ショートショート③発電、しマッスル
X氏はこの国で最も権威のある学者である。そんな彼の口から、「筋肉発電」という奇怪な単語が飛び出したところで、国民はそのまま耳を傾けるよりほかなかった。この発見は国を救えるかもしれない、とX氏は緊急記者会見を開いた。
「昨今、我が国の電力情勢はひっ迫しています。そこで、全く新しい発電方法、筋肉発電を思いついたのです。」
「用意するものはたったの2つだけです。自転車と、特別なマッチョです。特別なマッチョというのは聞き馴染みのない言葉でしょうが、続きを聞いてください。特別なマッチョとは特別に頭脳が優秀なマッチョのことです。いいですか、特別に頭脳が優秀な人間は脳波が特殊なのです。普通の人間の脳波は、周波数によってα波、β波、γ波、θ波、δ波の5種類に変化するのに対し、優秀な人間にはもう1種類、”モダン波”が存在します。脳波が電気信号であるというのは皆さんもご存じでしょうが、このモダン波は脳波が”電気”そのものに変化した状態なのです。モダン波を持つ人間がある一定を超えた速さで動いたとき、電気量は爆発的に増幅し、なんと体外に流れ出ます。いわゆる放電が起きるわけです。仮に10名で放電した場合、電気エネルギーはこの国の電力100年分を賄うことができるというのが我々の計算です。」
「ただし、この一定を超えた速さで動くというのが容易ではありません。計算上、1分間に200回転以上自転車のペダルを回すことで可能になりますが、ロードレーサーの平均はおよそ100回転。つまり、特別に優秀な人間がロードレーサーの倍の速さでペダルを回せるようになる必要があるのです。そのために、特別に優秀な人間が特別なマッチョにならなければいけないのです。」
「さらにもう1つ問題があります。爆発的な電気量が特別なマッチョの体内を駆け巡るわけですから、放電後の肉体は黒焦げになり、確実に命を落としてしまうことになります。」
「しかしながら心配ご無用です。この会場に、特別に頭脳が優秀な人間が私を含めて10名います。皆学者たちで、私と志を共にしている仲間です。我々は、この国の電気を担保できるのであれば喜んでこの命を使う覚悟であります。」
「私たちが特別なマッチョになります。絶対に、この挑戦を成功させてみせます。」
1年後、X氏とその仲間を合わせた10名は、一回り大きくなった姿で民衆の前に現れた。すでに70歳を超えている老人たちが、一様に背広を着て整列している。はちきれんばかりの胸板と太もも、太い首に、皺だらけの顔がついているのはもはや異様な光景だった。
今日がいよいよ発電の日だ。テレビ局はこの模様を中継し、国民に新たな電力の誕生を伝えようとしている。会場には10台の自転車、そこから黒く太いコードが伸びて、四角い立方体のような装置につながっている。おそらく発電した分がそこに貯まるのだろう。
X氏が自転車にまたがる。続いて他の9名も、神妙な面持ちで彼に続く。
人だかりの中、マッチョたちの家族も、目頭をハンカチで押さえながらその雄姿を自分の目に焼き付けようとしている。
筋肉発電が、始まる。
「うおおおおお」
マッチョで背広姿の老人たちが、全力で自転車を漕ぐ。みるみるペダルの回転数が上がっていく。110回転、120回転。130回転、140回転。マッチョたちは、今日までの自分の人生に思いを巡らせている。さらに加速し、150、160、170、180回転。190回転。そして・・200回転!マッチョたちの体内でモダン波が増幅し、一気に放電する。
その時だった。マッチョたちの自転車から伸びていた黒いコードが、ブチリと裂けた。マッチョたちがペダルを回す速度が想定外だったのか、それとも筋トレに気を取られて機材の点検を怠っていたのか、定かではない。とにかく、筋肉発電によって誕生した莫大なエネルギーは行き場を失った。そして一気に空気中に放出される。人々は逃げる間もなく、ほんの一瞬、こちらに襲い来る無数の雷の刃を目撃する。マッチョたちの体は既に焼け落ちていた。
なにせ国の電力100年分を賄うことのできるエネルギーである。あの日、会場の半径50kmに雷の刃が降り注ぎ、首都圏の人々はほとんどが命を落とした。焼け野原となった現場には、いまだに電気エネルギーの残渣があるのではと噂され、近づく者はいなかった。
誰のものか、ボロボロの小さなドライヤーが1台落ちている。それも、ほんの一瞬震えると動かなくなった。