てみた。
やはり先の2つとは違う場所へ繋がっていたようで、そこは定形のブロックで構成された、部屋と呼ぶには少し物寂しい空間だった。
家具等は何も置かれておらず、人の生活感は全く無い。
窓は無いが、壁が薄く発光していて多少薄暗い程度に視界は確保出来ている。
特殊な塗料が塗られているのだろうか?
どうせもう片腕は入ってしまっているんだし、人は居なさそうなので問題無いだろうと、俺は全身で扉の中へ入ってみた。
少しカビ臭いが、呼吸は普通に出来るので、俺がいた世界と同じような気体配分のようだ。
って言うか、同じ世界の別の場所って可能性もあるのか。
いや、『勇者』なんてワードが出てくるんだし、そもそも妹のあいが『異界の扉』として召喚してたんだから、きっと異世界に違いない。
まぁ、それはそれでちょっと怖いんだけど……。
倫理観とか法律とか絶対こっちの世界と違う筈だし、命の重さも当然違ってくるだろう。
異世界人との接触は慎重に行かないとな。
部屋に入って周囲を見回すが、特に何も無い。
ぐるっと回ったら、扉の裏手の方に上へ登る階段だけがあった。
ここ地下なのか?
そしてくるりと振り返って扉を見たら、裏側からはただの扉の枠しか見えなかった。
反対側からだと俺の部屋の風景は見えないのか。
表側に回ると、ウォークインクローゼットが見える。
うわ〜、ファンタジー……。
物理的にあり得ない現象っていくつになってもワクワクするなぁ。
とりあえず、階段を上ってここから出るのはまだちょっと怖いので、元の世界に戻る事にした。
あれ? ちゃんと戻れるよね?
急に不安になったけど、普通に扉を潜ったら戻る事が出来た。
結構迂闊な事した感じがするけど、ちゃんと戻れたんだし大丈夫って事だよな。
調子に乗った俺は、他の2の扉も潜ってみる事にした。
あっちは多少生活感があったから、人との接触に注意しないとだ。
次に開いたのは2つめの引く扉。
入る前に見える範囲で中を覗いて確認したが、人の気配は無いようだった。
扉の裏側に居られたらアウトだけど、音もしないからきっと大丈夫だろう。
扉を潜ると、また頭の中に声が響く。
『“渡り”を確認しました。あなたには“賢者”の称号が付与されました。それに伴い、“魔導”スキルを取得しました』
おおっ!
今度は『賢者』か。
スキルは『魔導』……もしかして魔法使えるようになったのかな?
もうワクワクが止まらない。
結局部屋の中には誰もおらず、扉の反対側も同じように試験管等が置いてある机があるだけだった。
でも前の部屋は『闇の勇者』で、ここは『賢者』か。
もしかしてそれぞれの部屋の持ち主が持ってた称号を受け継いでるとかかな?
いや、それだと勇者の部屋が地下室って、可哀想過ぎるだろ……。
それにこの部屋も賢者の部屋ってより、ちょっと薬品臭くて錬金術師の部屋っぽい感じがするから、称号とは関係無いような気がする。
棚には何か本がいっぱいあった。
でも、文字が全然読めなかった。
『渡り』ってのは異世界転移的なやつだろうに、異世界言語読めるようになる特典とか付いてないのかよ……。
必ずしも小説みたいに上手くはいかないって事かぁ。
これひょっとしたら、現地の人に遭遇しても言葉通じない可能性もあるよな。
円滑なコミュニケーションには、言語ってかなり重要だと思うのに……。
この部屋にも一応外へ出る為の扉らしきものはあったのだが、まだこの異世界の事が良く分からないので、今は開けない事にして元の世界に戻った。
そもそもこれらの扉の向こうの世界って、一つの世界なのかな?
それぞれ別の幾つもの世界に繋がってる可能性もあるか。
別々の言語が必要になったらどうしよう……?
まぁ考えても詮無い事なので、気を取り直して一番最初のスライドする扉も潜ってみる事にした。
入る前に確認したが、この扉の向こう側も何故か人の気配は無い。
人が居ない世界って事は無いよな?
まぁそれは後で考えよう。
『闇の勇者』『賢者』と来たし、次もかなり上級の称号が貰えるんじゃなかろうか?
次は何かな〜?
ワクワクしながら扉を潜ると——
『“渡り”を確認しました。あなたには“聖女”の称号が付与されました。それに伴い、“精霊”スキルを取得しました』
おい、ちょっと待て……。